彼のするべきこと
ルーイの視点その2。短めです。
「ルーイ。……婚約を解消してほしい」
その一言を告げられた時、ルーイは自分がすべきことを理解した。
二年間の学校生活は、ルーイにとって大して得る物がない時間だった。授業の内容も目新しい事はないし、人脈作りもそれほど必要ない。ただし生徒達の方はルーイと縁を作ろうと躍起になってくるから、鬱陶しい事この上なかった。
エアと過ごす時間が減ったことも最悪だった。毎日顔を見られることは嬉しいが、クラスが分かれてしまったため昼食の時間や放課後にしか一緒にいることができない。だがエアを自分の婚約者として紹介できることは気分がよかった。それだけは一人でも多くの人間に知ってほしい。
婚約の話が噂好きの生徒たちによって学校に広まると、エアは憔悴する様子を見せるようになった。見当違いの嫉妬をした生徒によって嫌がらせを受けていることは知っていた。エアは自身の弱いところを見せることを好まないと知っていたルーイは、それとなく助けを求めさせようとしたが、エアは自分の置かれた状況をルーイに知られたくないようだった。仕方がないので、ルーイは裏からこっそりと手を回すことにした。あからさまな悪意を向ける者、皆がやっているからと悪戯感覚で手を出す者。全て特定して、嫌がらせをする生徒を少しずつ剪定した。ルーイが庭仕事に精を出せば、それだけエアに笑顔と元気が戻る。そう思えば庭仕事も悪くない。自分を見て怯えるような生徒が増えることも、いつの間にやら姿を消している生徒が増えることも、全然気にならないし問題ではない。
ルーイの学校生活は、エアを愛でることと庭仕事で占められていた。
卒業まであと半年を過ぎた頃、ルーイは悩んでいた。
卒業が近づくほどに、エアへの嫌がらせは過熱していった。その分、ルーイも庭仕事に力を入れたが、有象無象は取り払えても、中々頑固に根を張った少数が残っている状況である。剪定では済みそうになく、根本を間引かなければならない。やろうと思えばやれるのだが、実行することについて、ルーイにはわずかに躊躇いがあった。
間引いてしまえば、エアは何があったのか少なからず知ってしまう。そうすれば間違いなく自分のせいだと思い、傷つくからだ。出来ればそれは避けたい。そう考えたルーイは慎重に事を運んでいる最中だった。でも、これ以上エアが嫌がらせに耐えているのを見ているのも我慢ならない。いくらエアの想いを尊重したいと考えていても、ルーイは常に腸が煮え繰り返るような思いで見守り、剪定を繰り返してきたのだから。
そんなことを考えているうちに、悲劇は起こった。
「ルーイ。……婚約を解消してほしい」
俯いたまま、こちらを見もせずそう言ったエアの声は震えていた。
その一言は、ルーイを傷つけ、絶望させるに十分な威力を持っていた。だが、それを告げたエアの方こそ、大いに傷ついていることが分かったから、ルーイはまだ、命を絶たずに立っていられた。
そして、自分がすべきことを理解したのである。
ルーイはエアを抱きしめた。エアは大袈裟なほどにびくりと肩を震わせ、反射のように逃げ出そうとしたが、それを許さないくらい強く抱きしめる。
「ごめん、エア。僕が君を守りきれなかったから、君を傷つけた。本当にごめん。でも、それはできない」
「……私、もう頑張れない」
「頑張らなくていいんだよ。僕がやればいい」
「そんなの、駄目だよ。私、自分の事くらい、自分でやらなきゃ」
「エアがそう言うから、僕はエアの意思を尊重しようと思って我慢してきた。でもそのせいでエアが傷ついたのなら、僕は間違っていたんだ。我慢せずに、やるべきことをやるべきだった」
エアはおそらく、自分でも何を言っているのかよく分かっていないのだろう。混乱して、恐怖して、疲弊している。ルーイはエアを休ませてやるべきだと判断し、抱きしめた力を緩めると、そっと彼女の顎を掬う。ようやく、エアとルーイの目が合う。彼女はやはり泣いていた。目に生気はなく、頬を伝う涙を気にも留めない。もしかしたら、本当に気付いていないのかもしれなかった。
長く一緒にいるが、ルーイがエアの泣き顔を見たのはこれが初めてだった。何よりも美しい涙をそっと拭う。
「エア。たくさん頑張ってくれてありがとう。ここからは、僕に頑張らせて。エアが自分の事を自分で解決したいと思う以上に、僕はエアの為に何でもしたいと思っているんだから」
耳元で囁くと、緊張の糸が切れたのか、エアはそっと目を閉じた。重みを感じて、彼女が意識を手放したことをその身で感じる。ルーイはエアを大切に抱き上げて、その場を後にした。
――エアを傷つけたあらゆるものを根絶するために。
彼は、自分がすべきことを理解していた。
ルーイはエアが頼ってくれない分、裏から色々と手を回していましたが、それでもエアはどんどん傷ついていきました。
彼がエア至上主義過ぎて、エアが「自分で何とかする」と言った以上譲る事しかできず、「大丈夫じゃないだろう」と積極的にいけなかったことも災いしました。