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ぽろぽろ溢れる

化石が出てきそうな、断崖がある。高さは50mくらい。平たい石がポロポロと剥がれるような、堆積岩の脆い崖だった。


崖の麓は、空き地になっていて、子供達の遊び場になっていた。あけびの木は特に子供達に人気で、奪い合うようにその(つる)でターザンごっこをした。


私の小学校の同級生だった田原くんは、その空き地で遊ぶ子供達を束ねるガキ大将だった。これは、その田原くんの話だ。


*****


ある日、小学校に行くと、朝礼で先生が言った。「田原くんは今日からしばらくお休みします。田原くんのお母さんが亡くなってしまったからです。」つるんとした頭のいつもニコニコと優しい先生だったが、その日はとても悲しそうな顔をしていた。


その歳にはもう、私達にも先生が言った「亡くなった」の意味が分かっていた。


だから、私達クラスメイトも、とても悲しい気持ちになり、そして、田原くんの事がとても心配になった。


“田原くん、大丈夫かな?”


こういった話は大きな声でするもんじゃない。という事も既に弁えていた私達は、そうやってこそこそと、田原くんについて話をしたのを覚えている。


一週間後、私達の心配をよそに田原くんはとても元気に登校した。


でも、元気に見える田原くんの目はどこか悲しげで、そしていつにも増して賑やかに振舞っていた。


その日最後の授業は音楽の授業だった。その学校の音楽の先生は、熱心な良い先生なのだけれど、どこか空気の読めないところがあり、生徒からもイマイチ人気がなかった人だった。


そして、その日の授業でカラ元気をふかしまくり、何時もよりも騒いでいた田原くんにこう言ったのだ。


“田原くん、そんなに騒ぐとお父さんお母さんにご連絡しますよ”


その瞬間、子供ながらに私達は息を呑み、田原くんの様子を伺った。


田原くんはおしだまり、静かになった。先生は、満足そうに頷き、授業を進めたが、私達は先生の発言に驚き、そして田原くんの事が気になり、その先は内心、授業どころではなくなってしまっていた。


授業が終わった後、田原くんは一人早足で教室を立ち去り、そのまま帰ってしまった。


私達は憤慨した。


“先生、酷い。田原くんはお母さんを亡くしたばかりなのに”


そして、その日一人で帰った田原くんには、不思議な事が起こった。この先は数年後、田原くんから聞いた話だ。


*****


あの日、僕はとても悲しい気持ちで学校を出たんだ。音楽の先生に言われたこともそうだったけれど、あの段階ではお母さんがもういない、という現実を受け入れられずにいたんだと思う。


学校を出た後、一人であの空き地に行ったんだ。何でかは覚えていないんだけど、まだ、家には父の親戚が泊まっていたし、きっといつものあの空き地で一人になりたかったんだと思う。


それで、何気なく崖の石をポロポロと落として遊んでいたんだ。あの壁、石がポロポロ割れて落ちるだろう。化石が出るっていう話もあったし、多分、何も考えずに出来ることだったから、思わず熱中したんだろうね。


ひたすらポロポロと落ちる平らな石の山を増やしていたんだ。


そうして石を払っていると、なんだかツルッとした感触がした。びっくりした。化石かと思ったんだ。だから一生懸命そのツルツルした石の周りの細かな石をはらって行ったんだ。


そのままはらっていくと、そのツルツルした石が、何だか人の顔の様に見えてきた。僕は驚いた。母の顔だった。


本当に驚いたんだ、最初は。でも、母の顔だ。怖くはなかった。


身体中の毛穴が広がる感じがして、そして、母の顔を撫でたんだ。


すると、母の顔をした石が口を開いた。


「ずっと待っていたの。突然いなくなって、本当にごめんね。会いたかった。」


僕も、僕も会いたかった。と答えた。


そして、石は続けた。


「ここにいてはいけない。早く離れなさい。」と。


僕は、離れたくなかったけれど、急に、母の顔が恐ろしく感じてきて、崖を背に逃げ出した。


だって、冷静に考えて、これって本当に異常な事だ。


その直後だった。


物凄い音と共に崖が崩れ、さっきまで僕がいた場所は岩に埋もれてしまっていた。


近くを通りかかった車から男の人が降りてきて、“僕!大丈夫か!?”と声をかけた。


“大丈夫です…”


足がガクガクとして、腰が抜けて、立てなかった。


でも、傷ひとつ、つかなかったんだ。


今思えば、母が助けてくれたのかもしれないね。


そういえば、あれから母は時々出てきては僕を助けてくれるんだ。


ほら、今も、この机のシミが母の顔に見えてきた。早くこのお店から出た方がいいかもしれないね。


*****


私達がお店を出た後、そのお店が入る雑居ビルでは火災が発生し、多くの方が逃げ遅れて亡くなったそうだ。


田原くんの話は、本当なんだと思う。

でなければ、私もあそこで巻き込まれてしまっていたと、今でもそう思う。

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