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 翌日、王宮の外れにある東屋でリーヴァはシグルズと兄アトリと話していた。


 兄アトリはリーヴァの二つ上の十八歳。均整の取れた長身。リーヴァの男性版といえるほどよく似た超絶美形だ。


 アトリもリーヴァと同じ銀髪に瑠璃色の瞳。これはアースラーシャ王国王家の特徴だ。


 希少な光魔法の使い手であるアトリは王太子であると同時に神官でもある。


 アトリは光魔法を制御するため幼い頃より王宮ではなく神殿で暮らしているのだが、妹王女(リーヴァ)の「話したい事があるので王宮の東屋まで来ていただけませんか?」という手紙をもらって、この東屋までやってきたのだ。


「……こんな事になるとはな」


 アトリは深い溜息を吐いた。


 王太子ではあるが神官でもある彼は、あまり華やかなパーティーには参加しないようにしている。だが、昨夜は父王の誕生日会である。当然彼もいたので竜帝が(リーヴァ)を番認定した上、求婚したのも見ていた。


「……国王陛下と王妃殿下が了承した以上、わたくしは竜帝陛下に嫁ぐ事になります」


 リーヴァは硬い表情と声音で言った。誰がどう見ても喜んで嫁いでいくようには見えないだろう。事実その通りだ。


 それだけでなくリーヴァは公式の場でもないのに両親を「国王陛下」と「王妃殿下」と呼んだ。普段は「お父様」、「お母様」だのに。


 それだけで聡明なアトリは気づいたようだ。娘が爬虫類が生理的に駄目な事を知っていながら本性が爬虫類もどきの竜帝の結婚の申し出をあっさりと了承した事でリーヴァの両親に対する愛情が消滅したのだと。


「それで、どうして私を呼んだ? ただ愚痴を聞いてほしいからではないだろう?」


「昨夜、リーヴァと話し合いました」


 婚約者とはいえ今は王女と公爵令息でしかないのでシグルズは、人前ではリーヴァを「王女殿下」と呼ぶ。けれど、リーヴァとアトリしかいない時は、彼女を「リーヴァ」と名前で呼んでいるのだ。


「竜帝との結婚が破談にできないのなら、先に私とリーヴァが結婚してしまおうと」


「……つまり、私に結婚式を執り行えと言っているのか?」


 シグルズの言葉に、アトリは困惑した顔になった。


 結婚式は新郎新婦が命を共有するという誓言を口にし神官がそれを見届ける事で成立する。


 アトリは神官だ。無論、結婚式を執り行う事はできる。


「……リーヴァは知っているのか? 知った上でシグルズと結婚しようとしているのか?」


「お兄様もご存知だったのですね」


 強張った顔で尋ねる兄とは対照的に穏やかな顔でリーヴァは言った。


「私は自分でいうのも何だが、強い光魔法の使い手だ。だから、隠していても分かるんだ」


 光魔法は主に治癒や浄化だが、その者がどういう魔力を持っているのかも鑑定できる。それで、シグルズが隠している「秘密」にも気づいたのだろう。


「シグルズの婚約者であるわたくしにまで、なぜ隠していたの!?」と責める気はない。それだけシグルズの「秘密」は重すぎる。


「運命で定められた番ではなくても、わたくしはシグルズを愛しています。竜帝の事がなくても、シグルズと人生と命を共有したいですわ」


 竜帝と結婚するのが嫌だからシグルズとそうするのではない。


 他の誰でもなくシグルズだから結婚を決めたのだ。


 その決断が竜帝と人生を共にするよりも過酷な未来になるかもしれなくても後悔などしない。


 愛するシグルズと人生と命を共有できるのならば――。


「責任は、わたくしがとります。実際、わたくしが望んだ事ですから」


「いえ。私も望んだ事です。リーヴァだけが咎を負う事はありません」


「……シグルズ」


「……リーヴァ、シグルズ」


 見つめ合う妹とシグルズに、溜息まじりにアトリが声を掛けた。


「……生半可な覚悟で私に頼んだ訳ではないだろう?」


「ええ」


「勿論です」


 リーヴァとシグルズは真剣な顔で頷いた。


「王太子としては決して許されない」


 国同士が決めた結婚だ。


 竜帝との結婚を破談にしても、この国は大丈夫だと知っていても、その理由をおいそれと明かせない限り、王太子といえども破談を口にできないのだ。


「だが、リーヴァの兄として、シグルズの親友として、お前達の望みを叶えたい。だから――」


 アトリは毅然と顔を上げて言った。


「神官として、お前達の結婚を執り行おう」





 新郎新婦と神官。


 たった三人だけの結婚式。


 参列者が一人もいなくても、結婚式は結婚式だ。


 リーヴァとシグルズは晴れて夫婦となり命を共有する事になった。


 秘密の結婚式なのでアトリが暮らしている国で最も格式のある神殿は使えない。


 街外れの寂びれた神殿だ。一国の王女が結婚する場に相応しくはないが仕方ない。


 本来なら真新しいウェディングドレスを身に着け、臣民全てに祝福されるはずだったのに。


 兄が去り、二人だけになった教会でリーヴァは言った。


「……もう一つだけ、我儘を言っていいかしら?」


 誰からも祝福されない結婚だとしても結婚式らしく豪華な白いドレスを身に着けたかったが、侍女達の協力は仰げないので今リーヴァが身に着けているのは一人でも着られる簡素な白いドレスだ。シグルズが持ってきてくれた白いベールを被る事で何とか花嫁らしく見せている。


「何でしょう?」


「……わたくし、あなたと本当の意味で夫婦になりたいの」


 意を決して言ったリーヴァの言葉に、シグルズは目を瞠った。


 婚約者とはいえリーヴァとシグルズは肌を重ねた事はない。この国では婚前交渉は褒められたものではないのだ。


「運命が私を竜帝の番に定めていようと、私にとっての番は、あなたよ。だから、私の命も純潔も、あなたのものにしてほしいの」


「昨夜も言いましたが、私は必ず貴女を取り戻します。それまで帝国でつらい思いをさせてしまうのは申し訳ありませんが、全てを片付けて貴女を取り戻した時に本当の意味で夫婦になりましょう」


 結婚式と同じように(せわ)しなくではなく心置きなく初夜をしようと言ってくれているのだろう。


 リーヴァが望まない限り、竜帝が彼女に手を出せないのは分かっている。


 けれど――。


「……あなたの言う通り、わたくしは、きっと帝国でつらい思いをするわ」


 運命が定めた番だろうと国同士が決めた婚姻だろうと、リーヴァは竜帝を愛さない。


 尊崇の対象である竜帝につれない態度しかとらないリーヴァに帝国の民がいい感情を持つはずがない。そんな中でリーヴァが心安らかに暮らせるはずがないのだ。


「あなたが迎えに来てくれるまで、あなたと肌を重ねた思い出を心の支えにしたいの」


「……リーヴァ」


 シグルズはリーヴァを抱き寄せた。














 


 























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