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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あなたの想い、利用させていただきます!

作者: ユズ

「ふぅ〜。今日の診療も先ほどの方で終わりですわね。早くカルテを書き込んで邸に帰るとしましょう」


診療所のドアの鍵を閉め、カーテンを引きながら片手は肩をトントンと叩いていた。

入り口のドアのガラスから入ってくる光が遮られ、室内が少し暗くなり魔法で灯りをつける。


「ライト」


備え付けてある魔道具の照明が、私の呪文に呼応して柔らかい光を放つ。


入り口から入ってすぐのところにソファーセットがあり、衝立の向こう側に診療用ベッドと事務机に薬棚があるだけのそこまで広くはない室内。


でも、オフホワイトの壁紙にパステルブルーの家具でまとめた室内は清潔感があり、どこかホッとする空間になっている。


(それにしても今日は少し疲れましたわね。紅茶でも淹れて休憩してからにしましょう。)


そう思い、隣の簡易キッチンへ行き魔石を使いお湯を沸かす。

茶葉を選んでポットに入れ、お湯を注いだ。

その間にカップとソーサーを選び、トレーに乗せ隣の部屋に戻るとローテーブルに置き、ソファーに腰をかける。


紅茶のいい香りが立ちのぼる。


カップに紅茶を注ぎ、一口飲むとホッとして体から余分な力が抜けた気がした。





この小さな診療所には毎日たくさんの患者が訪れる。

たまにお喋りをして行くだけの人もいるが…。


私、アリアナ・ベルンは辺境伯家の長女で、本来は辺境伯家を継ぐはずの立場でしたが…。

その資格がなかったため、両親から「好きな事をしなさい」と言われ、適性のある聖属性魔法を活かそうとこの診療所を開設した。


そして、簡単にベルン家の説明をすると、辺境伯という事で分かるかもしれないが、継ぐものは武力に秀でていないとその資格がもらえない。


辺境伯家は女系一家で、女の子が生まれる確率が高く、現在の当主は私の母であるリリー・ベルン。

大きなハルバードを片手で振り回し、筋力強化のギフトを授けられるというまさに戦の神に愛された女性だ。

(魔法適性は火属性)


そんな母の元、様々な鍛錬を行なってきたが一向に筋力は付かず、戦闘のセンスも皆無。

唯一、馬にだけは乗れるようになったのは奇跡かもしれない…。


「お父様に似てしまったのね…」と言われ、小さい頃はその意味が分からずに悲しんだこともあったが、今ではそれでよかったとさえ思っている。


3歳下の妹、マイリーは母に似て戦闘センスがあり最初は剣術の稽古をしていたが、ギフトが遠見だと分かると弓に変え、今ではかなり離れた標的にも当てることができるそう。

(魔法適性は土属性)


魔法?ギフト?と思われているかもしれないが、このブルーグラント王国は魔法が使える人が一定数いる。

主に貴族になるが、まれに平民が使えることも。

魔道具、魔石が主な産業で、ブルーグラントで産出される魔石は最高級品として高値で取引されている。


そしてギフトとは、個人が神から授けられた能力で、役に立つものから使い方が分からないものまで多岐にわたる。


国民は7歳の誕生日に教会へ行き儀式を受けると判明し、誰がどのギフトを授かったのかは教会から国へ伝えられ管理されている。


では私のギフトは…。


「不明」


え?と思われるかもしれないが、教会で儀式を受けギフトがあることまでは分かったのだが、何かまでは判明しなかった。


もちろん、国にも「不明」で登録されている。


幸いなことに、聖属性魔法の適性があったため病気や怪我をしたかたを治療することができ、毎日充実した日々を送ることができているが…。




「さて、そろそろカルテを書きますか」


カップとソーサーをトレーに戻し、ソファーから立ち上がった。




診療中に取ったメモを片手に患者ごとにカルテに書き込んでいく。


このお爺さんは微熱が続いていたので回復魔法をかけて、念の為栄養剤を出した…と。


えーっと…。


あっ、この女の子は火傷で運ばれてきた子ね。ずっと痛いって泣き叫んでいたけど、途中で意識が無くなったんでした。

真っ赤に腫れ、水脹れや場所によって皮膚もめくれて酷い状態でしたけど綺麗に治って良かった。


私まで辛くて泣きそうだったけど、治った後は嬉しそうに「ありがとう」と言ってどうして火傷したのかも教えてくれて。


なんでも、お母さんの誕生日にスープを作ってあげたいと台に乗って作っていたらバランスを崩して鍋をひっくり返したって言っていたわね。


あまりにも大声で泣き叫んでいたから近所の方が気づいて連れてきて下さった…と。


本当に治って良かった…。


そう思い返しながら書き込んでいたその時…。


胸の辺りが暖かくなり、光が集まったと思ったら急に消え、それと同時に何か床に落ちた音がした。


「え?」


診療所の床は木製で、固いものが落ちたら音がする。なので何か落ちたのだろうが、私自身には心当たりがない。


何を落としたのか分からず、とりあえず辺りを見まわし探してみるが…。


「え?石?」


机の下に落ちていたのは小指の爪ほどの大きさの赤色の魔石のような石の塊だった。


「誰かが落としたのかしら?」


でも、落としたらさっきのように音がするし、魔石なら拾って持ち帰るだろうし。


そう考えると、先ほど音がした時に落ちたものがこれなのだろう。


どこから現れたのかは分からないが、とりあえず父に見せたら何か分かるかも。

そう思い、ハンカチに包んで持ち帰った。




「お帰りなさいませ、アリーお嬢様」


「ただいま、ロバート。お父様は書斎ですか?」


街灯が灯されるほど暗くなった時間に帰ると、玄関で執事長のロバートが笑顔で迎えてくれた。

そんなロバートへ挨拶も程々に要件を伝える。


先程の「石」を早く父に見てもらいたかった。


私の父、ダニエル・ベルンはベルン家へ婿入りし、現在は宝石商として各国を周り宝石の売り買いをしている。

(魔法適性は水属性)


表向きは…ですが。


コンコンコン


書斎のドアをノックすると中から「どうぞ」と返事があったので扉を開けて中に入った。


「アリーか。おかえり。どうしたんだ?」


「お父様、ただいま帰りました。それよりも見ていただきたいものがありまして」


仕事をしていた父が立ち上がり、ソファーへ移動してきたので、私も向かいに座るとすぐに執事長が紅茶を淹れてくれる。


紅茶の芳しい香りがするが、それに手をつけるよりも先に持ち帰ってきた「石」を包んでいたハンカチから取り出しテーブルの上に置いた。


「魔石か?」


それを見た父が手に取り光に翳す。


そんな父を見ながら先程診療所で起きたことを事細かに説明した。


「鑑定」


父がギフトである鑑定の力を使ってさらに詳細に「石」を調べ始めた。


そこで私はようやく目の前の紅茶に手を伸ばす。

美味しい紅茶に癒され、気分が良くなっていたところに向かいの父からいつもより低い声が聞こえてくる。


「アリー、これどうしたんだ?」


カップに落としていた視線を父に向けると、眉間に皺を寄せ難しい顔をして「石」をずっと見ている。


「ですから、先程説明した通りですわ。お父様」


私は首を傾げ、何をそんなに難しい顔をしているのかしらと思いながらも、再度説明をする。


「アリー、これは人工魔石だ」


「え?」


「魔石は鉱山から採掘される天然のものしか存在しないはずなんだ。なのに、これは鑑定で人工魔石と出た」


「人工…魔石?」


思わず父の言ったことを鸚鵡返ししていた。

私も普段から魔石にお世話になっている。それこそ今日、診療所でお湯を沸かす時には火の魔石を使用したばかりだ。


でも「人工魔石」など初めて聞いた。


「う〜ん…。まだ可能性の域だが…。もしかしたらアリーの不明と言われたギフトの力なのかもしれないな」


「私の…ギフト…ですか?」


(私のギフトは不明で、もしかしたら本当は無いけれど教会側が前例がなく不明と言ったのでは…と思っていた時期もありました…。まさか本当に私のギフトだとしたのでしたら嬉しいですけれど…)


「存在しなかったものが目の前に実在するんだ。なにかしらの力が働いたと考えるのが妥当だろう」


父はなおも石を光に翳したり、ルーペで覗き込んだりしている。


「とりあえずこのことはまだ誰にも言わないように。夕食の時にでもリリーとマイリーには話すが、それ以外は他言無用だ。いいね」


「分かりました。お父様、ありがとうございます」


そう言って父の書斎を辞すると着替えをするために自室へ向かった。




最初に人工魔石を発見してから1週間が経った。


どうやら私が強い想いを受け取るとそれに反応して魔石が生まれる…らしい。


らしい…というのは、まだ3回ほどしかその現象が起きていないため、確定するには情報が少ない。でも、多分そうではないかと。


1回目は火傷を負った女の子。

痛そうな叫び声と、治療後の話をしている時、私は共感して泣きそうになったのを覚えています。

それを思い出した時だった気がします。


2回目は高熱を出して意識が朦朧としていた青年。

自宅まで往診に行った時に脈を見ようと腕を取ろうとした時に強く腕を握られ、苦しそうに呻く青年を見た時に魔石が生まれた。

幸い、ご家族の方が部屋を出て行ったタイミングだったから良かったものの、もう少しで見られるところで危なかった。


3回目は…というと。

病気や怪我…では無かった。

診療の合間に買い物へ出かけた時、強盗に遭ったご婦人が倒れているところに駆け寄ると、婦人が強盗に向かって叫んだ。

多分、その時に婦人から強い感情を受け取ってしまったのでは。

幸い、みんな強盗の方を見ていたため気付かれた様子は無かったが…。


(流石に出先でポンポン魔石が生まれてしまうのは非常にまずい気がしますわね…)


全て持ち帰り、父に鑑定してもらったらいずれも人工魔石だといわれ、そのまま預かってもらうことに。


もう、これは私のギフトだとしか言い逃れが出来ない。


あと、父からは新たな発見があったと言われた。


私が生み出した人工魔石には魔石と言うだけあって、魔力が込められているよう。


最初に生まれた魔石は赤色をしていたので火の魔法が使えるかもしれない。そう考えた父は試しにその魔石を持って火の魔法を頭に思い浮かべた。


そうしたら見事に手のひらから炎が。


思わず頭を抱えてしまったそうですが、私もびっくりだ。


「アリー、せめて人のいる所では魔石を生まないようにしないといけないな」


「そうですわね…」


(でも、そんなこと言われましても…ねぇ…)





「ここ数日の大雨は今までに経験した事がないほどだな」


「昨日の時点で土砂崩れの可能性があるので我が領の私設騎士団に隣国へ抜ける街道の封鎖を指示しておきましたが、旧道までは流石に対応しきれませんので事故など起きなければいいのですけれど…」


この国では一般的に雨季と言われる時季だが、今までこんな豪雨になったことはない。


今は家族でこの豪雨で起こり得るかもしれない災害の対策を話し合うため、母の執務室に集まっていた。


両親はテーブルに広げた地図を見ながら、被害が起こりそうな地域に印を付け、難しい顔をしている。


窓の外をみるとまだ午後の早い時間だというのに辺りは暗く、打ちつける雨が煩く室内までその音が響いてくる。


「山に近い領民には念の為、避難してもらっていますわ。物資も今の所行き届いているようですが、これがあと3、4日も続くと疲労から体調を崩す人も出てくるかもしれませんわね」


妹のマイリーは先程まで領民の避難誘導の指示をしており、たった今帰ってきたばかりだが挨拶もそこそこにすぐに話に加わっていく。


私は治癒魔法しか使えないため後方支援しか出来ないが、ベルン辺境伯家の一員として領民を守りたいという気持ちは家族のみんなと同じぐらい強く持っています。



そんな話し合いをしていた時、慌ただしい足音がしたと思ったら「ドンドンドン」とドアを強く叩く音が聞こえ、勢いよくガチャっとドアが開いた。


「リリー…騎士団長、旧道…で…土砂崩れが発生し…巻き込まれた人が…いる…と連絡が…ありました!」


両手を膝につき、息を切らせながらも報告をする騎士に全員の視線が集まる。報告を聞き、一気に室内に緊張が走った。


災害が実際に起きて、巻き込まれた人がいる…。

怪我人がいるなら一刻も早く救助、治療しないと。


焦る私と違い、母は冷静に状況を聞き出していた。


封鎖してあるゲートの前で危ないからと止めた騎士を振り切って、馬でそのまま旧道の方へ駆け抜けていったらしい。


人数は2人で、慌てて馬で追いかけたがあまりにも速すぎて見失ったため、自分たちの身も危ないと感じ引き返そうとした時に前方で轟音が聞こえたそう。

確認に行くと大規模な土砂崩れが発生していた。


1人は完全に埋まっているかもしれず、もう1人は落石に巻き込まれ全身に怪我を負っているらしい。


現在、騎士団内の土属性魔法の使えるものが応援に向かっていて土砂を取り除き救助活動を行っているが、豪雨と大量の土砂でなかなか作業は進んでいないようだ。


「分かりました。アリーは現場に着いたら救護を。ダニエルは危険箇所の特定、マイリーは土砂の取り除きね。みんな、行くわよ」


母に声をかけられ、各々準備をする。



豪雨の中、馬で災害現場まで駆け抜ける。

雨よけのマントとフードを被っているが、容赦なく雨が顔を叩き付けていく。


現場にたどり着いた頃にはシャワーを浴びたのかというぐらいびしょ濡れになっていたが、辺りを見て息を呑んだ。


そこは自分がびしょ濡れだという事を忘れてしまうほど酷い有様だった。


崖が思ってた以上に広範囲に崩れ落ちており、土砂は旧道の横を流れている川までも堰き止めている。


先発隊が魔法と人力で土砂を取り除いているが、量が多すぎてなかなか進まない。


「マイリー、下へ降りて川を堰き止めている土砂を取り除いて。このまま堰き止め続けると二次災害が起こるわ」


母が父と共に危険箇所を洗い出し、優先順位をつけて的確に指示を出していく。


私は周りを見渡して怪我人がどこにいるのかを探すと、少し離れた場所で大木を背に座っている男性を見つけた。


安全な場所まで運んでもらったようだが、みんなもう1人の救助者にかかりっきりで手当もまともにしてもらっていないのが見て分かった。


慌てて駆け寄り、全身を確認する。

触診すると全身の打撲と何ヶ所か骨折しているのが分かった。呼吸をするのも辛そうに顔を顰めているので、肋骨も折っているのかもしれない。

意識も辛うじて保っているような状態で、とても危険な状況だということがわかり、急いで治癒魔法をかける。


「ヒール」


怪我をした男性の全身が淡く光る。


骨折により内臓も傷付いているのか、いつも治療する時に比べてかなりの時間がかかって焦りが募る。


雨で気温も下がっているし、男性は全身が濡れているためどんどん体温も奪われていく。


(早く治って!)


なおも治癒魔法をかけ続けると、呼吸が安定してきて傷も消えていく。


安堵しかけたその時…


「お願いだ!もう1人…土砂に、土砂に…。助けて…幼馴染なんだ…」


翳していた手を掴まれた途端、胸の辺りが熱いと感じると同時に眩しいほどの光が溢れた。


「ボトッ…」


豪雨の中でも聞こえたのでは…と錯覚するほどだった。


赤ちゃんの拳ほどの大きさのキラキラと光る白い石が足元に落ちていた。


「あっ…」

「え?」


石を認識したと同時に凄い勢いで拾い上げ後ろ手に隠す。


あまりの気まずさと起きた出来事への戸惑いで豪雨の音さえも一瞬消え、時間が止まったような気がした。

そんな空気を誤魔化すように慌てて話しかけた。


「え〜と…。他に痛いところはありませんか?」


その時、後ろの方から「出てきたぞ!」と言う声が聞こえ、現実に引き戻される。

振り返るとまさに土砂の中から誰かが助け出されたところだった。


すぐにそちらへ駆け寄ると、意識が無くぐったりとしており、息も弱かった。

体には擦り傷や打ち身による変色、脚はおかしな方向へ曲がっていて思わず目を背けたくなる。


急いで治療しても助かるかどうか微妙な状態だ。


気休め程度には雨が遮られている大木の元に運んでもらった。


両手を翳し魔法を唱えようとした時、さっきの石を持ったままだったことに気づくが、仕舞っておくところも無いため片手に持ったまま治療を開始する。


「ヒール」


(え?いつもより魔力が強くなっているような気がしますわ…。光も強いですし…)


傷口が綺麗に塞がっていき、分かりやすく呼吸も安定しだした。おかしな方向へ曲がっていた足も元にと戻っていく。


さらに魔法を掛け続けると意識が戻り、自分で体を起こし、怪我なんてなかったかのように私を向き、何が起こっているのか分からないと言った感じでぽかんとしている。


治癒魔法は通常なら傷などは治っても体力までは戻らない。ここまで酷い状態だと起き上がることは出来ないはず。


そんな事を考えていたら石を持っていた方の手が熱い事に気付き、ビックリして石を手放した。


(もしかして魔石の魔力が治癒魔法の効果を増強してくれたのかしら?)


「あの…何があったんですか?」


「え?あなたは土砂崩れに…」


「ディック!助かってよかった!」


私が説明をしようとしたのを遮り、横から走ってきた男性が「ディック」と呼びかけた男性に抱きついた。


その間に地面に落ちた石をそっと拾い、私は逃げるようにその場を離れた。





豪雨災害から1週間が経った。


隣国へ繋がる街道は点検の結果問題が無いと判断され、封鎖は解除された。


今は旧道の復旧作業が行われている。


私はいつも通りの日常が戻り、今日も診療所で患者さんを診て、先程帰宅しソファーに座ってホッと一息ついたところ。


何か忘れていると思ってはいたが、先日届いたお茶会へのお誘いの返事をしようと文机まで移動し引き出しを開けたまではよかったのだが…。


目に入ったものを見た瞬間頭を抱えた。


「…お父様に報告しておかないと怒られますわね」


大きな溜息を吐き、石を持って部屋を出た。


父の書斎を訪ね、先日の災害現場で起こったことを詳細に報告すると…。


目の前の父も大きな溜息を吐き頭を抱えた。


(やっぱり親子って似るものですわね)


父を見てそんな事を考えていたら…


「アリー、とりあえず向こうが何か言ってきてから考えよう。実は、先日助けた2人は偽名を使っていた可能性が出てきたんだよ」


「偽名…ですか?」


「かなり酷い状態だったから後遺症など出ていないか確認したかったから救助後に聞いた名前を調べたが、国内に該当する人物はいなかった。隣国へ行こうとしていたから隣国の国民の可能性もあるが…。忘れているかもしれないことをこちらから聞いて思い出されても困るし、とりあえずは様子見だ」


偽名まで使って豪雨の中を隣国へ繋がる道を急ぐ…確かに言われてみれば怪しい。


父の言う通りにした方がいいだろう。


「分かりました」


そう返事をし、父の部屋をあとにした。




あれから数日が経ち、診療所の方が忙しく父とやりとりをした事も忘れていたのですが…






「父上、ただいま戻りました。こちら隣国の王からの書簡です」


手に持っていた書簡を立派な執務机の上へそっと置いた。


「どうしても秘密裏に渡さないといけなかったからな。ルークが行ってくれて助かった。それで、何か他に話しがあると聞いたが?」


現在、この執務室にはブルーグラント王国国王である父アルバーン、兄であり第一王子のレオン、そして第二王子である俺、ルークの3人だけだ。


重要な話しをするため、あらかじめ人払いしてもらっていた。


「実は災害現場で治癒魔法が使える女性がいたのですが、その女性が不思議な力を持っているのではないかと」


「不思議な力?ギフトのことか?」


兄が相槌を挟む。どうやら父はとりあえず聞くことに徹するようで腕を組んで目を閉じている。


「多分ギフトだと思われるのですが…。その不思議な力というのが、なんて言ったらいいのか…。その女性の胸の辺りが光り出したと思ったら、何もないところから魔石が現れたんです」


兄の方を向いて説明すると、聞いた瞬間「何言ってるんだ?」と眉間に皺を寄せこちらをジロッと見てくる。


広い執務室がシーンと静まり返る。


「一緒にいたディックが助け出された時は助からないかもしれないと思うほど酷い状態だったのですが、その女性が治療すると怪我をしたことが嘘だったかのように元通りになったんです。治療している時にずっと観察していましたが、通常よりも光が強く、回復も早かったのでその魔石が関係しているのかと」


「確かに魔石には魔力を増幅する効果もあるから魔石を使ったとするなら怪我が綺麗に治ることも不思議ではないが…」


実際に目の前で見ていない兄はいまだに半信半疑といった感じで訝しげだ。



コンコンコン



「ディックです。急ぎ、ルーク殿下に報告したいことがあります」


ドア越しに聞こえてきた声に父の方を見ると、頷いたので許可を出す。

急足で俺の側まで来て小声で報告事項を伝えてきた。


「そうか。分かった。ありがとう」


一礼して去っていくディックを見送り、ドアが閉まった音を確認して父に声をかける。


「父上、どうやら女性は辺境伯家の長女アリアナ嬢で、ギフトは不明と登録されているようです」


「不明?」


父がゆっくりと目を開け、こちらを怪訝そうに見てくる。


「不明ということは、今までに発見されていなかったギフトを持っている可能性がある…ということです。もしそれが魔石を作り出すギフトだとしたら…」


俺が今まで考えていた仮説を話すと父はそれを聞いて思案しているようで「う〜ん」と低い唸り声を発している。


「我が王国で保護しておかないと、万が一他国へ渡ると危険だな」


「でも、まだ確定したわけではない。今の段階で保護するには何か建前が必要になるだろう」


兄が父の言葉を補足する。予想していた流れに思わず口元が緩む。


「この件、俺に任せてもらってもいいですか?そうしたら一気に2つ、片付けることが出来ますから」


「2つ?」


「アリアナ嬢のギフトの件と…俺の婚約者の件ですよ。早く婚約者を決めろって言いましたよね?」


どうして婚約者の件が解決するんだ…と兄の目が言っているが、俺がニヤッと笑うと兄が大きな溜息を吐いた。


「はぁ〜。好きにしろ。ただしアリアナ嬢に迷惑をかけるなよ。辺境伯家を敵に回すと面倒なことになる。でも、アリアナ嬢の年齢を考えたら婚約者はいるだろう?」


「その辺りは調査済みです。それに、治療してもらった時に一目惚れしちゃったんで、何がなんでも落としますよ。紙切れ一枚で婚約者になんてつまらないことはしません」


悪巧みしている時の顔をしてるぞ…と俺の顔を見て父まで大きな溜息を吐いた。


「アリアナ嬢が…可哀想になってきたな」


「そうだな…」


父と兄がそんな会話をしているのを聞きながら、足はドアへ向かっていた。


ドアノブに手をかけ、開けようとした時に確認していないことを思い出して振り返る。


「父上、レオン兄、当分の間、辺境伯領へ通うから。父上、辺境伯領への転移魔法陣の使用、許可してくださいね。では行ってきます」


一方的に言うことだけ言って父の執務室を後にした。


転移魔法陣のある地下へ急ぐ。


その俺の後ろを側近のディックが付いてくるが…。


「ディック、俺1人で行くから何かあったら連絡してくれ。こっちは任せたぞ」


「了解しました。ちゃんと幻視の魔道具は身につけていってくださいね」


その声を背中越しに聞きながら転移魔法陣を使い辺境伯領へ飛んだ。




辺境伯領の王国騎士団への連絡所の建物へ一瞬で転移した。


「さて…と。まずは花束でも買いに行きますか」


そう呟き、街中へ向かう。



診療所の建物を見てニヤッとしてしまう。このドアを開けたらアリアナ嬢に逢える。



カランカラン


ドアを開けるとベルの音がして衝立の向こう側から「少し待ってください」と声がした。


「すみません、こちらにアリアナ・ベルン嬢がいると聞いたのですが」


「はい、私です」


ガタガタと音がして衝立の向こうから女性が現れる。



ようやく逢えた。


さて、どうやって落とそうか。


覚悟してね、俺の未来の婚約者様。


爽やかな笑みを浮かべながら、心の中ではニヤッと笑った。

もし続きが読みたいな…と思ってくださった方がいましたら、何かリアクションして頂けると嬉しいです!

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