ぼっちの辺境伯令嬢ヴァレンシア
のどかな春の日差しがゆるゆるとふりそそぐなか、王宮の一角にある庭園ではいくつものテーブルと椅子が据えられ、思い思いの席に座る貴族の女性たちの上品な話声がゆったりと流れていた。
白地に薔薇の花のモチーフが織り込まれたテーブルクロスの上には趣向を凝らした料理の数々が美しい皿の上に品よく並べられている。
一口サイズにカットされたゆで卵のマヨネーズ和えとクレソンのサンド。
一口サイズにカットされた胡瓜とハーブエキス入りクリームチーズのサンド。
一口サイズにカットされたハムにマンゴーチャツネを塗ったサンド。
一口サイズにカットされた……。
伯爵以上の女性ばかり集められた高位貴族の集いで、ひとりの令嬢が物憂げにため息をついた。
(ああ…。がっつり食べ応えのある獣の肉はないのか。こんな一瞬にも満たないお上品なヤツではなく)
彼女の名はヴァレンシア。
クエスタ辺境伯の娘で、二十歳。
遠く離れた領地から婚活のためにはるばるやってきて一週間。
もうすでに故郷へ帰りたい気持ちでいっばいになっていた。
(だめだ、だめだ。今度こそ縁談を成立させねば…)
かすかに首を傾け、気を取り直す。
サンドイッチが盛られた皿から視線をそらすと、次に映るのは甘い菓子の数々だ。
ほんのりピンクに色づく一口サイズのメレンゲ。
小さなガラスのコップにゼリーと苺と生クリームが詰められたトライフル。
中が空洞のグランサムジンジャーブレッド。
ミニマムなマドレーヌをはじめとして、色とりどりに趣向を凝らしたプチフール。
唯一どっしりしたスコーンは遠く、燦然と輝く飾りと化していた。
いや。
テーブルの上に並べられた全ての料理そのものが装飾の一部なのだ。
手を伸ばしてよいのはせいぜい紅茶で、それも会話のために少し喉を湿らせる程度。
ドレスも化粧も流行りを取り入れながらも淑女の昼間の装いとして華美にならないようぎりぎりの線を攻めつつ、美を競う。
なごやかな会話の中にも、女の戦いは常に潜んでいる。
戦場で剣を振るうより難しい。
現に、ヴァレンシアは連戦連敗だ。
遡る事十年以上前から社交シーズンになると都に戻ってきて同性や異性との親交を深めようと試みたが、うまくいった試しはない。
クエスタは荒事ばかりの家。
どれほどマナー講師に作法を習ったところでメッキがはがれるのは容易い。
田舎臭さがどうしてもにじみ出てしまう。
それ以外にも…。
まあ心当たりはたくさんある。
背筋をぴんと伸ばしてゆっくりとティースプーンでカップに注いだミルクをかき混ぜながら悩むヴァレンシアの丸いテーブルには同席者がひとりもいない。
なぜか。
まるで結界でもはられたかのように虫一匹近づかない徹底ぶりだった。
「なにゆえ」
親指と人差し指でつまんでいるだけの銀のスプーンをあやうくひねりつぶしそうになるのをなんとかこらえ、また一つ。
重い息をついた。
風が吹いて、ハーフアップに結われた琥珀色の髪がたなびく。
黄緑色の瞳は指先を見据えたまま動かない。
「ご覧になりました? 物憂げに、ため息をおつきになったわ…」
「ええ、もちろんですわ。ああ。ここに魔石の持ち込みが許可されていたならば、こっそりお姿をとどめおくことができますのに…」
「ああ。今日のヴァレンシア様はまた格別ですわね。どの貴公子よりもお素敵…!」
令嬢たちはひそひそと早口で会話を交わあう。
興奮を隠すために口元に当てている扇はもはやみしみしと骨が音を立てている。
「ああ…。風がうらやましい…。あのお方のおぐしに触れられるなんて」
「まあ。貴女ったら。過激ですわ」
きゃーと小さな悲鳴が上がる。
もはや興奮のるつぼだ。
ぼっちのヴァレンシアは知らなかった。
すらりと長く伸びた手足と細面ながら硬質な輝きを放つ容貌から――。
どの貴公子よりも貴公子らしい、中性的な美貌ゆえに。
己が、常に遠巻きに鑑賞され熱く語られていることを。