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実(げ)に恐ろしきは――怖くて悲しいお話たちより

作者: 天野秀作

「人を呪わば穴二つ」つまり呪術は掛けられる方にも掛ける方にも、同じように作用する。呪いを銃だとすれば、込める弾丸は術者の命です。

  実げに恐ろしきは 



 「先生、彼の奥さんを呪い殺す方法教えてください」


 その日、連れ合いの出ている占い館でのこと。


仕切りのカーテンを割って入って来たH絵は、年の頃なら20代半ば。某有名アパレル会社のOLだと言う。


 H絵はその占い館の中でも悪名高い占いジプシー。ご存じない方もいらっしゃるだろうから、占いジプシーを簡単に言うと、自分の納得の行く答えを得られるまで占い師を何人もあちこち渡り歩く人のことなのだそうだ。


 その様がまるで彷徨うジプシーに似ていることからそのように言われているらしい。


 そして今回の質問は、不倫中の上司が、別れを切り出したが、復縁できるか? と言う、よくありそうな、大変、はた迷惑なご質問。どうやら詳しく話を聞くと、どうも上司様はH絵の自己中な性格に心底嫌気がさしたらしい。と言うか、はなから上司にとってはただのお遊びだった。


 その上司もゲスだが、それを本気にして付き纏うH絵も相当なものだ。


 そしてこう言う客は、占い師が「無理!あきらめて」などと言おうものならとことん逆恨みされるのだそうだ。そうならないために、何重もオブラートに包んでそれとなく諦めさせる、次の恋愛に向かわせるのが占い師の力量なのだろうが、生憎その先生は無理なことは無理とはっきり言うタイプ。 


 なぜはっきり言うのか。当たり前のことだが、あいまいな回答をすると、H絵のような女性は絶対に自分の都合の良いように解釈するから。その結果、占い師に聞くまでもなく、ダメだった時、鼻息も荒く再びやって来て「先生、行けるって言いましたよね? どうしてくれるんですか!」となる。狂暴な人は、怒りに我を忘れて占い師を思いっきり罵倒したり、中には机を蹴り倒したりする強者もいる。H絵はまさにそのタイプだった。これが逆恨みと言わずして何と言おうか、である。




 占い師の中にはこういう客はNGにする先生もけっこういる。その先生も本当はノーと言いたいが、それでは占い師としてのプライドが許さない。それで正面から堂々と対決を挑むわけだが、中にはうまく導けることもあって、本当に分かり合える。その結果、真実の愛を手に入れるような人もいる。そうなったら占い師冥利に尽きるのだそうだ。


 このH絵が初めて先生の所へやって来た時、一瞬でブース内の空気が黒く淀んだのを感じたそうだ。 瞬間、「こいつ、ヤバいやつや」と思った。そして尋ねた質問が、「彼氏の奥さんを呪い殺す方法を教えてください」だったらしい。


 先生はスピ系にも大昔から大変造詣が深かったから、もちろん方法は知っている。でも迂闊にそんなもの教えるわけはない。何せ呪いで相手を撃ち殺すために必要不可欠な実弾は、呪う側の命なのだから。


 自分の命を呪術と言う銃に込めて撃つわけで、つまり墓穴は二つ。しかし先生は教えないが、蛇の道は蛇、金さえ出せば教える人もたくさんいるらしいし、今の世の中、ちょっと探せば簡単に見つかる。そのほとんどが危険極まりなく軽率な行為なのだそうだが。とにかくH絵は、苦心して奥さんの髪の毛を手に入れ、やがて碌でもない方法で呪いを実行したらしい。


 それが上司にバレて愛想をつかされた。いや普通は怖い。私ならそんな人、怖くて近寄りたくもない。実際、気の毒な奥さんは重い病気になって入院するは、上司は不倫がバレて左遷されるは、散々だったらしい。


 呪い(邪念)は本当に怖い。そしてその日、これほど悲惨なことになっているのに、H絵はさらに復縁できますか?などと悪びれる様子もなく尋ねて来た。


 しかもその顔ははっきり言って完全にゾンビみたいだったと言う。近付いたら顔や手の肌が針で突かれたようにチクチクしたのだそうだ。


 さすがに先生ブチ切れて、私にはもうあなたは無理! と引導を渡した。するとネットである事ないこと散々悪口を書かれて、それからしばらくして、H絵の姿を見掛けることはなくなった。


 噂によると、自分に絶望して死んでしまったと言うことだ。


 しかしここでよく考えてみれば、亡くなったのは、H絵の方だけ。その奥さんも確かに大病はしたが、亡くなりはしなかった。そして今も生きておられる。もちろん、旦那は不倫がバレて左遷はされたが、こちらも夫婦の形は健在である。と、言うことは、仕掛けたH絵だけが、自らの命を削ってしまったと言うことになる。


 


 後に、この話には恐るべき裏があったことを知る。

 なんと、実は、先に仕掛けたのは、H絵ではなく、上司の奥さんの方だと言うのだ。


 奥さん、遅ればせながらK子さんと呼ぶことにする。K子さんは、実はこの会社の創設メンバーの孫娘だった。つまり男は逆玉の輿に乗ったわけだ。


 K子さんは、生まれも育ちも一流の、いわゆるお嬢様育ちで、恋愛に関してもまったくの世間知らずの生娘だった。偶然、何かの折に、家にやって来た、ある若手社員に一目惚れして、強引に結婚したらしい。


 この若手社員こそH絵の不倫相手である上司Tだ。K子さんにとって、もちろんTがその無垢な心も純潔も捧げた相手であり、Tとの生涯に渡る愛は永遠であると夢見て、いや、考えていたわけだ。


 男は本能的に多くのDNAを残したい生き物であるが、箱入りのK子さんにはそれが理解できない。時間と共に、加齢と共に、Tの興味が自分から薄れて行くことがK子には耐えられなかった。


 Tから何気ない社内での女性の噂話を聞くたびに、K子さんは、Tを送り出した後、一人家で悶々とする毎日の繰り返しだった。その内にTに対する猜疑心は大きくなるばかり。やがてありとあらゆる手段を使って、旦那、Tの身辺を徹底的に調べるようになった。


 そこで発覚したのが、若いH絵の存在だった。


 その事実を知った時、怒りの矛先は、旦那Tではなく、H絵に向かった。


 本当は会社に出向いて行って、H絵をオフィスで張り飛ばしてやりたい衝動に駆られていたが、地位も名誉もある創業者の孫娘である自分がそんなことをすれば、大きな社会問題に発展することぐらいは、いくら世間知らずのK子さんにもわかった。


 そうすると、人知れず、H絵に制裁を加えるには、やはり「呪術」しかなかった。


 では具体的に何をやったか。K子さんは古都京都の出身で、男女間のことに関しては温室育ちだったが、神社や寺に関しては非常に造詣が深かった。


 そこで思いついたのは、家からそう遠くもないところにある、貴船神社だった。


 貴船神社は、縁結びの神としても有名であったが、もう一つの面では、縁断ちとして、丑の刻参り発祥の地とされている。


 つまり、K子は、これをやったわけだ。


 真っ暗な丑の刻に、境内に入って、こーんこーんと恨みを込めてH絵の写真を貼った藁人形に釘を打ち付けた。


 ちなみに貴船神社は私有地であり、夜間は入り口が閉鎖されるので入れば不法侵入となる。そのため丑の刻参りは禁止行為とされているが、今でもこれをやる人が後を絶たないと聞く。




「先生、奥さんを呪い殺す方法を教えてください」とやって来たH絵にはすでに、長い五寸釘が打ち込まれていたのだ。


 そのせいでK子の方は、子宮がんに罹り、長い間苦しむことになったが、H絵はとうとう最後には狂い死んでしまった。占い師の先生が最後にH絵を見た時、その様子はまるでゾンビのようだったとおっしゃっていたので、おそらくその頃には、もうかなり呪いの毒が回っていたのだろうと推測される。


 この話の顛末を聞いた時、私は心底怖くなった。安珍・清姫伝説ではないが、女性の情念とは実げに恐ろしきものだと思った。




                                了

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