まだだ! まだ終わらない!
「最悪だ!!」
しばらく気絶していたオレが気づいてからの第一声がこれだ。
そう、こんなはずじゃなかったんだ。オレは頭を抱えた。自分が情けない、情けなくて仕方がない。
「最悪ぅ? それはこっちの台詞なんですけど」
地面に手を付いて、がくりとうなだれるオレの上を、てるてる坊主に羽が生えた様な生き物が飛び回る。その顔は非常に不機嫌で、オレを見下した目がそれを特に表していた。
可愛らしい声ではあるが、その口から発せられる言葉は全くもって可愛くはない。どこか棘のある声がオレを背中からチクチクと刺す。
可愛い声を全く生かしきれていない。もったいない。せめて、もう少しオブラートというやつに包んでオレに言葉を届けて欲しい。
「……そ、それは」
「勇者さん、あんた分かっているんですか? この状況を。どっかの馬鹿たれ鼻たれ勇者と言うのもおこがましい奴が、魔王の封印解いちゃったせいで世界はこのザマですよ」
オレはおずおずと顔を上げた。空はどんよりとした雲に覆われ、大地はひからび、生命の気配がオレの辺り一面感じられない。
ああ、罪悪感で押しつぶされそうだ……。
「オ、オレだってそんなつもり」
本当にそんなつもりはなかった。
魔族が多く集まると言う土地に行き、その原因を調べに来ていたんだ。そこにあったのは大地に突き刺さる大剣。それをオレは抜いた。だって、よく、伝説の勇者の剣とか地面に突き刺さっているものじゃないか。
実際にそれは勇者の剣だった。ただし、魔王を封印している勇者の剣だったのだ。それが問題。
ちなみに、その大剣はオレの手に握られている。後悔の産物。忘れない為にもとりあえず拝借しておこう。
「はぁ……。そんなつもりない状態でこんなことしちゃう方がどうかしていますね。勇者ブレイブのサポート役としてあなたに付いてきましたが、この件に関してはサポートというか尻拭いしかねます」
「いや、分かってるよ。この尻拭いは自分でしなきゃいけないことぐらいさ。だから、まだ力貸してくれよ、プリン」
オレ、ブレイブはすがるような目でてるてる坊主の様な飛び回る生き物を見た。その生き物は魔族ではなく、勇者をサポートする妖精だ。オレについた妖精はプリンと言う名である。さっきからも言っているが、その名前とは逆に口から出る言葉は全く甘くない。なぜ、プリンなんて名前なのか不思議だ。
プリンは目を細め、オレの眼前に顔を寄せる。オレの顔と同じくらいの大きさしかないプリンだが、迫力は十分だ。
「貸してくれぇ?」
「うぐっ……。ええと、貸して、下さい」
「……」
プリンは相変わらず怖い顔でオレを見ている。何も言わない所をみると、これではいけないらしい。ああ、もう、何でこいつはこんなんなんだよ……。いや、まぁ、オレが悪いから、文句は言えないけど。
「貸して下さい、プリン・ズィゴス様」
「よろしいでしょう。勇者ブレイブにもう少しだけ付き合ってあげますよ」
ふわりとプリンは飛んでオレの目の前から移動する。
迫力あるプリンがいなくなり、ほっと息を吐いた。そこら辺にいる魔族よりよっぽどプリンの方が迫力ある。
魔王を復活させてしまったことは確かである。だから、プリンにいなくなられては困る。勇者であるという証でもある妖精を失うということは、まずい。勇者でなくなってしまえば、この汚名を返上するチャンスもなくなってしまう。
「何とかして、この汚名を返上しなくちゃな」
「……その気合だけは褒めます。普通ならこのまま魔族側に付いちゃいません?」
「それはない。だって、オレは勇者だからな!」
勢いよく立ち上がり、胸を張って言うその姿はまさに勇者そのもの。
「今の勇者さんには説得力が微塵もありませんね」
「……返す言葉がない」
あっさりとぶった切られた。
張っていた胸はしょぼんとしぼみ、勇者と言うより敗者のように背中を丸めてしまう。
「……本当に、その気合いはすごいですよ」
肩を落とし、再び地面に手を付いてがっくりいってしまいそうになる。
そんな時にプリンはぽつりと何かを呟いたようだが、オレにははっきり聞こえなかった。プリンを見つめても何も言ってくれなかったため、さほど重要なことでもないか。
さて、それでも気合だけでどうにかなるほど世界は甘くない。すでに魔王が復活した影響は出ている。
辺りを改めて見回すが、空は分厚い雲に覆われ、大地はひからびている。全ての世界がそうなったわけではないが、魔王復活の地に近い場所はどこもそうなっていることが予想される。これ以上魔王と魔族たちを自由にさせていたら、本当にこの世界は魔族だけの世界になってしまう。
「ほら、勇者さん行きましょう。いつまでもぼーっと見ているだけじゃ返上できるものもできないです。早くぅ!」
プリンが小さな体でオレが羽織っていたマントを引っ張る。まて、首が若干締まりそうになるんだが。
「わ、わかった……! オレはここから再出発だ!」
「はい! 行きますよ!」
引っ張られたマントを直しながらオレは背筋を伸ばして前を見据えた。
確かに、この世界を終わらせてしま……っては、まだない! 限りなく終わりに近い状態にしたのはオレだけど……。
それでも、オレは勇者だ。この世界を救いたい、勇者だからこれからまた頑張るんだ。