ベランダからこの子を落としてしまおうかと思ったことがある
「ベランダから、この子を落としてしまおうかと思ったことがある。」
上の階に住む陽子さんから、その言葉を聞いた時、私はものすごく動揺し、その動揺が顔に現れないように咄嗟に隠した。
陽子さんの赤ちゃんは、5〜6ヶ月くらい。毎日、何度も赤ちゃんの鳴き声が聞こえてきて、でも、それは普通のことだと思って、気にもとめずに下の階で生活していた。私の日常も、もう少ししたらそうなるのだろうと、当然のことのように、そう思っていた。
でも、陽子さんのこぼしたその言葉は、当時の私にはあまりにも衝撃的で。
想像してみた。何度も何度も。
なかなか泣きやまない赤ちゃんを、ベランダに出て抱っこしてあやす陽子さんを。そして、このままこの子を落としてしまおうかと思った、と言う陽子さんの心の中を。何度も何度も、想像してみた。
怖かった。今から赤ちゃんとの生活が始まる私にとって、あまりにも身近な女性から打ち明けられたその言葉は、怖くてたまらない言葉だった。
赤ちゃんとの生活に、辛さよりも楽しさのイメージの方が大きかった私には、まだ、陽子さんの気持ちに寄り添えるような答えは出せなかった。