兄と言う名の珍獣
いったん人払いをし、特別仕様の別室へ使者たちを招き入れる。
当然警戒のまなざしを送られたが、機密保持のための魔法が施されていると説明すれば納得してくれた。
ヴァレンシアは改めて使者たちを見つめた。
全員理知的な瞳で隙が無い。
おそらく最側近だろう。
彼らを使者として送り込んだ兄の男に少し好感を抱いた。
「では、改めて読ませてもらうとしよう」
渡された書状を開くとまず目に入ったのは伸びやかで力強い筆跡だった。
「なるほど…」
文章は交易で使用する大陸語。
おそらく本人が書いたであろうもの。
「貴方がたの主君はなかなかの人物とお見受けする」
「おほめ頂き感謝いたします」
彼の名はエドアルド・デュナーレ。
鳥族を中心とした南の大陸の最北地域、つまりはヴァレンシアたちの住む北の大陸と内海を挟んだ位置にある国の王なのだそうだ。
まずは国と領内に勝手に侵入し、跡取りであるマリアーノへ無体を働いたことへの詫びがきっちり記されていた。
そして八歳の時に番の存在を察知してから二十年。
長きにわたりマリアーノの気配を感じながら探し続けていたため、いざ目の前にすると我を忘れてしまったことと、性急な交わりで受胎したと本能的に察知したため、母子ともに保護するため空間移動を発動させて自国の王宮内へ連れ帰ったと綴られている。
先日無事マリアーノは産屋で卵を産み、妃の部屋で我が子を温めているという。
勝手ながら、王家としての婚姻の儀は既に済ませ、自国ではマリアーノはエドアルドの番でただ一人の妃であると知らしめ、国民たちから祝福されており、これからのことは互いの情勢が落ち着き次第話し合いの場を設けたいと締めくくられていた。
「互いの情勢ね…。兄はこちらの事情を夫君に話したという事かな」
手紙と共に託された嫡子の指輪を思い浮かべながらヴァレンシアはは代表者に問う。
「全てではないとは思いますが…。何と言っても、デュナーレの一族は鳥でございますれば…」
男はやんわりとした答えを返した。
「…鳥。そうか、眷属。普通の鳥も使役できるということか」
「お察しくださいませ」
否定も肯定もしない。
ヴァレンシアが王の番の妹だからこそ、ぎりぎりの情報を提示してくれているのだろう。
「そうか…あい分かった」
そっとヴァレンシアは目を閉じた。
『ヴィーだいすき』
瞼に浮かぶのは、家族にしか見せないあけっぴろげな笑み。
幼い子供のような物言い。
生まれ出た瞬間から兄はあふれんばかりの愛をヴァレンシアに注いでくれた。
『かわいいヴィー、あいしてる』
三歳になるころには兄の危うさに気付き、自分は彼を守るために生まれたと悟った。
うなじを覆う程度にのばされたやわらかな巻き毛がくるくると金色の光を放ちながら顔を彩り、エメラルドの瞳は奥に深い森の緑を宿し、白い肌に細い頤、細い鼻筋。
長い睫毛とすっと描かれた細い眉の線は高潔な貴婦人のようで、長い手足と細い身体も相まって中性的な雰囲気のマリアーノは歳を重ねても儚げで少年のまま時を止めたようでもあった。
ヴァレンシアは兄の補佐を務めるために早くから外に出ては様々な人々と会ったが、兄ほど強烈な美貌の持ち主は見たことがない。
軽く振り向いただけで。
ちらりと視線を投げかけただけで。
その繊細なガラスを奏でるような美しい声を聞いただけで。
空間の全てが変わってしまう。
そんな兄に多くの人が心奪われた。
だが、それは彼にとって幸せなことなのだろうか。
兄の行く末について案じたこともあったが、ヴァレンシア自身が年を経るうちに考えは変わった。
マリアーノはクエスタの嫡子であり宝であり、その美しさゆえに良いものも悪いものも、とにかくあらゆるものを吸い寄せてしまう能力を持ってしまった、珍獣だと。
クエスタはこの珍獣を保護しつつ、世に生まれ出たからには彼の天寿を全うさせることが使命だと。
今、番というものの登場でいきなりその役目を外されたわけだが、相手が一国の王であり、側近もあわせて敏いというならばそれは重畳。
とりあえず、兄の安全はデュナーレという国に託そう。