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「ドゥンガ将軍、私は人間で番という概念がありません」
しんみりした空気の中、グートルーネが声を発した。
「出会ったばかりで、いきなり求婚されても戸惑うばかりです」
「そうでしょうね」
ドゥンガ将軍は頷いた。
「……初対面で、いきなり求婚してしまったが」
ドゥンガ将軍がそうしてしまったのは、番を求める本能に引きずられてしまったからだろう。
「安心してください。貴女に結婚を強要する気はない。そんな事をしても互いに不幸になるだけだから」
世界最強の帝国の将軍であり公爵から求婚されれば弱小国の伯爵令嬢は断れはしない。
けれど、そうしないと言ったドゥンガ将軍にリーヴァは好感を持った。
「両親の事があって、ずっと番を求める本能を嫌悪してきた。『番だから』という理由だけで結婚はしたくない」
「まず、お互いを知る事から始めましょう」
グートルーネはリーヴァのように「興味ないどころか嫌悪感しか抱けない」とは突っぱねなかった。もふもふ系が大好きな彼女は、本性が虎の彼に対して恋愛感情とまではいかなくてもリーヴァのように最初から嫌悪感を抱いていないのだろう。
「肝心の事を聞き忘れていた。貴女には夫や婚約者がいるのか?」
「いいえ。夫も婚約者もいませんわ」
不安そうに尋ねたドゥンガ将軍は、グートルーネの答えに安堵の表情を見せた。
「わたくしにとってグートルーネは大切な姉のような人です。彼女の意思を無視するような真似はしないでくださいね」
ドゥンガ将軍の過去を思えば、そんな事は絶対にしないと信じているけれどリーヴァは言わずにいられなかった。
「勿論です」
ドゥンガ将軍は頷くと顔をくもらせた。
「……俺の事はともかく、竜帝陛下の事はとめられない。俺はあの方の臣下だから」
「分かっています。あなたに何かしてほしいとは思いませんから安心なさってください」
過去の事でリーヴァに同情してもドゥンガ将軍は竜帝の臣下だ。逆らう事などできはしない。
「……言い訳になりますが、あなたを妻に迎えると竜帝陛下が仰った時、とめたのです。番という概念がない人間に対して権力で無理矢理結婚を強要しても心は決して得られないと」
「……それを抜きにしても、あの方が竜である限り、わたくしは絶対に愛せませんわ」
余計な事だったが、リーヴァはドゥンガ将軍の言葉の後呟いた。
「普段は臣下の言葉を聞き入れてくださる陛下ですが、これに関してだけは駄目でした。誰よりも立派で偉大な竜帝陛下でさえ番が係わると我を忘れるのかと恐ろしくなりましたが」
ドゥンガ将軍はグートルーネをちらりと見た。
「……今は分かります。番を手に入れるためなら自分の持てる全てを使わずにいられない」
その結果、嫌われても憎まれても、そうせずにはいられないのだ。
「……あなた方には、あなた方の苦しみがあるのかもしれない」
「あなたに生理的嫌悪感して抱けない」と言い放つリーヴァを愛さずにいられない竜帝。
竜帝の獣人としての本能がリーヴァを番だと求めてしまうからだ。
それを考えると竜帝も憐れだ。
「――それでも、わたくしは絶対に竜帝陛下を愛せない」
竜帝の本性がリーヴァが生理的嫌悪感しか抱けない爬虫類もどきだからであり。
運命が定めた番でなくても愛しているのはシグルズだからだ。