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100回死んだ彼と彼女と、私  作者: 翼 くるみ
【 I.彼 】
1/33

1.彼女と幼馴染と、僕

 2月。

 百瀬正志ももせ まさしは、いつものように自転車に乗って、早朝の神社参拝へ行く。

 祖父から受け継いでしまったこの習慣を、彼は「病」と称していた。


 そんな折、ひとりの少女と出逢う。

 余寒よかんの折、立春を過ぎ、暦の上では春だというが、早朝の空気にはまだ冬の気配が色濃く残っている。加えて、この時期の北陸地方にしては珍しく、早朝から爽快な青空が広がっており、放射冷却によって奪われた熱は、天高く消えていった。凍てつくような風が、僕の頬を容赦なく刺し、自転車のハンドルを握る赤くかじかんだ手から感覚を奪った。


 別にいいのに——。


 家を出る前、母が言っていた言葉が思い出される。


 部活動やサークル活動に所属していない僕は、朝練習もなければ、朝活もない。朝早くに起きなくても誰も責め立てる者はいないだろう。しかし、昨年亡くなった祖父と行っていた早朝の神社参拝は、なぜか今でも続けている。というよりも、められない。


 目覚まし時計がやかましく鳴る朝6時前には目が覚め、どうにかもうひと眠りしようとするのだが、胸がざわついて眠りにつけないのだ。かといって、勉強机に向かう気にもなれず、リビングでくつろぐには、早過ぎる。もはやある種の病気ではないかと思うが、心身は至って健康だ。いや、むしろ、この病にしては健康的過ぎる習慣のおかげで、規則正しい生活を継続できている。そのくせ、早く暖かい所へ行きたい、という思いが、ペダルを漕ぐ足に力を入れさせた。



 神社はかつて古城があったとされる広大な跡地のなかにある。ほりで囲まれている古城跡地には、他にも市が運営する小さな動物園と春に花見客を集める広場、それに付随するように設けられた子供向けの屋外遊具などがある。


 僕も子供の頃は、両親や祖父母に連れられて、動物を観に行ったり、遊具で遊んだりしたものだ。動物園は無料開放されているので、今でも休日には多くの子連れがやってくる。


 ただし、冬季はその限りではない。寒さもさることながら、湿った重い雪が降るこの地域では、足場が悪い。それが人々の外出意欲をくじき、怠け者のように億劫おっくうがらせるのだ。いっそのこと、僕の習慣化された神社参拝も絶ってくれればいいのにと思うが、実際のところ、雨でも雪でも僕は神社におもむいていた。



 古城跡地のなかに入るには、濠を越える橋を渡らなければならない。それは東西南北にそれぞれ一橋ずつあり、僕はいつも家から近く、つ、神社に直通する南側の橋を利用していた。


 南側の橋は、石を積み重ねて造られているようで、アーチ状の形をしており、手すりが真っ赤に塗装されている。いつ頃に造られたものなのか知らないが、僕が子供の頃から既に存在しており、一度も改修している場面を見た事もないし、聞いた事もない。


 現代の技術ではなく、いにしえわざで作られたものなのか、橋の前には、「2t未満」と車両重量の制限を示す看板が立てられていた。


 そして、そんな錆びついた看板の前を通り過ぎた時、僕はいつもと風景が異なる事に気付く。看板の前に、ひとりの少女が立っていたのだ。物心ついた時から僕は神社に通っているが、こんな寒空の下の、こんなに朝早くに、若い人を見たのは、それが初めてだった。


 古城跡地にある桜の木で囲われた広々とした広場に、ラジオ体操のために集まった健康自慢の婆さんや僕のように神社参拝が習慣になっている変わった爺さんを時々見かけるが、いずれも年配の方で、若い人は僕を除いて誰もいない。


 冬の貴重な晴れ間に誘われて、外に出てきたというには、彼女の恰好は寒すぎだ。


 防寒着の類を羽織っていない少女は、膝丈の紺色のスカートに同色のダブルのブレザー、そしてえんじ色のスカーフ。僕は別に制服マニアという訳ではないが、それが市内の北高の制服である事はすぐに分かった。


 しかし、それが分かったところで、何の解決にもならない。それどころか、彼女がなぜここにいるのか、謎が深まる一方だった。北高は、この古城跡地から徒歩で30分以上も離れているのだ。仮に彼女が電車で通学しており、ここに程近い駅から歩いてきたとしても、北高へ行くためにこの古城跡地は通らない。


 もし何の用事もなく、この場にいるとすれば、僕と同程度の変わった習慣の持ち主か、変人のどちらかだろう。



 もしも、あの子が可憐な少女でなければ、僕は素通りしていたかもしれない。


 そんなよこしまな気持ちを抱く自分を情けなく思いながらも、自転車を止め、足を地につけた。それからサドルを跨いだまま、数メートル後退し、来た道を引き返すと、北高の少女の前で止めた。


 「あの、寒くないですか?」


 かく言う僕も人の事は言えず、恰好をつけるために学ランの一番上のボタンを開け放っている。そのせいで、首元からは冬の冷気が遠慮なく入ってきていた。それに露出している耳も手も真っ赤にかじかんでいる。そんな僕を見上げた北高の少女は、何度か長い黒髪を揺らしてから答えた。


 「大丈夫です。あの——」


 そして、質問を重ねる。


 「文化ホールは、この先で合っていますか?」


 彼女の言う文化ホールとは、市民文化会館の事だろう。それならば、古城跡地の東側を走っている県道を辿り、ローカル線の踏切を越えれば、右手に見えてくる。ここから歩けば、10分程度の距離だ。


 「ここを通っても行けないこともないけど……少し引き返してから、左に曲がると、広い道にでるし、そこを道なりに行った方がいいですね」


 「わかりました」


 北高の少女は、意外にもあっさりと頷いた。まるで、初めから道を知っていたかのように。


 そもそもスマホで経路を調べればいいのに、と思ったが、その言葉は呑み込み、代わりに、咄嗟に思いついた言葉を発した。


 「なんか、どこかで会った事ありません?」


 少女が「そうですかね」と、引きった苦笑いを浮かべたところで、いかにもナンパの上等文句のような言葉を発した自分の口を呪った。


 そのあと少女は、何度もお辞儀をしながら、元来たであろう道を引き返していった。さすがに迷惑そうな苦笑いを見た後では、「送りましょうか?」とは言えず、僕はもしかしたらまたどこかで会えるかもしれない、という漠然とした淡い気持ちに焦がれながら、彼女の後姿を見送った。



 北高の少女の姿が見えなくなってから、一息つき、なんとも不思議な雰囲気を漂わせている少女だったな、と改めて思った。


 黒い髪はサラサラと北風になびき、朝の澄んだ空気に朝陽の光を煌びやかに反射させ、清楚で整った顔つきは、僕を魅了した。しかし一方で、「何か」を秘めている瞳は、赤く充血しており、目尻には涙が溜まっているようにも見えた。


 それは、道に迷い心細さからくるものではなく、もっと別の、生命にかかわるような必死さが伝わってきた。だが、僕の思考では、その感情を何というのか分からない。だから、きっと寒さのせいだろう、と僕は勝手に解釈し、橋を渡った。



 橋を越えると、今度は神社の参拝者を試すような坂が待ち構えていた。僕はその坂をいつもサドルから尻を浮かさずに上れるか挑戦している。別にそれが成功したところで、功績も称賛も与えられる訳ではないのだが、自転車で来た日は、それをせずにはいられないのだ。もしかしたら、これも病の症状のひとつなのかもしれない。


 坂に差し掛かった途端、ペダルがずしりと重くなった。まるで、後から誰かが引いてるような感覚だ。それに普段は赤い橋の上で助走をつけるのだが、今日は北高の少女に声をかけたせいで、それが出来なかった。


 案の定、坂を半分ほど上がったところで、足が地に着いた。上がる息を堪え、代わりに鼻息を荒くさせると、白いもやが僕の顔を包んだ。仕方なくサドルから降りると、自転車を押して残りの半分を上り切り、平坦路が現れると、その先に神社の鳥居が見えてきた。



 常連は、鳥居を視界に収めた所で、一礼するのだ。


 亡くなった祖父が良く言っていた言葉だ。それが作法として正しいのか、どうか僕は分からないし、「常連」という言葉がいささか鼻につくが、言いつけを守り、僕は頭を下げた。


 再び自転車にまたがり、ペダルを漕ぎ進めると、今度は鳥居の前でまた降りた。自転車を通行の邪魔にならない隅の方に停めると、鳥居の前できちんと直立し、深々とお辞儀をした。これは神様がまつられている敷地へ足を踏み入れる無礼を許して欲しい、という意味合いがあるそうだ。


 人の背丈の三倍以上はある大きな鳥居を潜ると、参道の端を歩き、手水舎ちょうずやで手と口を清める。恐らく地下水を引いているのであろうこの水は、無味無臭で、意外とぬるい。逆に夏季は、ひんやりと心地よい冷たさを感じ、祖父が言うには、地下水は一定の水温に保たれているかららしい。


 その後、拝殿へと向かうと、二礼二拍手一礼で参る。賽銭さいせんは、その日によって異なるが概ね財布によく入っている十円玉を用いた。


 通常、これで一通りの参拝は終わる。しかし、僕の祖父は少し変わり者だったのか、ここからもう一仕事あった。


 参拝の余韻に浸りつつ目を瞑り、大きく息を吸い込んだ後、両目を力一杯見開き、全ての息を吐き出すつもりで、高らかと名乗るのだ。僕も子供の頃は、無邪気に力の限り声を張っていたが、今となっては、小声で名乗る程度に留めている。神様は何歳なのか知らないが、それほど耳も遠くないだろう。


 「百瀬正志ももせまさしです。本日も参拝させて頂き、ありがとうございました」


 もういっその事、それすらも止めたいのだが、例によって病の一症状なのであろう。名乗らずにはいられない。名乗らず向きを変えようと試みた事はあったが、胸に妙な違和感が生じて、気持ち悪くなるのだ。やはりこれは病気なのだろうか。



 ようやく帰路きろに着く時、社務所しゃむしょの前で軽々しく女性の声に呼び止められた。

 

 「よっ、少年」


 巫女の佳代かよさんだ。しかし、巫女の恰好はしておらず、ブラックデニムのスキニーパンツにベージュのチェスターコートを羽織り、顎まで覆う様に首元には幾重にもマフラーが巻かれいた。大きめの黒ぶち眼鏡は、今日が非番である事を示している。


 「なんッスか。今日、休みッスか?」


 30歳手前にして彼氏のひとりもいないことを知っている僕は、茶化してやろうと思ったが、過去に酷く落ち込んだ事もあったので、それは止めておいた。


 「ちょっと忘れ物を取りに。少年は、今日も参拝かい?」


 「まあ、他にやる事がないですからね」


 「ふうん。彼女とデートでもしなよ。一度しかない人生やし、青春を謳歌せねば、勿体無いぞ。少年」


 余計なお世話だと思い、やはりさっきの言葉を言ってやろうかと思ったが、寒さのせいか、怒りは直ぐに冷めた。代わりに、冷静になった思考で、本当に人生は一度しかないのだろうか、と取り留めのない事を考える。



 かつて、人は空を飛ぶ事を想像もしなかった。しかし、今日こんにちでは大勢の人や物を乗せた飛行機が、頭上高くを飛んでいても誰も驚かない。


 かつて、手紙を届ける事は命がけだったそうだ。山々を越え、川を渡り、数日かけて手紙が届けられていた。しかし、今では、ものの数秒で、メッセージが送れる。その分、文章の重みが薄れ、軽薄になりつつあることはいなめないが、反面、利便性は高いし、何より安全だ。


 そんな風に、タイムトラベルが可能となる時代が来るかもしれない。僕には、相対性理論などという難しい話は分からないが、誰もが想像しえなかった事が可能となる世の中だ。人の想像できる範疇はんちゅうの事であれば、そう遠くない未来に実現するかもしれない。


 もし人生をやり直せるとしたら、何時いつの自分に戻るだろうか。


 過去の回想に浸りつつあった僕の思考を止めたのは、佳代さんの「ならねー」という方言訛りの別れの挨拶だった。


 愛想良く手を振る佳代さんに対し、僕は反射的に手を振り返したが、後になってそれが恥ずかしく思えて、自転車まではポケットに手を入れたまま歩いた。



 朝の神社参拝が終わると、学校へと向かうのだが、途中寄り道をすることも日課になっている。僕の通う学校は、古城跡地を縦断し、北側の橋から出れば、自転車で5分とかからない。しかし、僕は来た道を引き返し、南側の赤い橋を渡って、駅方面へと向かう。


 しばらく進むと、突如、胡坐あぐらをかいた巨大な大仏が現れる。一応、日本の三大大仏と称されているらしいが、鎌倉や奈良の大仏と比べると、少々、有難味が薄い。


 銅器の町として名乗るだけあって、大仏の表情や継ぎ目の処理などは、職人の技を感じ、実に見事だと思うが、見慣れているせいか、合掌し、念仏を唱える気にはならない。


 別に人の信仰を否定する訳ではないが、僕自身は極めて現実主義者だった。神社参拝を日課にしていながらも、信仰心のたぐいは一切ない。神頼みとは、ただ人が都合の良いようにでっち上げた戯言でしかないと思っている。


 元来、参拝とは神に「願う」のではなく、神に「誓う」のだ。


 これも祖父の受け売りだ。そもそも大仏は、仏を信仰する教えであり、神を祀る神社とは別物だろう。



 大仏の前を過ぎ、信号を越えると、アーケード街に着く。居酒屋や百貨店などが収まるその通りは、一応この町の繁華街ではあるが、まだ早い時間ということもあって閑散かんさんとしていた。いや、日中でも若者の姿はなく、物静かな年配の方が多い印象だ。夕方を過ぎれば、幾らか客層は若返るが、それでも中年が大半を占めている。


 僕は、そんな草臥くたびれかけたアーケード街の路地を曲がると、「みちづれ」という一軒のカラオケ喫茶の前で自転車を停めた。そして、人を待つ。


 アーケード街が静まり返っているせいか、或いは、路地が風の通り道となっているせいか、神社よりも空気が冷たく感じた。


 早く来いよ、と内心思いつつ、足を小刻みに揺らし、体温を上げようとしてみる。それでも身体の冷えは治まらず、両手に吐息を吹きかけた後、両腕を擦って熱がこれ以上奪われないように身を縮こまらせた。


 真っ暗だった「みちづれ」の店内に、灯りがともった。そして、ドアが開くと乾いた鐘の音が鳴り、ひとりの少女が現れた。


 「よっす! 待ったけ?」


 ショートヘアの彼女は、僕の幼馴染の桜坂立花さくらざか りっか。彼女は悪びれた様子もなく、毎朝僕を寒空の下で待たせるのだ。そんな彼女に僕は怪訝けげんそうな顔を向ける。


 「先に、ごめん、だろうが。それに何なんだよ、『よっす』って」


 「え、知らんが? 若い子の間で流行っている挨拶やよ。『よっ、おはよう』の略」


 それのどこに、「す」の部分が含まれているのか、突っ込みたかったが、無駄な労力を使いたくない僕は、「ふうん」と適当に返事をした。すると、立花は、手に持っていた白い何かを僕へ投げかけてきた。


 「はい、これあげっちゃ。寒かったやろ?」


 「……おっと」


 僕は反射的にそれを両手で受け止めた。かじんでいた両手にじんわりと熱が伝わり、痺れるような感じがした。手の内を見てみると、ゆるいクマのイラストが入った使い捨てカイロがあった。僕は、ありがとう、の代わりに不愛想な言葉を返す。


 「なんだよ、コレ。子供用なんか?」


 しかし、立花は気にせず、子供のような無邪気な笑顔を向けてきた。


 「可愛いやろ? 昨日、お祖母ちゃんとスーパーで買ってきたが」

 

 「ふうん」


 僕はなぜか立花の顔を直視できず、目線を反らせた。そして、不意に高鳴ろうとする鼓動を抑えるために、話題を変える。


 「てか、さっさと行かんけ。寒いし」


 「そうやね。じゃあ、ちょっと待っとって。自転車とってくるから」


 そう言って、立花が僕に背を向けたところで、僕は視線を前に戻して、彼女の後姿を見詰めた。


 いつからだろうか。立花があんな風に笑うようになったのは——。


 立花の両親が亡くなったのは、僕らがまだ小学生の頃だった。たぶん、4年生くらいだったと思う。彼女の両親は共働きで、しばしば、このカラオケ喫茶「みちづれ」を運営する母方の祖母に預けられていた。


 その日も立花は、「みちづれ」で宿題と夕食を済ませ、両親の迎えを待っていた。しかし、いつもならば自宅で観るゴールデンタイムのアニメが始まっても両親は来なかった。仕方なく、風呂も店舗奥の祖母の家で済ませ、再び両親を待った。そのうちに、幼い彼女は睡魔に襲われ、眠ってしまった。結局、彼女の両親は次の日の朝になっても迎えには来なかった。


 立花の祖母の話では、深夜に電話があったらしい。飲酒運転により引き起こされた交通事故に巻き込まれたそうだ。場所は、道幅が広く、スピードがのりやすい国道。正面衝突により、即死だったそうだ。


 苦しまずに、死ねたことが幸いだとは思わない。幼い娘を残して無念にも逝ってしまった苦しみは、僕の知り得る言葉の中では表現する事が出来ないだろう。それほど、悲痛な思いを抱き、彼女の両親は故人となった。


 それからだ。立花が笑わなくなったのは——。


 ただ、彼女も成長する過程で、心意と表情を分けるすべを学んだ。中学になる頃には、普通に学校へ行くようになったし、普通に友達らと遊ぶようになった。普通の生活をして、普通の女の子になった。それが、喜ぶべき事なのか、悲しむべき事なのか、未だ僕には分からないが、普通である事は、少なくとも悪いことではないと思った。


 だけど、あのときの絶望に満ちた立花の顔は、今でも脳裏に焼き付いている。そして、時々、思うのだ。



 もしも、あのとき立花の両親が亡くならなければ——。


 当時まだ10歳前後だった僕らに出来る事があるとは思えないが、少なくとも何か行動を起こせていたのならば、胸に残るしこりのような無念さも、幾らか晴れるだろう。



 立花が自転車を店の裏から引いてくると、僕は先にサドルに跨った。


 「ほれ、早よせぇ。置いていくぞ」


 「なんけよ。ちょっとくらい待っとってくれてもいいがじゃない? だから、モテんがやよ」


 巫女の佳代さんのように、余計なお世話を吐く立花を、僕は睨み返した。しかし、佳代さんとは違い、立花は少しモテるから厄介だ。お前もモテないだろ、と言い返せない事はまだ我慢できるが、立花と親密になりたいやからが、僕を頼ってくる事がたまらなく鬱陶しい。更に、その事を立花自身が自覚していないから、話をややこしくさせる。だから、僕はそう言った苛立ちも込めて、立花に悪態を返した。


 「うるせぇ。ほっとけ、だら(バカの意味)」


 「ちょっと、ヒドくない?」


 立花は、制服のスカートが捲れないように丁寧にサドルを跨ぐと、頬を膨らませた。僕は危うく揺れるスカートに、つい目がいってしまった事に嫌悪感を抱き、咳払いをしてから正面へ顔を向き直した。


 「何回でも言ってやるよ。だら」


 「あー、また言った! もう、正志、サイテー」


 すっかり不機嫌になった立花は、僕の横を通り過ぎ、顔も向けずに自転車を漕ぎだした。僕は不貞腐ふてくされる彼女を見ながら、いつの間にかかじかんでいた手に感覚が戻っている事に気付いた。握っていたカイロは、少しぬるくなっていた。それをポケットに押し込んで、ハンドルへと持ち換えると、ペダルに足をかける。


 恐らく僕の気のせいだろうが、自転車が進みだすと、アーケード街の凍てつくような冷たい空気は、冷気を抱えながらも、心なしか柔らかく感じた。

久しぶりの連載です。

いい話を作ろう、と思うのはやめて、少し暗くなってもいいから、思いついた話を書こうと思いました。


ちょっと方言なんかも混ぜてみたりして……('ω') 

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