女生徒さんは先生さんに失礼したい
「失礼します。」
凛とした声が響く。
研究室に入ってきた女生徒は持っていた荷物を置くとこちらを向いた。
「先生、頼まれていた資料ここに置いておきますね。」
「あぁ、ありがとう。」
結構な手間が掛かったろうに嫌な顔もせずこなしてくれて本当にありがたい。
「すまないな、今ちょっと手が離せなくて。」
「いえ、問題ありません。それに先生に好意がありますので。」
表情も変えずよく言うものだ。
「そういった事は冗談でもあまり言うものじゃないぞ。」
ため息交じりの僕に対し少し何かを考えていたようだったが
「そういうものですか、わかりました。」
と納得はしてもらえたようだった。
「ところで先生」
そう言うと彼女はこちらに歩いてきた。
「ん、何かあったか?」
椅子に座っている僕の目の前で立ち止まると彼女は一息つく。
意図が分からず困惑する僕を尻目に右手を軽く振り上げると
パーン!
乾いた音とともに頬に衝撃が走った。
あまりの事に思考が止まる。
「・・・えっ!?」
呆けた声を漏らすことしかできない。
軽い痛みと痺れが残る中、必死で思考する。
「いやっなんで叩かれたの?」
当然の疑問を口にする僕に不思議そうな表情で彼女は答える。
「先生、私部屋に入るとき失礼しますと言いましたよね?」
「言ったと思うけど・・・」
「しかし先生に頼まれた資料を持ってくる際に入室するというのは失礼なことではないですよね?」
「まぁこちらから頼んでるからね。」
「ならば失礼をしなくては嘘をついたことになってしまうので失礼をしました。」
「そこはおかしいよね!?」
飛躍がひどい。さすがにこの流れでも許容できない。
「嘘をつかないというのが私の現在の目標ですので。」
純粋な瞳だ。なぜこの状況でこれほど澄んだ瞳が出来るのか。
「だからってこれは違うと思うぞ・・・」
「そうですか、ではこれからは虚実織り交ぜた発言に徹しますね。」
淡々とした口調のわりに極論がすぎる!
「丁度良いという概念が無いのかな?」
「状況により定義の変わる蒙昧な言葉を基準に据える気はありません。」
「信条なのかもしれないが迷惑のかかる行動はよくないだろう・・・」
「今のは虚ですが?」
「解り難いな!」
「という嘘をついてみましたがいかがでしょうか。」
「論理クイズかな!?」
どこから訂正すればいいのかもわからない。
「失礼しました、先生をからかうのは中々に面白いもので。」
「勘弁してくれ・・・」
少し間が空き彼女の視線を感じた。
瞬間、気づく。
「待て、今のは十分失礼だから二発目は必要ない!」
「そうですか・・・」
彼女は振り上げようとしていた手をもとに戻す。
本当にやるつもりだったのか!残念そうな表情をするな!
「・・・それでは私は講義の時間が近いので失礼しますね。」
最後の言葉に再び身構える僕に対し軽く頭を下げると彼女は颯爽と去っていった。
去り際に軽く満足そうな笑みを浮かべていた事は見なかったことにした方がいいかもしれない。
「はぁ・・・。」
嵐のような時間だった。
・・・何事も気づきの悪い僕には、彼女の想いは少々荷が重いのかもしれない。
失礼とかほのぼのとか定義は人それぞれという事で。