STORIES 043:電車には乗らずに夕食を
STORIES 043
よく晴れた土曜、夏休み直前。
その頃の学校は、週5日制だった。
土曜は午前だけでおしまい。
授業が終わる頃には、休日よりも開放感でいっぱい。
もうすぐ夏休みだし、特にね。
HR前の掃除の時間。
箒とスリッパでホッケーなんかに興じていると、仲の良い友達が駆け寄ってきた。
「今日さ、あのコたち海まで泳ぎに行くんだって。」
どこで聞き出してきたのだろう。
顔をパァッと輝かせながら。
…あ、よそ見してたから。
スリッパが廊下の端のほうまで吹っ飛ばされた…
.
K君は別のクラスのコに恋をしている。
共通の友人はいたけれど、話しかける機会もないまま。
もう今年も1学期を終えようとしていた。
こんなにいい天気で、午後に海、ね。
「じゃあさ、俺らも行こうぜ。
何食わぬ顔して合流しちゃえばいいっしょ。」
「いや、でも、何で来たの?ってなるんじゃない?」
「ダ〜イジョブだって。
偶然会ったことにしちゃえばいいんだよ。
こんなチャンスないぜ。」
決まり。
こんな面白いネタ、逃してなるものか。
急いでそれぞれの家に帰り、支度を済ませてから駅で待ち合わせる。
電車で移動して…
目的地の最寄駅からはタクシー。
バスを待つ余裕はないからね。
急げ急げ…
.
海へ着いた。
あの遠くに見える3人組じゃない?
チャチャっと水着に着替えて歩き出そうとする俺を、K君がグイと引き戻す。
「おいおい、ノープランで勝手に行くなってば。
やっぱ帰りたい…
どういう顔したらいいか全然わかんないよ。」
「ここまで来て何いってんの。何とかなるって。」
戸惑う彼を、まだこちらに気付いていない彼女たちの方へ引っ張ってゆく。
「お〜い♪」
「あれ?どうしたの、ふたりして。」
彼女たちのうち、1人は同じクラスだからよく話す。
「海に行くなんて話が聞こえてきてさ、
俺らも泳ぎに行きたいな、ってなってさ。」
見事なまでのノープラン。
潔くていいじゃない。考えてる時間もなかったしね。
いや、わかったから背中つねるなって。
大丈夫だから、たぶん。
たまたま通りかかったバイクが何台か停まって、こちらに声をかけてくる。
「よぉ、お前ら泳ぎに来てたの?」
「そう!天気もいいし、気持ちいいよ!
それにしても、同級生とたくさん会うねぇ」
そんな感じだったから、全く違和感なし。
結果オーライ、良かったじゃん。
しかし水着の女のコ、俺までドキッとするよ。
そういえば、俺もこういうの初めてか…
陽が傾くまでの楽しい時間。
あの頃、土曜の午後って長かったなぁ。
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一緒にバスで駅まで戻ることになった。
歩いて帰れる距離のコが1人減って、4人で駅へ。
車中でこっそり作戦会議…
楽しかったけどさ、これで終わりじゃ物足りないよね。
あんまりあのコと話せてないんじゃないの?
いやもう、今日は充分、いっぱいいっぱいだけど…
なんて。
田舎の小さな駅。
それでもここは、少し駅前商店街が充実しているほう。
あ、上りの電車きてるよ、ホームに。
走れば間に合うね、たぶん。(走らんけど)
ほら、あ、閉まるね、閉まれ…
思惑通りドアは閉まり、上り電車は走り去る。
次の電車までは30分以上。
「もうさぁ、ゆっくりなんか食べていこーか。ねぇ?」
「そうだねー。そうしようか。」
極めて自然な流れだな。
よしよし。
K君を振り返ると、ガッツポーズを出しそうな勢いで満面の笑みを浮かべている。
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4人でテーブルを囲みながら、いろいろ話した。
やっぱり座って落ち着けると、雰囲気も違うよね。
かわいいね、彼女。
友達になれてよかったじゃん。
その場は、あからさまには煽らないことにした。
というより、自分もね。
自然にワイワイと楽しく過ごしていた感じかな。
とても長い土曜日の午後。
少しだけ日焼けした肌と、ピザやパスタの並ぶ賑やかなテーブル。
楽しいよね、こういうの。
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夏が終わり、風が少し冷たく感じられ始めた頃…
彼らは付き合い始めた。
いい雰囲気だったからね。
すぐ両思いになったみたい。
うらやましい…
いや、なんとなく悔しい気もするなぁ。
卒業まで、あと半年くらい。
そこからは彼ら2人だけの物語で…
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あの4人で食事した駅前通りの店。
いまでもまだ残ってるかな?
もう場所も名前も思い出せないけれど。