冒険商店アルザックス
それは、どこの世界にもあるような、広大な地下迷宮が発見された町の物語。
それは、あまりみないような、商人の物語。
「へいらっしゃい!今日はなんのようだい!」
冒険商店アルザックス。
地下迷宮が発見されたこの町にふさわしく、そしてありふれた、いわゆる冒険者向けの武具、道具の店だ。
店主が元冒険者という事もあり、注文者にあわせた装備一式の「店主のおすすめ」の評判は良い。
また、どこぞと違い冒険者の足元を見るような価格での取引もしていない。
その信用が冒険者たちをひきつける、地味ながら良い店、という評価を受けている。
「おやじさん、今日はこれを買い取ってもらいたいんだが、どうだろうか。」
冒険者一行が運び込んだのは、黄金に輝く全身鎧。
一目見てこれは鍛冶の精霊とされるドウェルグが作り上げた名品だと判る。
黄金色に輝く金属は、一説によれば失われた魔導金属オリハルコンともいわれている。
「これは……ドウェルグの全身鎧か。
名品だが、おまえさんたちには重すぎるし、何よりスタイルと合わない。といったところか。」
持ち込んだ冒険者一行は隠密や軽業を武器に深層を突き進む、この町の精鋭冒険者だ。
それだけに、重装備は所持しているだけでも首を絞める結果となる。
しかし、この鎧の価値を知らぬ彼らではない。
だからこそ、邪魔だからと放置せずに持ち帰ってきたのだ。
無下に買いたたくわけにはいかないし、私には彼らが欲しい物がわかっていた。
「残念だが、今これに見合うほどの資金は持ち合わせていない。
こいつと物々交換、というわけにはいかないだろうか。」
取り出したるは秘蔵の「彗星銀の輝針」と呼ばれるレイピアだ。
外見はシンプルな銀のレイピアだが、この品の価値がわかる冒険者なら…
「こいつは…いいのか?おやじさん。」
目を輝かせている。
圧倒的に有利な取引だという事に気が付いているようだ。
この町には、全身鎧を好む冒険者はあまり多くないし、おすすめもできない。
地下迷宮は体力勝負であり、同時に環境との戦いでもあり、そして、財宝の重さとの戦いでもある。
全身鎧なんぞ、ほとんどの場合で真っ先にお荷物――様々な意味で――だ。
「構わないよ。
ドウェルグの全身鎧、店の看板にするには立派過ぎるほどの代物だ。」
そういいながら、私はその鎧に店の刻印を捺した。
これで、かねてより準備をしていたあの計画が実行できる。
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「おい、マシュー、しっかりしろ!」
「エマ、早く治療を!」
「呪文を唱えるから、時間を稼いで!」
「そんなこと言っても、前衛が俺だけじゃとても無理だ!」
地下迷宮の、ごく浅い階層。
駆け出し冒険者達が、物言わぬ迷宮の風景になろうとしていた。
よくある、本当にありふれた光景だ。
だが、私はそれを許したくない。なぜなら、彼らは…
「そこの駆け出し!僧侶は無事なんだな!?」
「は、はい!でも、マシュー、前衛がやられてしまって…」
「私が時間を稼ごう、早く治療するんだ。」
魔物の背後から、強烈な怒声を響き渡らせる。
魔物は突然の殺気に驚きながらも、あとはなぶるだけの獲物を置いて、身構える。
そこにいるのは、黄金の全身鎧に身を包んだ、鎧の男だった。
左手には、伝承にのみ伝わる「プレゼントおじいさん」のような大きな袋。
袋には、見慣れた商店の看板の焼き印がされている。
右手には、大きなメガホン。先ほどの怒声はこれを利用してはなったようだ。
こちらも、見慣れた商店の看板の焼き印がされている。
鎧の男は素早く袋を地面に卸すと、煙玉を取り出し、投げつける。
駆け出し冒険者たちは奇妙な鎧の男に戸惑いつつも、煙に紛れて戦線を離脱し、治療に専念する。
それを見届けた黄金の鎧はメガホンを構えこういうのであった。
「魔物よ、私が相手だ。」
魔物は男に向かって駆けだす。
その瞬間、男の足元が強烈に光り、視力を奪われた魔物は転倒する。
さらに、転倒した先で小さな炎が灯ると、瞬時に業火へと成長し、魔物を飲み込んだ。
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「ありがとうございます、あなたが居なければ…」
魔物はすぐに片付いた。駆け出し冒険者たちも無事に立て直したようだ。
「なに、構わないさ。
君達は消耗品を使うのは嫌いかい?」
そういいながら、男は使ったアイテムを得意げに紹介しだした。
「ウニ」か「マリモ」か、丸い形状をした「それ」は
視界を覆い身を隠しやすくする煙玉に、匂い線香を短く切って刺したものだった。
短く、沢山刺された匂い線香は、煙玉と共に燃焼し、魔物の視覚と嗅覚を完全に遮断する、「香り煙幕」となる。
投げて砕くことで強烈な閃光を放ち、視力を頼る魔物を無効化できる、光石。
これは砕かずに足元に埋め、タイミングよく踏み砕くことで、自分に向かってくる魔物を確実、効果的に失明させることができる。
そして、地面に広げるだけで魔法のトラップが設置できる、魔陣布。
低級魔法「着火」と、低級魔法「増幅」と、こちらも低級魔法「突風」を重ねて使用する。
これにより、小さな炎は増幅され、突風により酸素が供給されるに従い、上級魔法をも圧倒する「業火」となる。
鎧の男はこれらを巧みに使い、駆け出し冒険者たちを襲う魔物を片づけたのだった。
「そんな使い方があったなんて…」
駆け出し冒険者たちは、予想にもしなかったアイテムの使い方に驚きを隠せない。
「もちろん、武器や防具、自分の技術も大切だ。
しかし、道具とは奥深い物なのだよ。」
そういいながら、鎧の男はいくつかのポーションを駆け出し冒険者たちに分け与えると、立ち去って行った。
見送る駆け出し冒険者の目に焼き付けられたのは、「黄金の鎧」と「大きな袋」そして、鎧や袋に刻印された「冒険商店アルザックスの看板」であった。
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「へいらっしゃい!今日はなんのようだい!」
「煙玉と匂い線香を10パック!あと光石5個!」
「長旅になるから、料理用に魔陣布の「弱体」と「水圧」
それから「着火」「突風」「保存」をお願い!」
今日も冒険商店アルザックスはにぎわっている。
以前と違う事は、装備品の売り上げを消耗品が、しかも、低級な消耗品が上回った、という事ぐらいだ。
低級の消耗品は、魔法や技術に役目を取られ、どの店も取り扱うのをやめていた。
唯一、取り扱っていたのが、冒険商店アルザックスだったのだ。
そして、注文のある組み合わせはどれも、鎧の男が使い、駆け出し冒険者に披露したものだった。