お飾り妻なら良かったのだけど
「実は溺愛されてる」系のものを書いてみたくなり、書き始めました。
読みにくい部分などあるかと思いますが、少しでもヒロインの強さや素敵さが伝わりましたら幸いです。
ーねぇ、見た?
ー暑苦しいベールよねぇ。
ー戦争でひどい傷を負ったとか。
ー公爵様の折檻だって聞いたわ!
ーいや、平凡な顔つきが恥ずかしくて隠してるらしい。
ー子供の頃は可愛らしかったのにねぇ。
ーお飾り妻だってさ。
ーベールに包まれた奥方だなんて、公爵様が気の毒。
ー元々はこの国の人なんでしょ?同盟国へお宝として差し出されたって
ーあれが宝になるのかしらね。
はぁ、皆様とてもお喋りでいらっしゃる。以前はあまり活気のある人たちでは無かったから、元気が出てきたと言えばそうなのかもしれない。そう思うと、心なしか皆さま眩しく見えるわ。
母国の港からすぐ近くにある海辺の村。これといった特徴はない。幼い頃よく遊んだ場所だったので視察ついでに寄ってみたのだ。
同盟国…今やすっかりそういう扱いだけど、この国、クラウン王国と私の嫁ぎ先であるジュノ帝国は、ほんの2年前まではお互いいがみ合う仲だった。クラウン王国の貴族お膝元の商人が行っていた人身売買が原因だった。各国の貧民街から人を拐かし、奴隷として売っていたのだ。ジュノ帝国の民も、その犠牲となり売られていたことが分かった。
皇帝は何度も遣いをやり奴隷の解放を訴えたが、クラウン王国は「国がやったものではない」と相手にしないばかりか、愚かにも輸入品の価格交渉に応じるか勝てぬ戦をするかと脅したそうだ。皇帝が争いを好まない性格であることを揶揄ったのだ。しかしそれは間違い。皇帝は民が危険に巻き込まれるとキレる質だった。案の定、皇帝の怒りを買い、戦争が始まった。クラウン王国は何の準備も出来ていなかったので圧勝だったことだろう。
無謀な争いを終結に導いたのが我が夫、フェリクス・ローディア。ジュノ帝国騎士団長である。彼が王命の下、クラウン国王の首元に剣をつきつけた。愚王は恐れ戦き降伏を認めた。
そして国王は玉座から引き摺り下ろされ、幽閉された。新たにクラウン第一王子が王位を継いだ。新王との交渉の末、奴隷市場の撤廃、国民の暮らしの改革を条件に、クラウン王国を属国ではなく同盟国として迎え入れることになった。クラウン王国は同盟と友好の証としてジュノ帝国にいくつかの贈り物をした。その中に、宰相の娘である私も入っていたのだ。
我が夫は私を妻に迎え入れてくださった。
このベールは、人の目を過剰に浴びないようにと夫から賜ったもの。かえって注目を浴びているような気がするのだけど。…それにしても、砂浜は歩きにくい。ロッドを持ってきて正解だったわ。
「あら…」
足元に見えた小さな貝を拾う。子供の頃、よくお姉様と綺麗な貝を集めて遊んだ。このようなピンクの小さな貝を、お姉様は特に気に入っていたわ。私がみつけてお見せすると、途端に不機嫌になった。昔から、お姉様は自分以外の人間が特別なものを持つのを許さない人だった。年頃になってからそれはもっと酷くなった。自分がチヤホヤされていないと気が済まなくて、人のものをよく欲しがった。こんな小さな貝じゃなく、ドレスや友人、恋人すら他人から奪っていった…。お茶会やパーティで虐げられている御令嬢は数知れず。尻拭いはいつも私だった。
そんなお姉様を見て、父もほとほと困っていたけれど、亡きお母様にそっくりに育ったお姉様に強く言うことが出来なかったみたいね。お父様も馬鹿だわ。ちゃんと教育されていれば…。
懐かしい思い出に浸っていたのに、余計なことまで思い出してしまったわ。そろそろ戻らなくては。
「この、裏切り者!」
あら、この声。久しぶりに気持ちのいいくらいの悪意だわ。相変わらずそれしか言えないのかしら。
仮にも同盟国の要人に対する言葉ではないわね。
「ごきげんよう」
「はぁ?」
「この国もだいぶ落ち着いてきたと思うのですが、なにかご不満なことはありますか?」
威勢よく吠えていた女性に声をかけると、彼女はギロリとこちらを睨んでくる。
淡いピンク色の髪は、日に焼けたのか以前と比べて艶が無いけれど、アイスブルーの瞳は相変わらずぱっちりとしていてお人形さんのよう。埃をかぶりくたびれたワンピースは、古くなっても良い生地なのが分かる。
…しばらく見ないうちに人前でも本性を出すようになったのね。
「もし不便があるのでしたら、その旨お伝えしてみますから」
「はぁ?ルティシア、誰に対して話しかけてるわけ?」
「それはこちらの台詞です。…でもまぁ、お元気そうで何よりです。アヴァリスお姉様」
それでは、と立ち去ろうとすると、背後からお姉様の激昂した声が聞こえました。短気は損気だわ。
でも別におしゃべりをしたい相手ではないのでさっさと行きましょう。夕方には旦那様をお迎えしないといけないのだから。
「このっ!!」
後ろから足音が近づいてくる。私に怒りを向けるよりも他にするべきことがある気がするのだけど…。相変わらず心が狭い人。きっと国民性もあるわね。やはりこの国はもっと視野を広げていかないとダメだわ。
そんなことを考えながら、ブンと勢いよく投げられた石を軽く避け、素早く回り込んで膝裏をチョンと突いてやると、お姉様はカクンとその場に崩れ落ちた。
「え…?」
何が何だかわからないといった様子の女性の首にロッドを差し出すと、お姉様は声にならない悲鳴をあげた。
「ひぃ!!ぁっ…!」
「恐れ入りますが、一つだけよろしいでしょうか。私が護衛をおかずにいるのは、このように自衛ができるからです。それにここは思い出の地。昔のように自由に見て回りたいので、気を利かせていただきました」
あら、二つになってしまったわ。まぁ、良いでしょう。この際言わせていただきましょう。
「お姉様、最後にもう一度だけ分かりやすく教えて差し上げます。お姉様はご自分の醜い嫉妬のために、ジュノ帝国から留学へいらしたご令嬢をごろつきを雇って誘拐し、奴隷商人に売り飛ばそうとなさった。その罪を問われ、戦争が終わった後に皇帝より死罪を言い渡されていた。父が貴方の貴族としての権利を放棄し、罪を償いやり直すチャンスをと訴え、我が家と縁を切る約束と引き換えに、この村へ平民として生きるよう温情を賜ったのです。お姉様、いいですか?これが最後です。…では、ごきげんよう」
「ぐ…。お前なんか…お前なんか…愛のないお飾り妻のクセにぃいい!!」
嫌だわ、あんなにお姉様ってレベルの低い遠吠えなさる方だったかしら。全く、残念ね。
遠くから先ほどと同じ足音が近づいてくるけれど…仕方ないわ、放っておきましょう。旦那様をお迎えする方が何より優先事項なのだから。
港に停泊している大きな船の前にたどり着くと、旦那様が優しく出迎えてくれた。
「おかえり、ルティ」
「旦那様」
銀色の髪と琥珀色の瞳が太陽に照らされてとても美しい。なんて素敵な旦那様でしょう…海辺に夕日のロケーションのせいか、いつもより2割増しで美しいわ。
「旦那様、お待たせして申し訳ありません」
「私がお前を出迎えたかったのだ。思い出の海はどうだった?」
「変わりなく素敵でした。ありがとうございます」
旦那様のエスコートで船に上がろうとした時、耳を擘くような声が響き渡った。
と同時に、強い殺気が近づいてきたのを感じた。
「ル〜ティ〜シアァアア〜!!」
地を這うような声で叫びながら私に向かってくる姉を、騎士たちがあっという間に捕らえました。砂浜だというのに素早く動けて流石、旦那様の騎士団だわ。
「立場をわきまえよ」
「フェリクス様!私を…私をどうか貴方様の妻に」
ああ、まだこの人はそんなことを言ってしまうのね。
「この女は自意識過剰も甚だしく、結婚した途端、ベールで顔を覆い、民に素顔を見せやしない。気味が悪いともっぱらの評判です!地味な顔を晒して、こんなのが公爵の妻かと笑われるのが怖いのです。こんな女、恥以外の何物でもありませんわ。それに引き換え、私ならベールをしなくても堂々と民の前に出ることができます。貴方様と並んでも見劣りすることもございませんわ」
縁を切ったとは言え、こうも無知を晒されると恥ずかしいやら情けないやら、ベールで顔を覆っていて良かったわ。
「旦那様、申し訳…」
「ルティ、もうよい」
頭を下げようとする私を制し、旦那様は一歩、お姉様のもとへ歩み出ます。
「あぁ、フェリクス様、私をもっと見てください。この髪、この肌、身体…全て貴方のものにございます。貴方様に見つめられるだけで私、身体が火照ってしまいますわ。さぁ偽りの婚姻を終わりにし、今宵、私が全身全霊をもって貴方様を幸福へ導いて差し上げーーえ?…っっっひぃ!!」
「黙れ、爛れた毒婦が」
息を荒く迫っていたお姉様に、旦那様は無表情で剣を首に突き出しました。よく見るとこめかみに青筋が立ってるわ。
「我が愛する妻を何度も侮辱した罪は重い。」
「あ…なんで…。わ、わたくしは…」
「喋るな!…実の娘を更生させようと我が王に訴えかけた義父上が不憫でならない。今すぐお前の首を切り落としたいところだが、これ以上お前でルティの目を汚したくない。…連れて行け。相応の報いを受けるがいい。」
騎士たちは姉の両脇をしっかり抱えると、牢へと連れて行った。
途中から品のない大声が聞こえてこなくなったので、恐らく猿ぐつわでもされたのでしょう。
「旦那様、姉が申し訳ございません」
「心優しいルティ…謝らずとも良い。あれは姉にあらず、最早ただのアバズレだ。お前が謝ることなど、なにもない」
旦那様は、いつも私の心に寄り添ってくださる。言葉ひとつひとつ、私を優しく抱きしめくれるよう。
…姉はもう、村人にすらなれず、罪人として劣悪な環境で過酷な労働を強いられることになるだろう。ー平民として生きていく中で、一度でも罪を犯したら猶予なく裁きを与える。それが姉が平民として生きるための条件だった。すべて姉の自業自得だ。
「さぁ、船へ帰ろう」
「はい、旦那様」
夕日が水平線に沈んでいきます。オレンジ色に染まった海は、キラキラと輝いてとても綺麗でした。
「愛しいルティ。可愛い顔を見せておくれ」
「畏まりました、旦那様」
船室へ戻るなり旦那様にベールを脱ぐよう乞われ、望むままベールを脱ぐ。ひんやりとした空気が頬に伝わってホッとする。ベールの中は少しだけ空気がこもるせいか、頬が少し熱っぽい。
「失礼いたします」
後ろに控えていた侍女が崩れた髪を手早く直してくれた。肩より少し長い髪を編み込み後ろに流すと、脱いだベールを回収して部屋から退出した。ーいつものことながらそつが無いわ。
「あぁ、なんて美しい…この薄紫の髪は絹のように滑らかでサラサラしているし、吸い込まれそうなプラチナの瞳、もう目が離せない!!大丈夫だったか?嫌なものを見てしまったな。あぁヨシヨシ。ールティ、そんなピュアな瞳で見ないでおくれ…僕の穢れを見透かされているよう…あぁ!!でもルティが僕を見てくれないなんて辛い、辛すぎる!!君は…天使、いや女神か?あぁああ!!こんなに美しく可愛らしいだなんて、僕以外の人間が見てしまったら恋に落ち…ダメだ!!ルティ、僕を置いていかないでくれ〜!!」
「フフフ…旦那様、大丈夫です。ルティシアは旦那様しか眼中にありませんわ」
二人きりになった途端、素の一人称である僕を使い、情緒が忙しくなるのはいつものこと。私はそんな少々残念な旦那様が愛しくてたまらない。所謂ギャップ萌えというものかしら。
「ルティ、旦那様、じゃないだろう?」
「あ…フェリクス様」
私が名前を呼ぶと、心からの笑みで返してくれる。その表情は優しくも妖艶で…ドキドキしてしまうから、つい旦那様とお呼びしてしまう。
「愛しのルティ、僕が君を望んだあのとき、この手をとってくれて本当に良かった。…幸せだよ」
「私もですわ、フェリクス様」
世間ではクラウン王国が私を差し出したと言われているけれど、真実はそうではない。先の戦争の前に、旦那様…フェリクス様がクラウン王国に遣いとしていらした際、私を見初めてくださった。私もまた、フェリクス様が前王に対し真剣な瞳で奴隷の解放を訴える様子に、心を奪われてしまった。叶うことのない恋だと思っていた。けれど、贈り物ならばこちらが真に求めるものを賜りたいと、フェリクス様は私を求めてくださったのだ。私は喜んで同盟国の贈り物とともに帝国へ嫁いだ。
それが、私達の馴れ初め。
「フェリクス様、お慕いしております」
「僕も、愛しているよ」
言葉で愛を伝えると、フェリクス様は言葉とともに口づけを贈ってくれる。その瞬間が私には涙が出そうなほど幸福で、永遠に感じられる。
私が外でベールをつけているというだけで、“お飾り妻”だなんて噂があっという間に広まった。
お生憎様。私、とっても幸せなの。
ーお飾り妻だったら、良かったかしら?
お読みいただきありがとうございます。