英雄は色を好むって本当かな②
決闘の場所はもちろん、騎士たちの訓練場だ。
野次馬が更なる野次馬を呼んでけっこうな数の見物客となった。
おかげで一部の騎士たちが人員整理を行っている。
はじめは下級貴族ばかりだったが、そのうち近衛騎士が現れ、文官も上等な衣装の者が部下を伴って見物席に着座しているのがヴァレンシアの目に映った。
いつの間にか一つの興行と様変わりして、人々の興奮と好奇心が小さき身体に突き刺さる。
「この国の…、護りは本当に大丈夫なのか?」
ぽそりと落ちた少女の独り言など、誰の耳にも届く筈もない。
「おい、メスガキ。さっさとそこから剣をとれよ」
伯爵家の息子で近衛騎士であるというのに、この品のない言葉遣いはどうしたことか。
ヴァレンシアは深々とため息をついて、ふるふると頭を振って見せた。
「おま…っ! 馬鹿にしてんのか!」
「いや。それより真剣勝負ということで良いのだな」
男の言う『そこ』に並ぶものは大小の大きさや意匠に違いはあれど、どれも鋼の剣だ。
「そうだ。どうする。ここは真の騎士たちの鍛錬の場で、お子様に扱えるモノなんか一つも置いていないのでね。今なら両手と頭を地面について、『申し訳ありませんでした。お詫びに慰謝料千リーベル払います』って言えば許してやらんでも…」
「千リーベル?」
剣の棚を眺めていた少女はくるりと身体を返して問うた。
「この戦いの慰謝料は、千リーベルで良いのだな?」
ざわりとざわめきが上がる。
千リーベルは上等な馬一頭に相当し、それなりの貴族なら払える額だが。
男を含め、見物客たちにはこの少女の出自がわからない。
下級使用人の娘なら親の給与数年分となるにも関わらず、この少女は『それで良いのだな?』と念を押した。
「なんだ。謝罪する気になったか。親は気の毒だな。お前のせいで明日からただ働き…いや、解雇されるだろう。なんせ、この俺様を愚弄したのだからな」
「この、おれさま…とは、プペル家三男、ゴルカ殿で間違いないか?」
「何なんだよ、さっきからお前! ああ、わかった。謝る気はさらさらないってことだな! なら、さっさと剣を取れ! 一瞬で終わらせてやる!」
「ああ…。観客のためにゆっくりやるのかと思ったが…。貴殿は短い方がお好みか」
ふっと、まるで百戦錬磨の将のような不敵な笑いを少女は浮かべた。
「よし。まあ、これでいいか」
ヴァレンシアは適当に手近な剣を手に取る。
その長さは地面に刃先を付けると柄が胸のあたりまで来る。
「見栄を張りやがって、馬鹿が!」
吠える近衛騎士は腰につけていた剣ではなく、訓練場にある大剣の柄を両手で構えた。
『あの…』とか『え…』とか、困惑と非難のざわめきがヴァレンシアの耳に届くが、正面の男には一切聞こえないらしい。
まるで、闘牛のように興奮しきって鼻息も荒く、顔は紅潮していた。
「くらえ――っっっ!」
大剣を大きく掲げ、男は少女に向かって走りだす。
「ふむ。持ち上げる力はあるのだな」
「風よ! 大嵐となれ!」
途端に、つむじ風が沸き起こり天高く舞い上がる。
風の被害を少なからず受ける見物客たちの悲鳴が上がった。
「なるほど、一応風使いであったからか…。しかし何故」
地面に剣を刺したまま、少女は木にとまった虫でも観察するかのようにのんびりと見据えている。
「あのメスガキに行けえええっ!」
男が叫ぶと、旋回する風が少女に向かって突っ込んでいく。
彼は両手でつかんだ大剣の柄を後ろから大きく振りかぶり、高く跳躍した。
「危ない!」
人々が悲鳴を上げるなか、少女はゆっくり小さな手のひらを前方に向かって広げ、きゅっと握りこんだ。
『シュン………』
ふいに、風が消滅する。
「は…?」
男は帯剣の柄を両手で握りこんで少女の身体を地面ごと深く突き刺すつもりでいた。
非力な獲物は目の前だ。
容赦ない力で振り下ろす。
しかし。
パアン! と何かが弾ける音と風圧に思わず目をつぶり、一瞬意識が途絶えた。
「――制圧した」
気が付くと男は競技場のど真ん中に横たわっていた。
その男の腹の上に少女が立っており――。
「謝罪は?」
首筋に感じる鋼の硬質な感触に鳥肌が立った。
「ゴルカ・プペル。お前の負けだ」
男はただただ、口を開けたまま剣の柄を片手で握る少女を見上げるしかなかった。