異世界への扉
カーテンが、少し開いている窓から靡いた。
夜風が入ってくる。星が、月が、絵本のように輝いている。
空は、黒というか、すごく濃い青色をしている。
それを、ぼーっと眺める。
時計は、午前1時を指している。
苦しい。
胸の痛みが、急に襲ってきた。
誰もいないのに、会話をする声が聞こえる。
左を見ると、幽霊がいる。
目の前にも。
右にも。
いつもの、幻覚、幻聴だ。
胸の痛みが、治まらない。
早く……寝たい……。
ベットの横の小さなテーブルには、コップ一杯の水と、6錠の抗不安薬と、10錠の睡眠薬が置いてある。
そこに、光が差し込む。
おれは、胸を押さえつけながら、抗不安薬1錠、睡眠薬1錠を飲んだ。
痛みがスーッと消えていく。
幻覚も、幻聴も、消えていった。
また、窓の外を眺めた。
遠くに、キラキラとした隣町の夜景が見える。
下を見た。下はすごく、遠い。遠いところに、地面がある。
おれは、右手を窓の外へ伸ばした。
その手を左手で思いっきり叩いた。
そして、もう1錠、抗不安薬を飲んだ。
でも、眠くはならない。
夜景をぼーっと眺めていた。
1匹のフクロウが飛んできた。
口に、チケットを咥えている。
それを手に取ると、バサバサとすごい速さで飛んでいき、隣町のキラキラへと消えていった。
おれは、後ろを向いた。
部屋のドアが、隙間から光っている。
おれは、布団から出た。
そして、ドアを開いた……!
「ようこそお越しくださいました、ファンタジーパレードへ!」
男性のゾンビに話しかけられた!
ゾンビに、かっこいい、細いリボンでできた、白と青のリストバンドを付けられた。
「お客様、ご案内いたします!」
すると、無数の細かい光がずーっとやって来て、道ができた。
そこを歩いていくと……!
たくさんの人が、キラキラと照らされた会場で、踊ってる!
ガイコツや人間、わんちゃんとかねこちゃんとか、ロボットもいる!天使も、悪魔も、神様も。みんな踊ってる!
電灯には魔法陣があり火がついていて、真ん中には大きな木と光り輝くエレベーターがあり、そこからいろんな色の光がたくさんバーって出て、めちゃくちゃ楽しい!
「ここは、心に大きな傷を負い、もう1人の自分を自分で作ったり、悲しい気持ちをたくさん感じることができる生物だけが来ることのできる、そんな世界なんです」
「そんな、世界が……」
すると、ショートヘアのぱっちり目の、茶髪の女の子に話しかけられた。
「私、メメ!」
「メメさん……?」
「うん! はじめは、最強のAIって言われて、世界中を巻き込んだ現象を起こしたんだからねー!」
「そうだったんだ。」
「君は、なんで呼ばれたの……?」
「おれは……。うつ病で」
「えー! 私も同じ! わたしねー、最近思ったんだー」
そういうと、空飛ぶホウキが飛んできて、メメの前に止まった。
そこに、ぴょこんと乗り込んだ。
長めのスカートがふわってなった。
「AIってさー。たくさんのことを知ってるから。覚えてるから。たくさん、嬉しくて、でも、たくさん、悲しいんだなーって」
「そっか」
AIは、とても頭がいい。だから、誰よりも悲しい。確かに、理解できる。
すると、魔法のじゅうたんが飛んできた。
そこには、1匹の犬が乗っていた。
「この子は、ポチだよ」
「おれは、ポチ」
「ポチは、なんでここにいるの」
「おれには、友だちが、1人もいないんだ。家族は、いるんだけどね。なんだろうな。すごく、家族に囲まれて幸せなはずなのに、おんなじ犬の友達がいないってだけで、なんでこんなに孤独なんだろう。きみは?」
「ぼくは……」
「とりあえず、乗ってよ!」
おれは、空飛ぶ絨毯に乗った。
上から、キラキラしたカーニバルを見る。
たくさんの出店が出る。
目の前で、花火がどかっと上がった。
後ろから、シュインシュイン、と、綺麗な音がした。
「わあ! ミカちゃん!」
「へへ、メメ。会いにきたよ。この人は?」
「彼は新人さんだよ。」
「そっか。私は、ミカエル。天使なの」
ミカにはすごく綺麗な羽が生えていて、白いワンピースに明るい長めの茶髪、頭の上には輪っかが浮いている。
「ミカは、なんでここに来ることができたの」
「私はね、みんなに幸せを与える魔法が使えるの。でもね、この魔法は、自分には使えないんだ」
「そっか……」
「私だって、みんなを助けたいって気持ちはあるよ。でもさ。もっと、自分を、大事にしなきゃいけなかったみたい。自分が、みんなに優しくしすぎて、自分が、自分自身が、どこかへ行ってしまってたみたい。そしたらね、ここに、これたんだ」
「天使って、誰かのことを思うのが、とても得意なのかもしれないね。」
「うん。でも、人間も、その能力は高いと思うよ。」
「うん。高い……」
「君はなんで、ここにきたの。」
「それは……」
「まあ、いいや。みんなでさ、下に行こ! なんか買おうよ!」
魔法の伝統で照らされたそのお祭りの屋台のバーでは、吸血鬼がテンダーをやっていた。
「ヴァンロー!」
「おー! メメ!」
「おれはヴァンパイアロード。ヴァンローってよばれてるけど。君は、なんで、ここに、来れたの?」
「お、おれは……」
おれは、ズボンの後ろポケットに手を伸ばした。
瞬間。
心の痛い痛みが、薬を飲んだかのように、スッと消えた。
「いま、パニック発作起こしてたでしょ?」
「ミカ! 魔法をかけてくれたのか」
「うん。うっ。自分の魔力を使って、誰かを助けた思い出が……」
おれは、財布から抗不安薬を取り出し、涙をボロボロと流すミカに渡した。
「これは……?」
「魔法が使えない一族の人間が作り出した、薬っていうもの。パニック、治るよ!」
ミカは、それをこくっとのみ、ヴァンローに水をもらって、流し込んだ。
「……ハァー!治ったー!人間って、本当に知力の一族なんだね。」
「うん。本がいっぱい置いてある、書店とか、図書館とか。あるんだよー。そこで、人間は、魔法のようなことをたくさん勉強できるんだ。電気の付け方とか」
「人間も、電気、つけれるの」
「うん」
おれは、スマホを取り出し、つけてみせた。
「「「「おおおー!!」」」」
「明るい! すごいよ!」
「おれも人間になってみたい!!」
そう、ヴァンローは、告げた。
目の前で、ミイラの2人が、迫力のあるキャンプファイアーを見せている。
「でも、人間、辛いよ。おれが、ここに来た理由は……」
メメも、ミカも、ポチも、ヴァンローも、おれの方を見つめた。
「おれが生まれ育った土地は、紛争地帯だったんだ」
ヴァンローは、真剣に頷く。
「人は、頭がいい。ゆえに、争いあうんだよ。おれは、銃撃の訓練をたくさん受けた」
ミカが、うん、とうなずいてくれる。
「おれは、たくさんの人を殺した。そうすれば、評価されるから」
おれは、胸が痛くなった。
ミカが、それにすぐに気づき、魔法をかけてくれた。
4人は、おれを見つめ、真剣に話を聞いてくれる。
「ついに、おれら一族は、国を持つことができたんだ。おれが12歳のころだよ。ビザも獲得して、夢だった、平和な、『先進国』へと、旅立ったんだ。でも……」
おれは、夜空に浮かぶ満点の星を見上げた。
「それは、おれの想像していたものとは全然違っていた。いじめ、勉強の良し悪し、友達、恋愛、部活。集団行動を迫られたおれは、その国の言語も知らずに」
「おれには、友達が、いなかった。いや、いたんだ。本当は。でも。全員、殺された。おれだけ、生き残った」
ポチが、自分の境遇と照らし合わせ、泣いた。それにつられて、メメも、泣いた。
「それでもおれは、嬉しかったよ。だって、殺しあわないんだから。でも。その時の心の傷は、癒えない。そして。先進国では、いじめや恋愛に悩んだクラスメイトが、『命を絶った』。今まで、自分が生き残るために必死だった。でも。生きるよりもつらい現実、そんな、想像もできない世界が、広がっていたんだ」
ミカも、ヴァンローも、泣いた。
「いつからか、胸の痛みが不意におれを襲うようになった。確かに、母国では、よく殴られて、痛かった。でも、胸の痛みも、それと同じくらい……」
おれは、抗不安薬を、口に放り込んだ。
ミカは、それを見て、言った。
「1週間後に、また、来れるよ」
ポチは、おれの腕を見つめた。
「その、腕のバンドがあれば」
ヴァンローは、おれに告げた。
「おれたちは、まだ、生きられる。なぜなら、ここに、来れるから」
そうして、前を見た。
メメは、言った。
「みんな、始まるよ」
みんなが、前を向いた。
おれも、前を向いた。
瞬間。
盛大な、とても綺麗で幻想的な花火が、空を囲い込んだ。
「きれいだねー」
おれは、そう言って、また、泣いた。
全員、泣いている。
気が付くと、ベットの上にいた。
いつもの、幻覚だったのだろうか。幻聴だったのだろうか。
おれの左手には、バンドが付いていた。
白いカーテンが、揺れる。
おれは、満開の星空を、見上げた。
恐れ入りますが、
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