発情期のケルベロス
その後王宮内で。
いや、国内全体に大嵐が吹き荒れた。
最初に判明したのは、装身具を外したゴルカ・プペル伯爵令息が木の枝よりもなまくらだったこと。
筋力も魔力もなく、すべて高価な魔石と魔術により最大限に嵩増しされたもので、質の悪いことに本来ならば装着している人間の生命力を糧に増幅される能力は、王都の邸宅の地下に閉じ込められている人間から毎日搾り取られていたことも暴かれた。
まずプペル伯爵は貧しい民や旅人などを攫わせ、魔力のある者は魔石精製の糧に、何の能力もない者は息子たちの才能増幅装置として使い捨てていた。
攫われた人々は様々な虐待を受け食べ物もろくに与えられずに死んでいき、その遺体は密かに飼われている魔獣の餌にされて骨すら残っていない。
さらに見目が良ければ慰み者として売買されていたことまで発覚し、その違法取引に関与した家を捜査する事態にまで発展した。
つまりプペルと悪縁を結び飼い犬となってしまった貴族たちの摘発まで及び、国を巣食う悪しきものの根絶へと国は動いた。
プペル家が宮廷で好き勝手にいていることに目をつぶり、もみ消していた貴族たちはこれで一掃された。
これより国の騎士や文官になる試験を受ける時は一切の装飾品を外し複数の監察官立会いの下受けることと決められた。
その後プペル一族は未成年のみ終生修道院へ送られ、大人は国の民である資格をはく奪され平民以下の流民としてわずかな食料と衣服のみもたされ北の山脈へ追放となった。
北の峰々にはあらゆる魔獣とそれを糧に生きる蛮族と自然の厳しさは誰もが知るところで、王都のぬるま湯の中で生きてきた人間などひとたまりもないだろう。
事実上の死刑とみなされる。
彼らを移送したのはもちろん辺境伯オングリーとその騎士団で、鼠一匹ですら逃げ出せない完璧な仕事ぶりだった。
のちにオングリーがヴァレンシアに尋ねた。
『洗濯場はヴァレンシアが王宮で通された待合室から離れていたにも関わらず、なぜそこへ行ったのか』と。
するとヴァレンシアは曇りなき眼で『まるで発情期のケルベロスのように面倒な男が目の前を通り、これは野放しにしてはならないなと思ったから後をつけた』と返した。
これを聞いたオングリーや他の辺境伯たちは爆笑して膝を叩き、以来、彼らの間でこの言葉が流行った。
『発情期のケルベロス』。
己の欲望を制御できない男の代名詞となり、それはやがて庶民にも広まり、妻が浮気者の夫の襟首をつかんで罵るときの常套句となった。
さらに付け加えると、あの日、生まれて以来領地を出たことがないヴァレンシアが王宮にいたのは、王が臨席する高位貴族の会議へ召喚されていたためだ。
議題はただ一つ。
『兄が男に襲われているところに遭遇したヴァレンシア・クエスタ辺境伯令嬢がうっかり狼藉者を殺してしまった件について』
だった。