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国王夫妻から竜帝の結婚の申し出を了承したと聞かされたリーヴァとシグルズは、二人きりで話すため応接間に戻って来た。
思い詰めた顔で黙り込んでいるリーヴァにシグルズが言った。
「リーヴァ、私と結婚しましょう」
「え?」
リーヴァはシグルズが何を言っているのか理解できなかった。
「竜帝と結婚するくらいなら貴女は死を選ぶでしょう」
シグルズの言い方は疑問ではなく確信しているものだ。
そして、シグルズの確信は間違ってはいない。
この世界では結婚は生涯一度しかできない。
なぜなら、命を共有するからだ。寿命を分け合うだけでなく配偶者のどちらかが殺されたり自殺すれば死んでしまう。
そのため結婚はせず夫婦みたいに暮らす男女もいるくらいだ。
嫌悪感しか抱けない竜帝と命を共有するなどリーヴァには耐えられない。
けれど、それを言う事はできない。
王女に生まれた以上、自分の人生は国と民に捧げられたもの。結婚も自らの幸福ではなく国益優先だ。
竜帝と結婚すれば、弱小国であるアースラーシャ王国は周辺諸国に脅える事もなくなるだろう。世界最強のメロヴィーク帝国に守ってもらえるからだ。
分かってはいるのだ。
リーヴァさえ我慢すれば、弱小国であるアースラーシャ王国は最強の守護を得る事ができる。
けれど、爬虫類もどきの竜との結婚など我慢の限界を超えている。
それでも――。
「……お父様とお母様が少しでも竜帝陛下に抗ってくださったのなら、わたくしも我慢したわ」
けれど、両親は娘が爬虫類に生理的嫌悪感を抱いているのを知っていながら、あっさりと本性が爬虫類もどきの竜帝との結婚を承知したのだ。
両親は国王や王妃としては無能だ。それでも、それなりに娘としての愛情は持っていたのだ。
けれど、あの瞬間、両親が竜帝からの結婚の申し出をあっさりと了承した瞬間、娘としての愛情が砕け散った。
「……分かっているわ。国王や王妃としては正しい姿だわ。それでも、最終的に頷くとしても、最初は親として竜帝陛下の申し出を断ってほしかった」
それがリーヴァの我儘なのは分かっている。王侯貴族ならば家族よりも国益を優先すべきだからだ。
「……お父様とお母様を責められないわね。わたくしも王女としてよりも個人の感情だけで動こうとしているのだから」
リーヴァは苦笑した。
生理的嫌悪しか抱けない竜帝との結婚、両親があっさりと娘を売った事(リーヴァには、そうとしか思えない)それらがリーヴァから生まれた時から叩き込まれた王女としての責務を放棄させたのだ。
自分がそうする事で、あの竜帝がアースラーシャ王国を侵略して滅ぼすとは思わない。竜帝は帝国を建国して以降、戦いを挑まれない限り自ら他国を侵略などしていないのだ。
リーヴァ自身は生理的嫌悪感しか抱けない竜帝だが、彼は公明正大で偉大な統治者だという。そうでなければ、一千年も帝国の皇帝として民の尊崇を集められる訳がない。
「あなたが確信している通り、権力で、わたくしとの結婚を強要した竜帝への当てつけに目の前で死んでやるの」
あの竜帝ならリーヴァがそうしても怒ってリーヴァの祖国を滅ぼす事などしないだろう。
「だから、あなたと結婚はできないわ。シグルズ」
リーヴァがそう言うのは、竜帝との結婚が決まっているからではない。
結婚してしまえば、シグルズと命を共有する。
リーヴァが自殺すればシグルズも死んでしまう。
愛しているから彼を道連れにはできない。
彼には生きて幸せになってほしい。
……彼が新たに愛する女性を見つけて子供を作っても構わない。
彼が幸せになれるならば。
「……リーヴァ、私には秘密があります」
シグルズは真摯な顔で思ってもいない事を言いだした。
「……本当は私との結婚式を終えるまで黙っているつもりでした。結婚してしまえば、私の秘密を知ったところで貴女は私から逃げられないから。でも、それでは権力で貴女との結婚を強要した竜帝と何ら変わらない」
だから、今、シグルズは、その「秘密」を打ち明けようとしているのだろう。
「私の『秘密』を知った上で私と結婚するか否か考えてください」
ここまでは何とか平静に聞けたリーヴァだが――。
「私との結婚も嫌で死を選ぶのなら、その時はとめません。私から貴女を奪う元凶になった竜帝にはそれ相応の復讐はするし、貴女が心残りだろうこの国は私が守りますから、後の事はご心配なく」
(……何か、とんでもない事を言われているような?)
内心混乱しているリーヴァに、さらにシグルズは追い打ちをかけてくれた。
「私の秘密は――」