城の中の地獄
ステンドが襲われた時、多くの兵とマティアスティーンの勇者カルセドニー、その仲間のエリナ姫、ナナリーがこの国の勇者ヴィートリッヒとその仲間たちと共に魔物に立ち向かった。
しかし魔物の群れは勢いもさる事ながら数もものすごかったという。
聖剣をもってしても、倒しきれないと判断したヴィートリッヒ様は兵士たちに街の人と王族を街の外へと逃がす事を最優先にさせる。
つまり、王族は城には居ない。
ではどこに…?
「こ、国王陛下とお妃はステンドの外へ逃れたはずなのです」
「城の中には王子だけが囮として残られております」
「なんと……。ではヴィートリッヒはどうした?」
「王子の護衛で、残っておられます。陛下たちの護衛にはヴィートリッヒ様のお仲間が同行しておられますが……」
「ふむ…もしかしたら方向を見誤り、南西部に逃れたのかもしれないのだよ。あちらは我々もまだ行けていない」
「そうね、その可能性はあるわね。…それに、旅慣れなんてしてない王族の方々が徒歩でコホセやスドボに行くのは無理かも…。馬車でもあれば話は違うけど…。絶対嫌がるわ」
「だがヴィートリッヒさんが君たちをあんな大怪我のまま放置するなんて!」
トール様のいう通りだ。
カルセドニーだって、そんな事をするようなやつじゃない!
…勇者が二人も居て、こんな事態を引き起こすはずがない……きっとなにかの間違いだ!
「ヴィートリッヒ様は四災コードブラックと対峙され、『眠り』の呪いを掛けられたのです。城に逃げ込んだ後に倒れてそのまま…」
「そのあとはマティアスティーンの勇者が城の中を牛耳って…! 王子を人質に好き放題始めたんですよ!」
「ああ、仲間の少女の怪我も回復アイテムが底を尽きたからとここに放置して…」
「それはいつの事だね」
「わ、分かりません…俺たち意識が朦朧としてて…時間の感覚が……」
「そうか…」
エリナ姫も首を横に振る。
姫様も意識がなかったから、いつからあの場に倒れていたのか分からないのだという。
兵士たちが口々にカルセドニーを責める。
あんな男は勇者じゃない。
勇者ともあろう者が、何故こんな酷い事が出来るのだろう……と。
…カルセドニー……。
嘘だろう…?
どうして、こんな…。
「…わ、わたくしがヴィートリッヒ様の呪いを解きます! 同行させて下さい、勇者アーノルス様、勇者トール様」
「え〜、ゆっくり休んでなよ〜。呪いくらいボクとメガネで解けるから〜」
「そうなのだよ。どんな強力な呪いもうちの魔女が解いてしまうさ」
「そうそう、聖女様。こういう呪いの類はワタシみたいな魔女の領分なの」
「……魔女って呪いかける方じゃないの〜?」
「あら、かけるからには解き方も知ってないとダメでしょ? そこのメガネより呪いを解くのはワタシの方が得意なのよ」
「ふ〜ん」
「…いえ、だとしても、お願いします! 我が国の勇者カルセドニーの真意を、確かめたいのです!」
「…………」
顔を見合わせるアーノルス様とトール様。
リガル様が「どうするの」と促すと、アーノルス様が頷く。
「分かった。回復役は一人でも多い方がいいからね」
「ありがとうございます」
「ステヴァン君はここに残ってくれ。ここから先は君も知らないのだろう?」
「は、はい…、…分かりました」
ステヴァンを残し、代わりに私とクリス様のパーティーにエリナ姫が参入する。
まだ少し具合が悪そうだが、弱音も吐かずに姫は自分の力で歩き出す。
「ヴィートリッヒ様は三階の客間にいらっしゃいます。わたくしはここ二ヶ月、このお城の客間にお世話になっておりましたので城内は少し、ご案内できますわ」
「それは助かる。…では、まずヴィートリッヒの呪いを解こう。その後、囮として残られた王子と…勇者カルセドニーを探して真意を問う。いいかな?」
「はい」
「…………」
姫は力強く頷くが、私は…私はまだ…信じられない。
カルセドニーが、傷付いた姫をあの場に放置して魔物の足止めに使おうとしたなんて。
あまりにも非道ではないか。
そんな事をカルセドニーが?
「ひ、姫…」
「……オルガ、信じられないのは分かります。わたくしも信じられませんでした。…けれど、本当の事なのです…」
「…………」
「……オルガ」
私の背をクリス様が叩く。
…………そうだな…真意はカルセドニーに会って直接確かめよう。
どんな事情があるかは知らないが、エリナ姫を怪我をさせたまま放置した罪は許されない。
ぶん殴って、土下座で謝らせる…!
「こちらです!」
姫の案内で客間のある三階に向かう。
豪華な赤い絨毯を敷き詰めた真っ直ぐな廊下。
部屋数はとても数えきれない……ここが三階。
あの果てしない部屋は全て客間だという。
これではどこにヴィートリッヒ様が居るのか…。
「このお部屋です」
…私の心配は不要たった。
エリナ姫がヴィートリッヒ様のお部屋をご存知だったようだ。
しかし、姫がノブを回すが…開かない。
鍵がかかっている?
「俺様の出番だな」
その鍵はディロ様が瞬く間に開けてしまう。
ガチャ、と音がしたのと同時に扉を開けると、豪勢な部屋のベッドの上に鎧の男性が横たわり、その横には茶色の髪の男。
立ち上がって、驚いた顔で我々を見る。
「な、何者だ」
「シャール王子!」
「エ、エリナ姫!」
王子?
では、この男性がこの国の王子?
部屋の中に入り、エリナ姫が事情を説明すると身構えていた青年は表情を緩和させる。
「そ、そうか、貴殿らは勇者か…! 助けに来てくれたのだな!」
「は」
王族の方ならば、私たちは膝をついて挨拶しなければ。
一度全員が膝をついて王子に挨拶を行う。
…勿論エリナ姫とクリス様以外。
もうそこはスルーして、立ち上がり、とにかくヴィートリッヒ様の呪いを解除しなくてはと話が進んだ。
「ワタシが呪いを解くから、アーノルスたちは王子に話を」
「分かった。王子、状況を聞いてもいいですか? この三週間、ずっとこちらのお部屋に?」
「う、うむ…。我が城の兵が食事を運んでくるのだが、いつ魔物が襲ってくるとも分からぬ故、勇者ヴィートリッヒの側が最も安全である。ここにいた方が良いと言われて…」
「…どういう事なんだろう?」
「分からない。…王子、外で戦う同志が言うには…内通者がいる可能性が高いそうなのです。何か心当たりはありませんか?」
「な、内通者⁉︎」
「え! そ、それはどういう事ですの!」
…クリス様と顔を見合わせる。
エリナ姫もシャール王子も内通者のことは気付いていなかった?
反応からして思いも寄らなかったようだ。
…だが、城の内側から城を落とそうとしているのなら…王子をここに閉じ込めていた理由は分からないでもない。
王と王妃が城の外に逃れたのなら、囮として残った王子がここでは最も権力がある。
この国の勇者、ヴィートリッヒ様が眠りの呪いで動けなくされていたなら…。
「けど、ちょっとキモい」
「なにがだね、クリス」
「なんで殺さなかったのかなって。内通者の件は、なんだかんだボクも居ると思ってたから。…動けない勇者と、あんまり強くなさそうな王子なら早々に殺しちゃえばいいのにって…。…まあ、王子は王様とお妃が逃げたんなら…人質に使うために生かしておいても良いけど…。勇者は生かしておく理由がないよね〜」
「ク、クリス君…」
そんなきっぱりと!
ああ、シャール王子が顔を真っ青に…!
「それはこれが理由だと思うわ」
「?」
リリス様が勇者ヴィートリッヒの体に手を差し伸べながら、目線で教えてくれる。
勇者の体に寄り添う、聖剣。
ほのかに光り輝いている。
「! そっか、聖剣が光の結界代わりになってたのか〜」
「魔物は近付くのも困難でしょうね」
「では、この部屋が最も安全だという話は本当だったのだな! ほ、ほう…」
「まあ、その件は本当っぽいね〜」
勇者ヴィートリッヒ様…。
眠りの呪いで動けずとも、聖剣の力で王子を守っておられたのか。
…それなのに、カルセドニーは…。
「そうだ。エリナ姫、そういえばナナリーは無事なのでしょうか? 彼女がカルセドニーを止めてくれたりはしなかったのですか?」
「…ごめんなさい、よく覚えていないのです。…けれど、多分無事だったと思います。…カルセドニー様が回復アイテムは全て彼女に預けていたから…」
「そ、そうですか…」
それなら…良かった。
せめてナナリーはちゃんと守っていてくれれば…。
お前が彼女だけの勇者になるのなら…それはそれで、私は……。
「勇者カルセドニーにはお会いになりましたか?」
「ああ、状況報告に訪れる。あまり変化はないが…」
「城の正面玄関の広間に大勢の怪我をした兵が放置されていた件はご存知ですか?」
「…………。…な、に? なんだ、それは…? し、知らぬ。どういう事だ?」
アーノルス様がシャール王子に城の正面玄関広間の話をする。
見る見る険しくなる王子の表情。
ご存知ではなかったのか。
「解けた!」
その時、リリス様の声が部屋に響く。
全員がベッドの上の勇者に視線を注ぐと……。
「……」
「ヴィートリッヒ! 目覚めたか!」
「…はい」
ゆっくり上半身を起こして頭を抱える勇者ヴィートリッヒ。
よ、良かった…!
「…状況をお伺いしたい。…貴方は…」
「私はマスキレア王国勇者アーノルス」
「僕はキャスティリア王国の勇者、トール!」
「…………。…自分はメディレディア王国勇者、ヴィートリッヒ。…救出感謝します」
ベッドから起きるなり、無表情のまま聖剣を腰に装備する。
お、お二人とはかなりタイプの違う勇者の方なのだな…。
「勇者ヴィートリッヒが無事となると、残りは勇者カルセドニーだな。…ふむ…クリス、一度アレクと連絡を取って欲しいのだよ。状況の報告を頼む」
「そうだね〜、了解〜」
「?」
思伝の事を知らないお三方は不思議そうな顔をしていたが、クリス様が耳に手を当てて一人喋ってアレク様に現状を報告している間に説明をした。
姫は大層驚いていたが、その間に報告は終了したらしい。
そして…。
「う〜〜〜ん」
「どうしたんだい?」
クリス様がやけに小難しいお顔で額に人差し指をあてがう。
首を傾げつつ、クリス様に声をかけるリガル様。
ど、どうしたのだ?
「アレクがキレた」
「ど、どういう事ですか⁉︎」
アレク様がキレた⁉︎
あのアレク様が⁉︎
ど、どうして⁉︎ どういう事ですか⁉︎
「……う〜〜ん…。まあ、とりあえず勇者カルセドニーっていうの? を、探そうよ。…殺される前に助けてあげた方がいいかもね〜。ボクはどうでもいいけど〜」
「⁉︎」
「勇者カルセドニーが危険ということか?」
「うん」
うん⁉︎
「事情を説明するのだよ!」
「え、ヤダ」
「何故⁉︎」
「……え〜、ヤダ〜〜」
「ちょ、ちょっとー! クリスちゃ〜ん⁉︎」
すたこらと部屋の外へ逃げていくクリス様。
カルセドニーが危険?
一体何故…!
けど、カルセドニーが危険に晒されているなら早く探さないと…!
「内通者が我々の潜入に気付いて、勇者カルセドニーに危害を与えるつもりなのだろうか」
「だとしたら早く勇者カルセドニーと合流しよう!」
「殿下、勇者カルセドニーはどこに…?」
「す、すまぬ、分からぬ…。そ、それより、私も一緒に行くぞ! 其方の聖剣で私を守れ、ヴィートリッヒ!」
「…はい」
眠り続けていたヴィートリッヒ様や、部屋から一歩も出ていないシャール王子はカルセドニーの居場所を知らないと首を振る。
これは致し方ない。
「エリナ姫は…」
「す、すみません…。でも、我々がお借りしていた客間にならご案内出来ます」
「まずはそちらを探してみよう。クリス君」
先に部屋を出て待っていたクリス様。
アーノルス様が近付くが、不満顔だ。
アレク様が怒っていた理由も、カルセドニーに危機が迫っている理由も言うつもりはないらしい。
だが、とにかく今はカルセドニーを探そう。
そうだ、あと、ナナリーの無事も分かるといいのだが…。
あまり魔法が得意ではないようだったし…も、もちろん私が離脱後に素晴らしい魔法使いになっているかもしれない。
二人が無事であれば…良いのだが…。
「…わっ!」
コゴッ!
大きな音。
そして天井がミシミシと僅かに揺れる。
なにかの、攻撃魔法か?
「今の衝撃は……!」
「…玉座の間の方だ」
「…行こう! みんな!」
ヴィートリッヒ様が部屋を出るなり呟いた。
カルセドニーたちが借りていた部屋は後回しにして、アーノルス様を先頭にまずは音と衝撃のあった方……玉座の間へと行く事となる。
カルセドニー……どうか無事で…!
「扉が!」
客間から一旦階段に戻り、更に上階…玉座の間のある四階へと駆け上がる。
四階の廊下を登り、踊り場に出ると道は左右に円形に別れていた。
どちらも玉座へ続いているらしいので、一応二手に分かれ、扉の前で合流する。
玉座の間の前の広場に集まると、そこからまた長い廊下が続く。
進むと観音開きの扉が開いていた。
「カルセドニー!」
玉座前の広場に倒れる一人の男。
駆け寄って、抱き起こす。
ダークブラウンの髪、同じ色の瞳。
ああ、間違えようもない…ずっと同じ村で、兄弟のように育ってきたのだ…。
腹には大きく血が滲んでいる。
…そして、カルセドニーの倒れている場所よりほんの少し玉座に近い場所…部屋のほぼ中央に…石化した聖剣が突き刺さっていた。
あ、あれは…マティアスティーンの聖剣…!
「…………な、なにが…、…ど、どういう事なのだ…どうして…」
「う、うう…」
「カルセドニー、しっかりしろ!」
「……オ、オルガ…、…き、来てくれたのか…」
「当たり前だ! 大丈夫か⁉︎ しっかりしろ!」
「……俺は…俺はもう…勇者じゃ…なくなった…俺は……うう…」
「カルセドニー…!」
「ローグス! 勇者カルセドニーへ治癒を!」
「分かっているのだよ! オルガ、場所を代わりたまえ!」
ローグス様に言われてハッとする。
カルセドニーを床へとゆっくり戻して場所を明け渡し、涙を拭って立ち上がった。
すでに三人の勇者は聖剣を抜いている。
「…内通者がいると言っていたな」
「ああ」
「…そ、そんな…まさか……あなたが…」
ヴィートリッヒ様とアーノルス様がじり、と距離を詰めていく。
私も剣を抜いて、構えた。
エリナ姫が口を覆い、震えながらその名を口にする。
私も、まさかお前が…と目の前の現実を受け入れ難く、歯を食いしばった。
だが……あの姿は……。
「ナナリー…」
玉座に太々しく足を組んで座る美少女。
褐色の肌に、茶色いツインテール。
露出した腹と足。
大きな胸。
しかし一番違うのは背中に生えた翼と腰から伸びる細長い尾。
頭から生えた角。
手には見覚えのない杖。
極め付けは牙を見せて笑う。
「うふふ。やっと来たわね、勇者たち。あたしはコードブラック。人間だった頃の名前はナナリー・ベルチェレーシカ……南西の大国ベルチェレーシカの王女よ」
「!」
「あ、貴女が魔王の妻にされたベルチェレーシカの姫君…⁉︎」
「そう、あたしは魔王様によってコードブラックの称号と名、そしてこの強大な力を与えられたの。でも思ったより勇者は集まらなかったのね…? もっとたくさんの勇者の首をあの方に持って行って差し上げたかったのに…」
「っ」
ローグス様が声を漏らす。
横にしゃがんでカルセドニーの容態を見るが、明らかに傷の治りが遅い。
これは…広間の兵士たちやエリナ姫と同じ呪い?
「リリス、呪いを解くのだよ!」
「同時進行でやりましょう! 治癒の手を休めないで!」
「クリス様…!」
「…え〜、そいつオルガを虐めた勇者でしょ〜…」
「お願いします!」
「……仕方ないな〜…」
クリス様に場所を代わろうとする。
だが、カルセドニーが私の腕を掴んだ。
なにか言いたいことがあるのか…、と顔に耳を近付けた。
「まあ、聖剣勇者が釣れただけいいわ。最弱勇者も、普通の人間に堕としたし」
「聖剣が石化していたのは、貴様が彼を惑わしたからか…!」
「勇者も所詮は男だったってことね。ほんと簡単だったわ〜! 邪魔な幼馴染をパーティーから追い出して、もーっと邪魔な聖女は苦しみながら死ぬまで放置…の、つもりだったんだけど…まだ生きてたのね〜」
「くっ」
「それにヴィートリッヒ…あんたも蘇ってくるなんて…。もっとじわじわ弱らせてからゆっくり殺すつもりだったのに」
「…………」
「まあ、いいわ。あたしの『呪い』で全員また眠らせて…たっぷり痛め付けながら殺してあげる…‼︎」
「呪い無効」
「へ……」
…なんとも間抜けな声を出すナナリー。
…まさかナナリーが魔王軍に奪われた南西の大陸の姫君だったなんて。
驚いたが…そんな彼女が四災…コードブラックに堕ち、我々とずっと一緒に旅をしていたことの方が…私は…。
クリス様が真白い魔法陣を展開する。
我々の体を真っ白な光が包み、消えた。
それを見てナナリーの表情が引き攣る。
立ち上がった私は、カルセドニーの聖剣に近付いて……柄を握った。
「………………」
スコン。
と音を立てて抜ける。
石だった聖剣は光を放ち、オレンジ色の装飾石が煌めきを取り戻す。
見る見る驚愕の表情に変わるナナリー。
…君の作る料理は美味しかった。
一緒にここまで旅をしてきて、それなりに背中を任せることの出来る相手だと………信じていた…。
全てが全て嘘だとは思わない。
でも…………。
「“先代”の意思は私が継ぐ。同じく“先代”の過ちは私が正そう。…マティアスティーンの…勇者として!」