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プロローグ


『あなたを私の世界に転生させる代わりに、一つだけお願いがあるの』


 なんだろう、この声。

 どこかで聞いたことがある……けれどなぜか今まで完全に頭の中から消えていた、不思議な声だ。


『もちろんタダでとは言わないわ。それ相応の対価は上げる。あなた達の世界でいうチート……とまではいかないけれど、しっかりと努力を怠らなければ一廉ひとかどの人物になれるような力を』


 鈴の音のような涼やかな響き。

 思わず聞き入ってしまいそうになる一度聞いたら忘れないような美声を、俺はどうして忘れていたのだろう。


『だからあなたには――』









「そうか、俺は……転生したのか」


 ベッドからむくりと起き上がる。

 感じる強烈な頭痛。

 中と外から同時にやってくる痛みに、思わず顔をしかめてしまう。


 けれどそのおかげでこうして前世と転生の時の記憶を思い出せたのだ。

 これこそ正に、怪我の功名というやつかもしれない。


 なんとか立ち上がり、部屋に置いてある姿鏡の前へ向かう。

 そこに映し出されたのは……頭に血の滲む包帯をしている、黒髪黒目の幼児だった。


「頭に強烈な衝撃を受けて、前世の記憶が戻ったのか……痛っ!?」


 まだ傷が完全に塞がっていなかったからか、頭からたらりと血が流れてくる。


 えっと、俺の年齢は三歳、名前は……マルト・フォン・リッカー。

 この頭の傷をつけたのは……暇さえあれば俺のことをいじめてくる、次男のブルス。

 うん、こっちでの記憶もきちんと保ててるな。

 別に忘れていても良かった記憶も、バッチリと残っている。


「――マルト様ッ! お目覚めになられたのですね!」


「……フェリスか。うん、おかげさまでね」


 物凄い勢いで部屋のドアを開いて、一人の女性がやってくる。

 恐ろしいほどに整った左右対称の顔つきをしている彼女はフェリス。

 俺お付きのメイドであり、かつて冒険者をしていた俺の母さんの元相棒でもあった人だ。


 その耳は笹穂のように横に長く、背中には短弓を背負っている。


 彼女はエルフと呼ばれる、長い時を生きる種族だ。

 長命種などとも呼ばれており平均寿命は三百年近く、見た目と年齢がまったく比例していないことでも有名だ。


 エルフは皆魔法の達人だ。

 当然フェリスも例外ではなく、彼女もこんなところで使用人をしているのがもったいないほどの魔法の使い手である。


 フェリスが俺の側にいてくれるのは……俺が母さんの、忘れ形見だから。

 遺児である俺のことを、フェリスはまるで実の息子のようにかわいがってくれている。


 本来であればプライドの高いエルフが、わざわざ使用人として雇われてまで側にいることを選んでくれるほどに。


 こちらを心配そうに見つめている彼女を見つめ返す。

 まだ頭の中は混乱しているけれど、一つだけたしかなことがある。


 それは俺には……強くならなくちゃいけない理由があるということだ。


 さっきまでのように、ただ兄のブルスにいいように嬲られるだけじゃダメなのだ。


「フェリス、俺に……魔法を教えてほしい。やられっぱなしは、趣味じゃないんだ」


 俺の顔を見たフェリスは、きょとんとした顔をする。

 そんな姿も絵になっているんだから、美人というのはズルい。


「ふふっ……やっぱり親子ですね」


 何がおかしいのか、フェリスは笑いながらハンカチで俺の額の血を拭った。

 そして包帯とガーゼの位置を固定させてから、ぺろりと唇を舐める。


「私は厳しいですよ? それと、しっかりと魔法を収めるまでは人への魔法やスキルの使用は禁止です。守れますか?」


「守る、約束するよ」


 こうして俺は三歳にして、前世の記憶を取り戻した。

 そして同時に魔法の師匠にも恵まれ、俺の人生は大きく回天していくことになる――。





 俺の名前はマルト。フルネームはマルト・フォン・リッカー。

 リッカー男爵家の三男坊だ。


 そして前世の名前は木村雷蔵。

 そう、つい先日思い出したんだが……どうやら俺には、前世の記憶がある。


 前世の俺は、しがない販売職のサラリーマンだ。

 スーパーバイザーという、まぁ五人くらいの部下を纏める販売長はしていたものの、別に大して高給取りでもない独身リーマンだ。


 別に物を売るのなんかしたいことでもなんでもないが、転職してもっとキツい環境になるくらいならここで我慢しとくか……そんな惰性から新卒の会社を辞めることなく、十年以上も勤続していた。


 趣味はゲーム。三十代の毒男(死語)としては別段珍しいものでもないだろう。

 特に好きなのはRPG。

 ストーリーを進めるも好きだが、どちらかというとボスに挑むまでのレベル上げとかが好きなタイプだった。


 そんなどこにでもいるおっさんだった俺はある日、三十半ばにして交通事故で死んでしまった。

 神様の手違いとかでもなんでもなく、ただスマホをいじりながらながら運転していた車に轢かれたという、なんとも情けない死因で。


 死んだ俺は、そのまま天国に行くようなこともなく、女神様に会った。

 記憶を取り戻した瞬間に脳内で再生されたあの鈴の音のような声は、この世界に俺を転生させてくれた女神様の声だったというわけだ。


 平和な現代日本で生まれた俺にいきなり剣と魔法の異世界で生きるのは辛かろうということで、俺はとある祝福をもらうことができた。


 あ、ちなみに祝福っていうのは神様に気に入られた人間がもらうことのできる力のことだ。

 俺がもらった祝福は『スキル変換』――チートとは言い切れないけれど、とてつもなく有用な能力である。


 この力を使えば、魔法習得の助けになるのは間違いない。

 まあ力をもらった代償に、ある頼み事をされてしまったんだけど……それは今は置いておく。


 とりあえずこの祝福を使うためには、まず魔力をしっかり扱えるようになっておく必要があるらしい。


 なのでまずは、フェリスの魔法講義をしっかりと受けなくちゃいけない。

 どれくらい厳しいのだろうと思うと少し怖くなるけど……途中で投げずに、最後までやり抜こうと思う。


 やりたくないことを我慢してやってきた前世の人生は、今振り返っても後悔ばかりが残っている。

 せっかく転生して第二の人生を送れるようになったんだ、今世こそは後悔のない人生を送りたい。


 だから俺はまず最初に……俺に恒常的に暴力を振るっていたブルスに、きっちりと仕返しをする。

 こいつにボコボコにされなければ前世の記憶が戻っていなかった可能性もあるが、それはそれ。

 受けた仕打ちは、きっちりと返させてもらうつもりだ。







 俺から記憶を取り戻してから一週間ほどが経過した。

 本当ならすぐにでも魔法を習いたかったんだが、怪我をしている状態では魔力の扱いに不安が残るということで、しっかりと怪我を完治するまでにこれほど時間がかかってしまったのだ。


 空いた時間を勉強に充てることで、おおむねこの家のことや世界の常識についての理解は済ませている。


 まず現在俺がいる国は、アトキン王国。

 俺のいるリッカー家というのは、王国で男爵位を持っている貴族家だ。


 父さんであるヴァルハイマーはいわゆる豪商というやつだった。

 彼は唸るほどの財力を使い金に困っていた男爵家の娘のところへ婿入りをして、貴族の仲間入りを果たしたのだという。


 いわば金を爵位で買ったようなものであり、古い歴史を持つ王国貴族の中では眉をしかめる者も多いらしいのだとか。


 現在、うちのリッカー家には三人の息子がいる。


 一人目は長男であり嫡男のエドワード兄さん。

 俺より十五歳ほど年上で、頼りになる爽やかイケメンだ。

 剣や魔法に関しての才能はなかったらしいけど、その分だけ頭が切れ、そして優しい。

 既にうちの商店の仕事もかなり任されているらしく、父譲りの商才で店を切り盛りしていくだろうと期待されているらしい。


 次男は俺をボコボコにしたブルスだ。

 ずいぶんと横にデカい肥満体型で、魔法は使えないが剣術は人並みに使える。

 年齢は俺より八つ上の十一歳。

 腕っ節だけで頭はまったく足りていないので、父さんが厳しくしないのをいいことに街でガキ大将のようなことをしているらしい。


 自分より目上の人間にはペコペコして、自分より下の人間には容赦なく暴力を振るうという正真正銘の人間のクズである。


 そんな正反対な二人の兄を持つ俺が、三男のマルト・フォン・リッカーだ。


 俺は正妻である男爵家のミハイさんではなく、側室であるレヴィ母さんから生まれてきた。


 なので二人の兄とは、腹違いの兄弟ということになる。

 ちなみにレヴィ母さんは既にこの世にいない。どうやら俺を産んでからすぐに亡くなってしまったらしい。


 兄二人は父譲りの金髪碧眼で、俺は母さんの特徴を引いた黒髪黒目をしている。


 俺は生まれてからというもの、ブルスに恒常的に暴力を振るわれ続けていた。


 お前がいたらうちの家が不幸になるだのなんだのと適当な理由をつけては、殴る蹴るの暴行を受けてきた。

 俺が記憶を取り戻したのも、ブルスにしこたま殴られて生死の境をさまよったのが原因だったしな。


 今後のことを考えれば、現状をなんとかしておきたい。

 ただ、三歳の俺が十一歳のブルスを倒すことはなかなかに難しい。


 だが転生した異世界には、魔法やスキルと言われる超常の力が存在している。

 だったらそれを使わないという手はない。


 それに……せっかく剣と魔法の異世界にやってきたんだ。

 使えるっていうのなら、使わなくちゃもったいないじゃないか。


「しっかし魔法か……なんだかわくわくしてきたぞ!」


 俺はるんるん気分で、男爵家にしては広い屋敷の中をスキップで歩いていくのだった――。

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