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決闘

 お初にお目にかかる、各人。()は謎の幼女S。ここでは気安くショウ姫さまと呼ぶが良い。()が許そう。残念じゃが斯様に『前書き』に投獄されてしまっての。仕方も有るまい故、此処で独り空しく各人へ我らの世界についての『マメチシキ』とやらを独白しようと考えておる。

「きみは、ゆるされないことをしたと、おもう」

 燃え盛る海面の畔で、童女は告げる。

「きみのおかしたあやまちは、つぐないきれないと、おもう」

 焼け落ちたコンクリートの城の前で泣き叫ぶ少年に、童女は告げる。

「でも」

 真っ赤に染まった我が手を見つめ、慟哭する少年に、童女は告げる。

「きみのつみを」

 真っ赤に燃え盛る我が身と、真っ赤に燃え盛る水面と、真っ赤に燃え盛る虚像の我が身を見つめて呆然とする少年に、童女は告げる。

「わたしは――」

 以後何十年と消えない呪いを、童女は少年へと向けて告げた。


「――きみを、ゆるすよ」


 その日一日のカリキュラムに必要な教材とタブレット端末、弁当と水筒、その他普段使いしているグッズ一式が学生鞄の中に詰め込まれている事を入念に確認して、青年はベッド脇の時計を確認する。

「……」

 ふぅ、とひとつ息を小さく吐き出して、こんもりと盛り上がったベッドの毛布を乱暴に剝がし取る。そこにいたのは、まるで日向ぼっこをする猫のように四肢を丸めて熟睡する、毛先が白く染まった特徴的な髪色の小柄な少女だった。

「マレさーん、朝ですよー」

「んゅい……」

 青年の声も届いているのかいないのか、少女は瞼を閉じたまま言葉にも満たない鳴き声を漏らす。そんな彼女の仕草に、青年は一瞬だけ沈黙し――。

「ふんッ!」

 少女の顔面に、シロクマのマスコットキャラを模したクッションを思い切り叩きつけた。

「ぅーあーぁーあー!」

 おぼろげな意識の上から柔らかなジャイアントインパクトをもろに食らい、少女は自らの眉目を両手で覆いながらベッドの上でゴロゴロともんどりうつ。

「シノブの鬼! 悪魔! 人でなしー!」

「何とでも言え。俺はお前の為を思って心を鬼にしてんだ」

 少女の控えめな声量による糾弾もどこ吹く風と、青年は一仕事終えたように両手を叩き払いながら、ようやく上体を起こした少女のパジャマのボタンに躊躇いなく手を掛け始めた。

「ほら、顎上げろ」

「ん……」

 少女の下着姿を見ても無反応なまま、青年は慣れた手付きで少女にシワひとつないブラウスを着せ付けていく。

「……きょお……いちげん、」

「世界史。二限はコミュ英」

「んん……たいくつ」

「お前にとっちゃいつだって退屈だろ」

「ぅん……」

 未だに寝ぼけた表情で、されるがままに学生服を着せられていく少女と青年の会話は、その光景さえ目にしていなければ至って普遍的なそれだった。

「……ナオさん(・・・・)が『キング』の座に就いてもうすぐ一年か」

「つよい、ひとだよ」

「あぁ。でなきゃ交代率が一番高い『キング』に一年近くも居座れないしな。それが回り回って一般生徒のモチベーションの低下に繋がってるってのは、五王会も薄々わかっちゃいるみたいだが」

「……たいくつ」

「お前にとっちゃ……いつだって退屈、だろ」

「……うん」


 揺れも少なく都会のビル群を縫って進むモノレールの車内で、青年は手にした携帯端末で昨日からその日の朝にかけてのニュース記事一覧をざっとスクロールして眺めていた。

「……」

 目の前では、白飛びした髪の少女が小さな寝息を立ててソファの上で眠っている。

 ちらっと次の停車駅を一瞥した時、青年の端末に一件の通知表示が飛び込んでくる。ほぼ反射でその通知を親指でタップすると、端末はメッセージアプリを起動させ、その正体を青年に報せてくる。

『おにいちゃん、そろそろシブヤ? 今から面白い事するよ! 窓の外にごちゅーもく!』

 メッセージ画面のタイトルには青年の実妹の名が記されている。肉親から送信されて来た報告を読了すると同時に、青年の端末に別のアプリからの通知が飛び込んでくる。

「……ミトラのやつ、朝っぱらから余計な事しやがって……」

 ぼやく青年の視線の先では、画面上に短く浮かび上がる『トーキョー学園一般生徒間の決闘行為による交通規制に関するお知らせ』という一文が右から左へと流れてループしていた。


 青年が乗るモノレールの高架が貫く、摩天楼のスクランブル大交差点。その中央で、学生服姿の鳶色のサイドテールを長く揺らす少女が、不敵な笑顔を浮かべて仁王立ちを決め込んでいた。

「最近のみんな、マジでぬるすぎ! ワカるよぉ、ナオさん(・・・・)強すぎるもんね! 勝てないかも~って思うのも全然ワカる! でもさぁ、そんなんでコージョーシン折っちゃうの、めっちゃもったいないじゃんっ! あたしは挑むよぉ、コーコーセーになるまでに『キング』に昇り詰めてやるし!」

 ――その両肩には、死神の得物を彷彿とさせる長大な漆黒の大鎌が掛かっていた。

「って~ワケでっ! 今からセンパイをぶっ飛ばします!」

「なに、俺デモンストレーションのために呼び出されたの?」

「ちっが~う! この砂乃木(スナノギ)ミトラさまの華やかなるレッドカーペットの第一歩です! めっちゃ重要な役どころだよ!」

「俺をなんだと思ってんだよコイツ……」

「そりゃあモチロンっ! 世に名高き『鬼狼衆』の現副長――実質的な大ボス、黄藤(キフジ)アキトセンパイ、でしょっ?」

 やたらとハイテンションな大鎌を持った少女の勢いに、彼女からやや離れた位置に立ち、肩と眉を落としながら溜息を吐く青年の腰には、青鞘の打刀が佩刀されていた。

「……まぁ、生意気な下級生に大口叩かれてハイそうですかと放っておける立場じゃないからな。それに、君の噂も聞いてないわけじゃない。シブヤ分校(うち)の中等部きっての期待の超新星……砂乃木ちゃん、だろ?」

「そお! 『赤点の悪魔』とは何を隠そうあたしの事です!」

「その異名を誇りに思ってんなら、ちょっとは危機感持ちな?」

「貰えるものは素直に貰っておく! あたしのポリシー、なので!」

「そうかい……」

 他愛のない会話がふつと途絶え、数秒間の静寂が両者の間に漂う。スクランブル交差点を囲う歩道には、次第に大勢の見物客――もとい、野次馬が集まってきていた。そのほとんどは、大鎌の少女や佩刀する青年と同じデザインの制服を身に纏っている。

「……兎に角、」

 

 ――口火を切った青年の舌の根が渇くより先に、彼の眉間の数センチ前に少女の振るう大鎌の切っ先が迫る。

「その生意気な下級生に現実教えんのも、上級生の務めだろ――!」

 だが、青年が腰に佩いた打刀を抜く速度もまた、一般人には捕捉する事すら叶わなかった。鋭い金属音を響かせ、青年の刀が少女の大鎌を素早く弾き飛ばし、青年は即座に後方へ大きく距離を取る。

「すごい! やっぱり他の()たちとはワケが違うね! 一合カチ合っただけで理解るよっ!」

「……訂正して欲しいな。それはその個性的な能力を持ち得たアンタから俺たちへの、最上級の侮辱だぜ」

「あー、うん。ごめんね?」

「わかりゃいいのさ」

 そう語り合う間にも、二人の刃戟は止め処なく続いている。大きく飛び跳ね動き回りながら大得物を振り回す少女の、前後上下左右から繰り出される攻撃を、相対する青年は踵ひとつ動かさないまま、何度も打刀を握る手を左右切り替えながら必要最低限の動きで弾き、往なし、流し、止めていた。

「……?」

 ふと、少女の整った眉目が、疑念に歪む。


 その疑問は、スクランブル交差点を見下ろす位置に設置されたモノレール駅のホームから、二人の決闘を見守る者が代弁していた。

「……さそわれてる、ね」

 そう呟く、白飛びした髪の少女の声に、彼女を抱き寄せるようにその場に立ち、支えていた青年は吃驚に片眉を持ち上げて見せた。

「いつの間に起きてたんだ」

 保護者の青年の問い掛けも無視して、白飛びした髪の少女は興味深そうに、しかし睡魔に支配され切った面持ちのまま、じっと大鎌の少女と佩刀する青年の闘いを見つめている。

すき(・・)があると、おもわされてる」

「あれだけ微動だにしてなけりゃ、隙だらけじゃないのか?」

「……おもわされてる。うでをふるかくど(・・・)をじぶんでせいげんして、こうげきをさしこむばしょ(・・・)を、黄藤せんぱいのゆうりなところにゆうどう(・・・・)してる」

 長い睫毛の瞼を眠そうに薄める少女の表情は、どことなく物憂げにも見えた。

「『鬼狼門仁王』の通り名は伊達じゃないんだな。……マレ、どっちが勝つか賭けるか?」

「……かけても、いみないよ。シノブも、わたしとかんがえてること……いっしょ、でしょ?」

「かもな」

「すこしは、しんじてあげなよ。……さいていなおにいちゃん、だね」

「ミトラの実力と性格をよく理解しているからこそ、勝てない(・・・・)って確信できるんだよ」

「……そ」

 そこから再び、白飛びした髪の少女は黙り込んでしまう。言葉を発すれば無駄にエネルギーを消費すると言わんばかりに、唇を少し尖らせながら眼下の決闘を見守る事数十分、二人の学生による闘争は幕引きを迎えた。少女の予想の通りに。

「……惜しかったな」

「シノブからみても、そうおもえた?」

「ああ。反省点はたくさん挙げられるが、絶対的に勝てねえ試合ってわけじゃなかっただろ」

「……そう、だね。とおまきのギャラリーからみても、そうおもえるなら……ほんとうに、黄藤せんぱいは……つよいんだね」


 西暦2000年代初頭、人類は未曾有の災害を目にした。大挙して押し寄せる災厄の軍勢を前に、人類は甚大な被害と膨大な死傷者を伴って辛くもこれを撃退。後に『第一の襲来』と教科書に記載される事になったその超常現象を前に、人類に決定的な打開策は発案できなかった。

 しかしその十六年後、『第二の襲来』の終盤で、人類はひとりの希望との謁見を叶え、『超常に打ち克つ超常』の力を手に入れる事となる。

「――嘘を、吐くな! ()希望(・・)と嘯くのならば、()が身のこの恥態は何ぞや!?」

 試験段階と言えども、希望の力を手に入れた超人類――『スペリオル』は、災厄を前に一歩も退かなかった。こうして、『第二の襲来』と『第三の襲来』は早々に決着する事になる。

()の厚意を踏み躙り、万物の霊長の座から引きずり降ろされる事を恐れた臆病者が力に溺れた果てで、本当に我らに打ち克てると――本気で、そう思うておるのか!?」

 『第三の襲来』以降、鳴りを潜めている災厄。しかし、いつまたあの大災害が人界へと襲い来るかはわからない。故に、未だ機能を停止していなかった数少ない行政機関は、各国が独自に『スペリオル』を養成する施設を設立する事を決めるに至った。

「思い止まれ! そのまま突き進めば、貴様らとて『我ら』と何ぞ変わらん存在へと成り果てるのじゃぞ! 何も持ち合わせぬが故に、全てを持ち得るに足る可能性を秘めた鮮烈なる煌めきの生命が、『我ら』の力で淀み濁った存在へと零落れるのじゃ! 思い直せ!」

 これは、最初期の『スペリオル』が獲得した能力が、遺伝を経て派生・開花していくようになった時代を生きる少年少女たちの、異能力奇譚。

「何が高位能力保有者(スペリオル)じゃ! 貴様らの精神性は、いつから然様に幼稚に成った!? ――()の叫びに気付け! 気付いてくれ! 小僧、小僧! 聞こえておるのじゃろう!? ()の声に耳を傾けろ! シノブ、シノブ! 心を閉ざすな! ()を受け入れろ! このままでは……()の愛した人類は……!」


「……シノブ、だいじょう、ぶ?」

「ん……ちょっと眩暈がしただけだ。水分足りてねえかもな」

「しっかりしてよね……」

「お前には言われたくなかったよ、マレさん」

「ふふっ……」

 ふむ、『後書き』にも飛び移れるようじゃな? ……嗚呼そうじゃ、因みにじゃが、各人の声は()には届いておらん。ショウ姫ちゃんは哀れな画面の向こうの存在故、な。貴殿らから()は知覚できても、()には貴殿らが『いる』事しか認識できぬのじゃ。

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