西の鬼娘
骨の細い小さな少女だというのに。
男は地面に縫い付けられかのように指一本動かすことができない。
「ああ、そうだ。忘れていた」
少女は剣を握っていない方の手の指先をパチリと鳴らした。
すると、ふわりと男の体のあちこちから装身具が現れ、宙に浮く。
イヤーカフ、ピアス、指輪、アンクレット、ブレスレット、ベルト留め、剣の装飾具、ネックレス……。
どれも共通するのは何らかの『石』がはめられていること。
固唾を飲んで見守っていた人々の中に何か思い当たることがあるのか、ざわめきが起きる。
「とりあえず、これは処分させてもらう」
言い終えないうちに、ぱりん、と全ての石が弾け、ぼたぼたと装身具は土に落ちた。
「地金だけでも十分価値はある。これに関しては伯爵家に所有権があるだろう」
「………っ」
抗議したくとも声にならない。
男はかくかくと小刻みに口を震わせる。
男が大人しくなったところで少女は観覧席に向かって大声を上げた。
「ジュール! そこにいるんだろう!」
すると人だかりの中から、ひょっこりと王家の御用商人が顔を出す。
「はいはい。そろそろお呼びがかかるころかと思っておりましたよ。しかしお嬢様。破壊する前に一声かけて頂きたかったですな」
「仕方ない。この馬鹿がまた起動させたら困るからな」
ジュールと呼ばれた中年の男は国一番の商人であり、手広く様々な品物を納めていた。
国の商いの要であり、経済界の重鎮であり、平民出身ながら王の側近として重用されている人物。
そんな男に無造作な言葉をかける少女の身分が何なのか、勘の良い人は気づき始めた。
「はいはい。そうおっしゃると思いましたとも」
すたすたと地面におり、一つ一つ装身具を拾い上げ、石を留めていた台座をポケットから出したレンズで覗き込む。
「お嬢様…。とんでもないものを一発で壊されましたな……。これは千リーベルでは足りませんぞ」
ジュールが掲げたものは、ひときわ大きな石が嵌っていたベルト留めだった。
魔石を装身具に封ずる場合、台座に相応の術を刻み込まねばならない。
彼が見たそれは国の宝物庫に預けられてもおかしくない技術が込められていた。
「そりゃそうだろう。風の精霊の心臓を切って封じ込めたものだったからな」
会場がいっせいにどよめく。
「…ああ。安心してもらいたい。風の精霊は、無事に還った。魔物化したり報復されたりはしない」
人々は失われた魔石の貴重さと価格を想像し動揺したのだが、少女にはとんと見当もつかず、慈悲深い微笑みを浮かべ方向違いの気遣いを見せた。
「さて。全部でいかほどかな」
「……とても。今ここで私が言うわけには参りません」
ジュールは、屍同然となった男の腹の上に立ち剣を地面に刺したまま喋る少女に深く首を垂れた。
「ははは! さすがはわしらの姫。その容赦ない処し方に惚れ惚れするぞ」
突然、からからと笑い飛ばす大きな声が会場に響く。
人々がその声の主を振り返ると、熊のような大男が両手を腰に当てて笑っていた。
「オングリーのおじさま!」
途端に少女は目を輝かせ、ダン、とブペルの腹を踏み台にし、ゆっくり歩いて来た男に向かって跳躍する。
「はははは。ヴィーはちょこっと大きくなったかのう。ますます頼もしいぞ。おかげでクエスタも安泰だろうが…」
規格外の大男に子ザルのように飛びついてはしゃぐさまを見てこの少女も人の子だったのか…と安堵する一方で、人々は二人の発した固有名詞に思い当たるなり息が止まった。
オングリーとは、国最強と言われる最北の辺境伯の名。
現当主は岩ともゴーレムとも評される体格で、ドラゴンすら一太刀でなぎ倒すという。
そして。
クエスタ。
西の辺境伯はクエスタと言う家名で当主が領内深くに隠し続けている子たちがいると噂されていた。
ひとりは、幼いながらも絶世の美貌で。
ひとりは、幼いながらも狂暴な軍神として。
「クエスタのヴィー……」
西の鬼娘と。
人は言う。