アフタヌーンティーにて
「優依ってさ、美人だし、お淑やか~って感じだからさ、男の人からすると、きっと高嶺の花すぎるんだよ」
そう言った亜美は、取り分けたシフォンケーキを口に運びながら、同情気味に眉根を寄せている。
「でも」私はほんの少しの間言い淀んだが、話を続けることにした。
「私は高嶺の花じゃない人のほうがずっと幸せそうで、羨ましい」
これは何の皮肉でもなく、亜美なら意図を汲み取ってくれるだろうと思って口にした言葉だ。
決して私は性格の悪い女じゃない。
確かに私は、特に美容に気を遣っているお陰で、綺麗だ、美人だと褒めてもらえることが多い。
下心のある男からは特にそうだ。でも私からすれば見た目が良いのは当然のこと。
本当に褒めてほしいのは見た目じゃなくて、ここまで見た目に気を遣い、弛まぬ努力をしてきたことに対してだ。頑張っててすごいねって言ってほしいだけなのに。
外見という結果じゃなくて、その過程を見てほしいだけなのに。
「相変わらず、今日も切れ味が良いね」と亜美は茶化してくる。
「やめてよ」まんざらでもない表情で返した。私は亜美のさっぱりとした性格が好きだ。
亜美とは短大の頃からの親友で、卒業してから八年が過ぎた今でも毎日のようにSNSで話すぐらいの仲だ。
短大時代の私は重たいぱっつんフロントの黒髪ロングでメイクも無駄に厚く塗りすぎていて、フリルやリボンがあしらわれた服を好むような、典型的な芋臭い女だった。
それが社会人になり百貨店で化粧品を販売するようになってからは一転し、日々のスキンケアに勤しみ、計算し尽くされたナチュラルメイクの腕を磨き、所謂垢抜けを果たすことができた。
今日の私は、胸まである長い髪を後ろで編み込んだローポニースタイルで、ボディラインを際立たせるようにウエストマークされた淡い花柄ワンピースに深みのあるボルドーのカーディガンを羽織り、どこのお茶会に顔を出しても失礼のないぐらい、洗練されたフェミニンなコーディネートに仕上げている。
対して、亜美の外見は短大生の当時とほとんど変わっていない。あまり手入れのしていない肩までのナチュラルヘア、薄いファンデーションに自眉を軽くパウダーでなぞっただけの手抜きメイク、服装はポロネックのブラウスに、チノパン、それにヒールのないパンプスといった、まるでファッションにも異性の目にも興味がないようなルックスだった。
正直、亜美を今日のアフタヌーンティーに誘うのにも少しの躊躇いがあった。こんなお洒落な空間に、地味な彼女は不釣り合いなんじゃないかって。失礼に思われるかもしれないが、これは私なりの気遣いのつもりだ。
「そういや知ってる?今どきマッチングアプリやってることは普通らしいよ、会員数もすごく増えてるんだって」赤ん坊の手のひらほどの、小さなモンブランを取りながら亜美が切り出した。ふ~ん。と、私はあまり興味を示さなかった。インターネットなんかで良い出会いがあるわけがないと、たかを括っていた。
「そういえば、亜美の彼氏ってアプリで知り合ったんだよね?付き合ってどれぐらいなんだっけ」
「もう2年になるかなー。まさかここまで続くとは思ってなかったけど、今でも仲良くやってるよ」
――—嫌味のない言葉だと分かっているけど、長年パートナーが居ない私には深く突き刺さる。思えば最近、亜美とは恋愛の相談ごとばかり聞いてもらっている気がする。
そんな私の気持ちには全く気付いていないであろう彼女は、早々にモンブランをたいらげ、「あ、これ美味しい」と今度は宝石のようなチョコレートに夢中になっていた。
亜美のことは好きだけど、大した努力もしていないような彼女が幸せそうなことに、どこかで嫉妬してしまっている醜い自分がいる。
私は自分の外見が好きだし、外見を磨く努力をする自分は好きだけれど、幸せそうな他人を羨む自分が嫌いだ。
「私もアプリやってみようかな」不意に本音が漏れた気がした。
「いいじゃん」と間髪入れずに亜美は肯定してくれた。
「このままずっと一人ぼっちで生きていくなんて、寂しいし」
アラサー世代に入ってから、人生設計について考える機会が増えた気がする。
パートナーが見つかる気配もない今は、どの未来予想図も真っ暗なものでしかないけれど。
「大丈夫だって。アプリって見た目が良い方が有利だから、優依ならすぐに素敵な人が見つかるよ」
屈託のない笑顔を浮かべながら、元気よく亜美は諭してくれた。
こんなに良い友人を、外見で見下している自分に対し、薄墨が水面に広がるような嫌悪感が体を駆け巡っていくのを感じた。
「今日はありがとね、優依はいつもこんなお洒落な所に来てるの?」
あれから、亜美と彼氏の馴れ初めについて聞いた気がするけど、その内容については正直ほとんど覚えていなかった。
「亜美と来るのは初めてだったけど、友達や同僚とはよく来るよ」
「そっかあ。女の子~って感じで可愛かったよね。デザートもすっごく美味しかったし」
亜美は3枚のプレート全て綺麗に平らげていた。
私は美容の為に糖質を摂り過ぎないように意識しているので、ほとんどを残した。
「また来ようね」これは最大限のお世辞だ。
デザートをガツガツ食べるような子はアフタヌーンティーには似合わないから。
「うん。んじゃまたね」亜美はこの後、彼氏とデートの約束があるそう。
以前と比べて、色んな意味で住む世界が違ってしまったけれども、それでも私は亜美が好きだよ。これからも私の親友で居てね。
帰り道、忘れないうちにマッチングアプリをダウンロードしたが、この時は開くこともなく満足してしまった。