映画『引火帝国の逆襲 魔神アルゴールの復活』放映記念!主演女優・マッチ擦りの少女の実態に迫る!
書き半端のまま止まっている連載そっちのけで失礼します。本作品は、テンポや言葉遊び的な要素を優先しているため、メッセージ性も何もほとんどありません。肩の力を抜きながらお読み下さい。
昔々、あるところに、とても可愛らしい転生者の少女がいました。彼女は前世で炎を操る魔法使いだったのですが、神様の気まぐれと物語の都合によって、他の魔法使いたち共々、別の世界に転生させられてしまいました。新天地に飛ばされるにあたり、美しい見た目と記憶はそのままに、魔法の力は抜かれました。のっけから何か壊滅的なバグが発生しているとしか思えません。
炎の魔法使いの少女は、現在はとある町でマッチ売りの少女をしています。
土の魔法使いの少女は、現在は畑で農作業にいそしんでいます。
雷の魔法使いの少女は、現在は家電量販店の電子レンジコーナーを守っています。
氷の魔法使いの少女は、現在は家電量販店の冷蔵庫コーナーを守っています。
光の魔法使いの少女は、現在は家電量販店の据え置き型照明器具コーナーを守っています。
闇の魔法使いの少女は、現在は決して表沙汰に出来ない闇の仕事で生計を立てています。
水の魔法使いの少女は、現在は人通りの少ない町の裏手にある水商売の店で働いています。
『いや土の魔法使い以外は関連性なんてほとんど無いじゃないか!』『雷と氷と光の担当なんか結局やってること同じじゃないか!』『って言うか電化製品が存在しているなら炎の魔法使いにも回してやれよ!ファンヒーターなりオーブントースターなりあるだろ!』『闇の魔法ってのは人の心とか社会に潜む闇ってことなのか?違うよな?』『水の魔法使いに至っては水は水でも意味が違うだろ!』などと言われるかもしれませんが、神様がお決めになられた以上、従わざるを得ません。何より、力を失った少女たちには、現状を打破しようという気力すら湧いてはきませんでした。
炎の少女が他の魔法使いよりも不利だったのは、人口が非常に少ないクソ田舎に送られたことでした。近代的な暖房器具が普及してマッチが売れなくなったなどという生易しいレベルではありません。そもそも文化的な生活を営む人間自体が希少なのですから、商品を売り込む仕事にとっては文字通りの死活問題です。少女は自身が死んで活動が停止する前に、この怒りを自分の家に火をつけて晴らそうかとも思いましたが、それをやると帰る場所が無くなってますます薄ら寒い思いをしそうだったので断念しました。それならば数少ない近隣の住宅に火を放ってみようかとも考えましたが、これだけ人気の無い場所で火の気を起こせば一発で犯人がバレる、それでブタ箱にブチ込まれたら尚更にクソ寒い思いをすることに思い至り、踏みとどまる事に成功しました。
ひとまず人がいるところまで行こうと考えた少女は、雪が降り積もる寒空の下、隣町まで移動しました。彼女はそこで『見た目と女の子には恵まれないけれどお金にだけは恵まれていそうな男性』を発見しました。少女は彼に接近し、取り引きを持ち掛けました。その取り引きとは、『火のついたマッチを台の上に置き、それが燃え尽きるまでの間そばにいてあげる』というものでした。どことなく売春や援交を匂わせるような内容ではありますが、別にいやらしいことをするワケでは無いし、少女はもう18を過ぎていたため問題は無いと判断しました。『不適切かもしれないが違法では無い』という、どこぞの裁判所のような判断を下したのです。
取り引きは大成功に終わりました。相手の男性は1本、1ケース、1ダース、1ボックス、1ボックスで1カートンと、次から次へとマッチを要求し、少女もそれに応じていきました。結果、少女はたった一人の客から、1日にして多額の金銭をせしめるという偉業を成し遂げました。これまでの売り上げ記録の中においてぶっちぎりでトップに上り詰めるほどの大金です。まっとうに仕事をしていたら決して手にする事はかなわなかったでしょう。
少女が帰ろうとすると、相手の男性が『危ないから家まで送ってあげるよ』とか『もう暗いから今日は泊めてあげるよ』とか『それともホテルに連れて行こうか?』とか言いながら外まで追いかけて来ました。よく分からなかった上に非常にキモかったので、少女はとっさに炎の力を操り、男性が身につけていた衣服を全て焼き払ってあげました。男性は何が起きたのかも分からないまま、近くを通り掛かった警官によって雪道の上で取り押さえられたとのことです。調べに対し、男性は『マッチ売りに来た少女を追い掛けていたら突如として服が燃え始めた』などとワケの分からない供述をしていましたが、翌日未明にわいせつ物陳列の現行犯と、公然わいせつ未遂の容疑で書類送検されたとのことです。
少女はこの事件をきっかけに、魔法使いだった頃の力が限定的ながら残っていることに気付きました。しかしながら、この時はお金が入ったことの方が大事だったので、さして気にも留めませんでした。彼女は家に帰るまでの間、『懐も暖まったことだし、せっかく遠出したのだから』などという軽い動機で、寄り道をしながらの買い食いを楽しみました。とても有意義だったそうです。後日、この有意義な体験が体重計の数字となって襲い掛かることを彼女はまだ知りませんでした。どうやら炎の魔法をもってしても、乙女のお腹周りについた脂肪までは燃やせないようです。
ちなみに、良い子のみんなはどんなにキモい相手であっても、いきなり相手の服をパンツに至るまで全て燃やすような真似をしてはいけません。
家に帰った少女は、売れ残ったマッチと売り上げのお金を家族に渡すと、自分の部屋で休みました。少女の家族は、マッチの残りとお金の額を見比べて、どんなに頑張っても計算が合わない―あまりにも儲けが多すぎる点に若干の不安を覚えましたが、少女が幸せそうな顔をしていたので深く追求するのをやめました。
後日、新しいビジネスに味を占めた少女は、『マッチ売りの少女』を引退し、『マッチを擦りに来てくれる少女=マッチ擦りの少女』として生きていくことを本格的に決意しました。手始めに単身で役所まで乗り込むと、『町おこしの一環として、新たなご当地産業として』自分の存在を世の男どもに伝聞するように求めました。もともと、若者の社会進出を応援する地域だったことや、職員の多くがその手の趣味の方だったことも相まって、いともたやすく承認が得られました。
少女の家族は反対しました。それは、彼女の身を案じたからです。少女はそれに対し、『今まで黙っていたが、私は人知れず護身用の術を訓練し続け、すでに習得に漕ぎ着けている。金づるの中に私を見てけしからんことを企む輩がいれば、瞬く間に焼き豚にしてご覧に入れよう』と返しました。少女の家族は、別の意味で彼女が心配になりましたが、『もう自分たちの手には負えないから、早いトコ独立させよう』という結論に達しました。実に賢明な判断です。それにしても、炎を操る魔法が護身術としてたしなまれているとは、非常に物騒な世の中になったものですね。
役所の広報課の手によって、マッチ擦りの少女の情報は光の速度で社会全体に広まりました。すると、なんと言うことでしょう!全国津々浦々から、女に飢え欲にまみれたモテない男どもがたかってくるではありませんか!少女はそのエサに群がる虫ケラのような人の波にドン引きしつつも、『これも金のためだ』と自分を納得させ、求められるままにマッチを擦り擦りし、お金をジャラジャラさせていくのでした。
男女の比率はさておき、大勢の人間が押し寄せてきたことを受け、よりアクセスしやすくするための交通網の整備が行われました。遠方からの旅行客向けに宿泊施設や飲食店も建造されました。少女の可愛さにあてられて、全財産を使い果たして実生活どころか家にすら帰れなくなった哀れな男たちを救済するため、日雇いの仕事を紹介するサービスも登録制の人材派遣会社の主導でスタートされました。
また、客層を年齢別に見ると、アイドルを追っ掛けている若い男子や、アイドルになりたがっている若い女子の数も目立ちました。若者が集まってきたことに注目し、10代や20代をターゲットにした衣料品や雑貨を取り扱う店も進出してきました。複合型の商業施設や、大規模な遊技場の建設計画も進められ、それと並行して観光客のマナーの向上も呼び掛けられました。これはマッチ擦りの少女自身がパンフレットやテレビCMに出演する形で実行され、人件費の削減や少女の売名行為だけで無く、人が増えたことに対する地元住民の不平不満を和らげることにも効果を発揮しました。
人は何故にして都会に住むのでしょうか?それは『自分たちの求めているものが田舎には無いから』『都会に行けば大体のものが揃っているから』でしょう。田舎が背伸びをして都会の真似をしたところで、全てを充実させるのは不可能に近く、仮にそれが実現したとしても人の心は動かせません。すでに都会に移り住んでしまった方の心を再び引き寄せるには、更なる一手が求められます。そもそもとして、『人口が減少するまで何もせずにただ手をこまねいていた取り返しのつかない田舎物の集まり』に、果たして大企業や国が力を貸してくれるかどうかすら疑わしい話です。人口格差の深刻化には、こういった問題が背景として存在します。
しかし今回の一件は、マッチ擦りの少女が『都会には無い旨み』『国の目が行き届かない田舎だからこそ発生した特色』として機能することで、全ての課題が連鎖的に解決していきました。これは人類の歴史の中で見ても非常に珍しい好例と言えるのではないでしょうか。
少女の集客力や求心力に着目し、アイドル事務所やテレビ局も連絡を入れてきました。少女は美味しい仕事の香りに乗り気でしたが、周りの大人たちは反対しました。自分たちが可愛がっていた少女が奪われること、少女が抜けて再び町が衰退することを恐れたからです。少女は、応援してくれるファンに対しては、『どんなに離れても、私はみんなのモノだよ♪』『有名になって仕事が増えれば、テレビをつけるたびに私に会えるよ♪』『みんながもっと応援してくれれば、大きなイベントでまた会えるよ♪』などと言ってご機嫌を取りました。自分を金稼ぎに利用しようとする大人たちには、『今まで世話になった分の恩義はすでに十分すぎるほど返したハズだ』『それに、私の知名度が上がれば、私の故郷であるこの土地のイメージアップにも繋がるだろう』『若者を支援すると言うのなら、本人の意思を何よりも尊重するべきでは無いのか?』『これ以上、自立しようとしている人間を引き止めて、おこぼれにあずかろうとするのはやめて頂こう』と言って、自身の強い決意を示しました。この両者への対応の違いを見るに、彼女には二重人格の疑いもあるようですね。
とある事務所と契約を結んだ少女のもとには、非常に多種多様な企業からの業務以来が舞い込みました。それらの仕事の内容には、彼女の出自を象徴するように、何かしらの形でマッチとの関連付けがなされました。
『良い子のみんな ライターで遊ぶのは危ないよ 火遊びしたけりゃマッチを擦ろう!』という注意文が、大手マッチ製作会社によって作られました。『いや危ないのは火遊びをすることであって、ライターもマッチも火を使うという点においては根本的に何も変わらんじゃないか!』という疑問が数多く寄せられましたが、今のところ企業側から正式な回答は返ってきていません。
『ドライヤーや電気ヒーターは熱効率が悪いぞ! マッチと化石燃料を使って賢く暖を取ろう!』という呼び掛けが、大手石油関連企業の協力によって行われました。これについて、『化石燃料の大量使用と、それに伴う二酸化炭素の排出量の増加を間接的に助長している』として、環境省や世界緑化運動推進機構から圧力が掛けられましたが、謝罪会見や活動自粛の予定は一切ありません。
少女の人気を軸にして、大勢の人々が一緒に盛り上がれるイベントが企画されました。火の輪くぐりや火吹き芸やキャンプファイヤー、線香花火や打ち上げ花火に加え、マッチと最新技術を複合して完成した新式の火炎放射器などまで投入した恐ろしく近代的、現代的かつ非現実的な催し物でしたが、大成功に終わりました。
途中、『イベント会場が燃えている。中には大勢の人が取り残されている模様』といった旨の通報が入り、消防局員が駆けつけるといったハプニングも発生しましたが、『ステージ演出の一環であり、安全に十分に配慮した上で行っている。炎を扱うことに長けた専門家も同席しているため、こちらに任せてほしい』と伝えて事なきを得ました。本来、こういった行事は企画の段階で役所や消防に連絡し、前もって許可を取らなければいけません。
イベントから数日後、陸続きで隣接する軍事国家がコンタクトを求めてきました。例の如く少女の噂を聞き付けてきたクチらしく、『他国からの侵略を受ける前に、どうすれば国を一つにまとめ、国民の士気を維持させられるか?』という疑問への答えを求めてきました。これに対し少女は、自身が神として君臨する新たな宗教『マッチー教』を布教するように提案しました。アイドルである自身に関連するグッズの購入を義務付けることで経済の建て直しをはかりつつ、人々の意志を一つにすること、普段の生活に積極的にマッチを取り入れさせることで、電力消費量を抑えながら緊急時の停電にも備えさせること、擦ったマッチにともる火を見ることで、明かりと熱を同時に得ながら昂ぶった気持ちを静め、治安の安定に繋げることなどに加え、国家間の友好の証として年に数回、互いの国に向かって大量のロケット花火を撃ち合い、暗い気分を吹き飛ばして明るい気持ちに火を点けることなどが定められ、即座に実行されました。
後日、軍事国家は隣国から攻撃を受けました。何でも、少女の国との間での花火の撃ち合いが戦争行為として誤解されたのが原因のようです。しかし、国民たちは自分たちの神である少女のために一致団結して戦い、見事に勝利を収めました。戦いに勝ったとして具体的に何が少女のためになるのかは不明ですが、当の少女自身は『自分に命を捧げてくれたファンたちがボディーガードとして周りを囲んでいるため、命の危険は感じたことが無い』と話しています。
少女の人気が燃え上がるにつれて、彼女への怒りや不満の声も爆発的に増加しました。『何でマッチ売りの少女のクセにこんなシンデレラストーリー的な立身出世物語を歩んでるんだ!』『いやどっちかって言うとわらしべ長者に近くないかい?』『どっちにしたって物語が違うじゃないか!』といったものから、前代未聞のマッチブームの到来の反動で大打撃を喰らった家電製品メーカーによるものまで実に様々な方面から寄せられました。少女がたわむれに開設したブログは四六時中炎上しており、鎮火される気配は全く見られません。しかし、何故かクレームを送った人間たちは一人の例外も無く、家が放火されたり勤務先が爆破されたり自身を含めた関係者が焼死体になりかけたりといった、火に関する事故に巻き込まれていきました。明らかに事件性の強いものや人為的な何かが感じられるものもありましたが、これまた何故か証拠になりそうなものは何から何まで徹底的に燃やし尽くされて灰と化していました。
そんな彼女が、人権保護団体や消防局とタイアップしたコマーシャルでは、『誰かにひどいことをすると 大火傷では済まないよ』『ガスの元栓を確認したら 口のチャックもちゃんと閉めよう』と言ったメッセージが流れます。半ば無理矢理気味に繋ぎ合わせただけのような気がしないでも無いですが、このCMの真の恐ろしさは少女の浮かべた背筋が凍るほどの冷ややかな笑みと、そこから生まれる身体の震えが止まらなくなるほどの強いインパクトにあります。本来は『人間関係の暖かさ』を伝えるのが目的だったハズですが、出来上がったのは『支配されることの恐ろしさと冷たさ』を前面に押し出したものでした。もはや誰が加害者だか分かったもんじゃありません。正確には誰が加害者かは一目瞭然なのですが、それを突っついてはいけないような気がしてくる辺り、世も末という他にありません。
こういった事情も重なり、少女は裏で『火事野の元締め=カジノの元締め』と呼ばれて恐れられ、いつしか彼女に対するアンチも焼き払われてしまったかのように鳴りを潜めました。『マッチ一本火事の元 カジノとタバコは二十歳から』というCMが製作された裏には、こういったドス黒い現実があるとか無いとか。
そんな彼女の負の面を表したワケでは無いのでしょうが、『火事の素』という食品メーカーからは、『毒舌少女の辛口カレー 皮肉2割増し』という商品が発売されました。念のため断っておきますが、基本的に少女はただ無口なでただただ腹黒いだけで、毒舌でも辛口でも皮肉屋でもありません。ただ単にネーミングが重視されただけです。
彼女はとあるテレビ番組に出演した際、インタビューでこう答えています。
自分には前世の記憶がある。以前の自分は炎の魔法使いだったが、この世界に飛ばされた時に力を無くしてしまった。ただでさえ、異世界転生にプラスの印象を持っていた自分は、今まで出来ていたことが出来なくなったことに深く嘆き、焼身自殺を考えたことも何度もあった。しかし、死ぬなら死ぬで、せめて生きている間にやることはやっておきたい、やり残したことも上手く出来ることも全て無くなってから―改めて生きるか死ぬかを決めれば良い。そう考えるようになった。
自分に何が出来るかを考え行動する、その結果を反省して次に繋げる、可能であれば少しずつ出来ることを増やしていく―それらを積み重ね繰り返し、周囲の人や社会の中で、自分が幸せになれるチャンスを探していけるかが大事。転生して新しい自分に賭けるより、まずは今の自分を見つめ直してあげてほしい―それが、自暴自棄になって、昔の自分を失いかけた私からのお願いである、と。
どこまでが本当の話なのか、どれだけの本心が込められているのかは、少女本人しか知りません。しかし、彼女のこの言葉は、非常に多くの関心を集めました。
これら一連の功績が高く評価されたマッチ擦りの少女は、転生情報誌『リンネ』による『生まれ変わって人生やり直して成功した転生者ベスト10』にも選ばれました。このランキングは転生者を対称にしているため、『生まれ変わって人生やり直す』という表現がシャレになりませんが気にしてはいけません。また、少女が転生者の存在を大々的に公表した影響で、彼女の移り住んだ世界も『転生してみたい異世界ランキング』で上位に食い込みました。
そんなマッチ擦りの少女が主演を務める映画『引火帝国の逆襲 魔神アルゴールの復活』は全国の映画館で大好評上映中です!アルコールへの引火と交通安全に注意して、ぜひ劇場へお越し下さい!
お疲れ様でした。
この作品を作っている間に、自分が描きやすい物語の形を見つけられたため、作者個人としては感慨深い作品です。決して深い内容ではありませんが、お楽しみ頂けたのなら光栄です。
皆さん、火の事故には十分にお気を付け下さい。なお、作中に出ているいくつかの行為は大変に危険ですので、絶対に真似しないようにして下さい。