lost smile ―スズ―
とりあえず登場人物がそろいました。
本日の投稿はこの話までです。
是非またお越しください。
前のことは、知らない。
私が知っているのは、アイさんが私の隣の病室にはいってきたことだけ。
私は、この施設の壁しか知らない。
いろいろな人が、私の前を去っていった。
ここには、人の死が日常として存在している。
それは、私にも言えること。
夜、眠るのが怖かった。
アイさんに出会うまでは。
『初めまして、檸檬哀花です』
それは、新鮮な驚きだった。
ここに来る人は、皆、あきらめきった眼をしている。
アイさんは、違っていた。
『五月女砂鈴さん? 大先輩ですね』
車いすに座るアイさんはひどい姿だった。
片腕、片脚。
大きな事故にあって、ご両親を亡くされたと聞いた。
『あ、ごめんなさい。こんなところで大先輩だなんて』
笑顔、だった。
この人は、勁い。
なんて勁いんだろう。
『色々、教えて欲しいと思って。同じ年代の女の子って、他にいないみたいだから』
笑えるなんて。
まだ、笑えるなんて。
テレビを見ていると、明るい歌が流れてくる。
明日があるとか諦めなければとか未来は明るいとか。
でも、私には。
この施設で過ごす全ての人には、明日は約束されていない。
もちろん、アイさんにも。
ここにくるのは、そういうことだから。
だから、アイさんの笑顔は、衝撃だった。
死への順番待ちをする列の中での、笑顔は。
いつからか、アイさんの笑顔を見るのが好きになっていた。
そして、私も、生まれて初めて、心の底から笑うことができた。
驚いた。
だけど、それが嬉しくて、嬉しいと思った自分に、また、驚いた。
前のことは、知らない。
私が知っているのは、アイさんが私の隣の病室にはいってきたことだけ。
私の大好きな、アイさんが、隣にいるということだけ。
アイさんの出会った事故さえ、私にとっては…………。
読んでいただきありがとうございました。
貴重なお時間を費やしていただき感謝いたします。
気にいってただけたら幸いです。