バカとは違うんだよ、バカとはね
とりあえず、オレたちは近くの村にやって来た。
案の定、魔王復活の影響が出ていた。村を歩く人々には生気がない。ふらふらとしていて、危なっかしい。大地もかわいていて、今にもボロボロと崩れ落ちていきそうなくらいだった。
改めて自分のしたことがとんでもないことだと突き付けられた。勇者、勇者と言いながらも、結局はこのザマか……。
だけど、ここで逃げてしまったら、本当にダメなんだ。
オレは頬を思いっきり両手でたたき、気合を入れた。
「わ、びっくりするじゃないですか」
「気合を入れていたんだよ。よし、行こう。村の人に何をしてほしいか聞く!」
「あ、ちょっと!」
オレは近くにいたおじいさんに声をかけることにした。
「あの、」
「お主……!」
パァアアン。
「え」
頬が熱い。
さっき、自分で気合を入れた時よりも痛い。心が、痛い。
「お主じゃろ、こんなんにした勇者と言うのは……!」
頬はじんじんと痺れていた。正直、おじいさんに叩かれたのはそんなに痛くはない。気合入れと同じ場所だから痺れているのだろうと思う。
いっそ、もっとぶっ飛ぶくらいに殴られたかったけど、そんな力が目の前にいるおじいさんにあるとは思えない。オレを殴ったおじいさんの手も赤く、そして、その腕はか細く、簡単に折れてしまいそうだ。
「……あんたのせいで、あんたのせいで!」
おじいさんはまた腕を上げている。
オレは動けない。いや、きっと避けちゃいけないんだ。殴られることを覚悟して、おじいさんを真っ直ぐに見つめる。
「……おじいさん、そのぐらいでやめてあげましょう」
だが、痛みも衝撃も何も来なかった。
いつの間にかおじいさんの後ろには1人の少年が立っていて、おじいさんの腕をやんわりと押さえていた。
おじいさんはその少年に目をやり、腕を力なく下ろした。そして、オレをちらっと睨み見てからふらふらと別の場所に行ってしまった。
ぼんやりと、その丸まったか弱い背中を見つめるしかできない。このままでいいのか。オレは、オレがしなければいけないのは……。
「どうも、この勇者の恥」
「……え? もしかして、ジャスティンか?」
よくよく見るとその少年に見覚えがある。オレにそう言い放ったのは、幼馴染のジャスティンだった。勇者になると決める少し前から姿を見ていなかったけど、まさかこんなところで会うとは思ってなかった。
身長も高くなっていて、オレと同じだったのに越されてしまっている。身長も高くなって、しかもサラサラの金髪に透き通るような碧眼ときた。昔からモテていたが、もっとモテるようになっていそうだ。オレのツンツン茶髪と緑色の瞳では到底かないそうもない。
そして、久々の再会の場面が、これか……。あんまり、見られたくなかった。
「おや? 魔王を復活させたと言う勇者とお知り合いなのですか、ジャスティン」
「……は?」
ジャスティンの陰から現れたのはプリンと同じ様な妖精。プリンよりも色黒で、しかも、何だその低音イケボは。
プリンは可愛い声なのに言うことキツイし、こっちはこっちでてるてる坊主みたいな見た目なのに低音イケボ。それぞれ、ギャップがあるにもほどがある。
いや、違う。そこじゃない。妖精を連れているということはジャスティンも勇者ということだ。
「それ、お前の妖精か?」
「これはこれは、初めまして。ジャスティンについております、妖精のチョコ・ズィゴスです」
丁寧に一礼する妖精。オレもつられて頭を下げる。
しかし、プリンの次はチョコか……。
「オレはブレイブ。……一応、勇者だ」
「ほう。まだ勇者を名乗っておられるのですか。……今回ついたのは大変な方ですね、プリン?」
チョコはオレの顔の横にいたプリンに目を向けた。そう言えば、プリンがいたことを忘れていた。
オレもチョコと同じようにプリンをちらりと見やると、また不機嫌そうだ。しかも、両腕を組んでチョコを睨んでいた。同じ妖精だと言うのに仲が良くないのか?
「あ゛? 確かに魔王を復活させるド馬鹿な奴についてしまいましたが、あんま馬鹿にしないでくれます?」
じゃあ、ド馬鹿とか言うなよ。
「別に馬鹿になんてしていませんよ。ただ、大変な方だと思っただけです。私は今回、ジャスティンと言う勇者たるにふさわしい方についているので。この村に来たのも村の方々を支援するためなのですよ。ひからびた大地をどうにかしようとしていたところです。それに比べて、と思うとあなたが心配なのですよ」
「なにぃ、それ。まるでうちの勇者さんが勇者たるにふさわしくないみたいな言い方。……否定はしないけど」
「でしょうね」
前言撤回。仲良いんじゃないか?
これ以上聞いていたら、精神的に辛い。ジャスティンについているチョコだけならともかく、プリンまでそっち側についてしまっている。完全アウェーだ。
それにしても、さすがジャスティン。
「すごいな。だからこの村に……」
「僕はバカとは違う。勇者なんだから世界を救うべきだ。お前のせいで見ろよ、この世界の有様を。現にこの村では大地がひからびて作物が駄目になったし、子供も魔族にさらわれているんだぞ? お前、何で勇者になったんだよ。勇者とほざいておきながら、結局したのは魔王復活。とんだバカだね」
「久々に会って、それかよ」
この雰囲気は再会を喜ぶことは出来ないだろうと思っていたけれど、もう少し、優しい言葉が欲しかった気もする。
でも、ジャスティンも勇者だ。言うことは正しい。
「……確かに、オレは魔王を復活させた。それでも、オレは勇者でいる。そうじゃないと、勇者になった意味がない。オレの好きな世界を救う。そして、誰もが認めるちゃんとした勇者になるんだ」
「勇者であるのに、魔王復活させた奴が。ふざけている。勇者なめんな」
「……なめてなんかない」
オレはグッと両手を握りしめて、ジャスティンの横を通り抜けて走った。
「……っおい!」
「……あれ、勇者さん!? ちょっと待ってください!」
オレは走って、追いかけた。
「おじいさん! オレに、オレにできることを教えて!」
何とか追いついて、目の前でオレははっきりと言った。
さっきのおじいさんは驚いた後すごく嫌そうな顔をした。いい顔はしないよな。世界をこんなんにした張本人がのこのことやってくるんだから。
「なんじゃ。お主にできることはない」
「ある! オレにはやること、できることがいっぱいある。だって、オレはご存知の通り、魔王を復活させた。でも、本当にそんなつもりなかったし、後悔しているんだ。……後悔しているけど、もうやったことは戻らないし、時間も戻らない。だからって、そのままにはしたくない。それじゃ本当にオレはダメな勇者になっちゃうんだ」
おじいさんはじっとオレを見つめるだけだ。
でも、ちゃんと見ていてくれている。
「救わせてください。オレはこの世界が大好きなんです。……オレは、勇者なんです!」