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歴史もの

日本における曹操の人気について

作者: しのぶ

 正史はともかく、三国志演義では曹操が悪役であり、中国では伝統的に評判が悪い人物だということは有名ですが、日本では曹操にそれなりの人気があるように思えます。ついでに言えば、始皇帝も中国では伝統的に評判の悪い人物ですが、彼もまた日本ではそれなりに人気があるように思えます。

 日中でこうした評価の違いがあるのはなぜかと考えてみると、それにはこうした歴史について伝えるメディアの違い(漫画やゲームなども含めて)や文化の違いなどが理由としてあげられるかもしれません。


 しかし私としては、そうした要因もあるものの、これについては特に「立場の違い」から来ているのではないかと思います。


 演義において曹操が悪役で劉備がひいきされているのは、いわゆる「判官びいき」がその背景にあるといわれます。つまり歴史上で最終的には勝者となり、権力者側となっていった曹操の魏から司馬懿の晋、という系列に対して、不遇な最後を遂げた劉備の蜀に同情が集まるというわけです。

 これに対して、日本人が曹操が好きなのは日本人が権力が好きだからだ、強者が好きだからだ、なんて言う声もありますが、日本でも伝統的に源頼朝よりは源義経のほうが人気があると思いますし(そもそもそれが「判官びいき」という日本語の由来ですし)、戦国時代でも最終的に勝者となった徳川家康よりは織田信長のように志半ばで死んだ人々のほうが人気があると言っていいでしょう。要するに、「判官びいき」の傾向があるのは日中共に変わらないと思います。(三国志の他にも、項羽や水滸伝の好漢や岳飛のように、中国でも志半ばで死んだ人には人気があると思います)


 ではなぜ日本では曹操に一定の人気があるのかといえば、それは日本人にとっては三国志というのはあくまでも中国という「外国の話」なのであって、「曹操は権力者側で、劉備は非権力者側である」というイメージが薄いためだと思います。


 つまり、三国志演義のもともとの視聴者である中国の人々にとっては、三国志というのは「自分たちの国の歴史」なのであって、中国人は曹操が最終的には権力者側になるということを知っているので、曹操の権力者としての姿が、今現在自分たちを抑圧している中国の権力者とつながってイメージされることになり、それが曹操に対して悪いイメージを作り上げる要因になっているものと思われます。(始皇帝に対して悪いイメージがあるのも、それが一因になっていると思います)

 一方で、彼らは劉備と蜀が(漢の正統を継いでいるのにもかかわらず)最終的には非業の死を遂げることを知っているので、その姿が権力者に抑圧されている自分たち自身の姿に重なり、それが劉備をひいきする要因になっていると思われます。


 これは日本で、源頼朝や徳川家康が権力者としてイメージされ、それとは逆に義経やその他の戦国武将が非権力者としてイメージされるのと同一のことだと思います。そして日本でも、義経のように非業の死を遂げた人々や、時には任侠やアウトローにも人気があるのは、それが「持たざる者」としての自分たち自身のイメージに重なり、そこに自己投影しているからなのだろうと思います。

 中国でも伝統的に、張飛や水滸伝の好漢のような、現実に隣にいたら迷惑極まりないであろう乱暴者が民衆には人気があったりするようですが、それは日本と同じくそこに自己投影しているからで、それだけ彼らの人生が抑圧されてきたということを物語っているのだろうと思います。なお、水滸伝は日本でも江戸時代にはけっこう人気があったようで、伝統的な入れ墨の柄や日本画の題材にもなっています。


 で、そういうわけで中国人にとっては三国志は自国の物語なので、「曹操は権力者側、劉備は非権力者側で、だから劉備に肩入れする」という構造があり、自らをその構造の中に当てはめて物語を見ているものと思われますが、日本人にとっては三国志は外国の物語なので、「曹操は権力者側、劉備は非権力者側」という構造に自らを当てはめておらず、その構造の外から物語を見ており、むしろ物語の語り手によって劉備がひいきされており、曹操は必要以上に貶められているように思われるので、それがかえって曹操が判官びいきされる要因になっているのではないかと思います。


 しかし中国にしても、そのような精神構造が変わる時には曹操への評価が変わることがあり得ます。

 魯迅は曹操のことを評価していたといいますが、魯迅は清末民国初あたりの時代の人で、中国の悪しき伝統に対して多くの批判をしています。毛沢東も曹操や始皇帝を評価していたそうですが、彼もまた中国の伝統を攻撃していますし、またその動きを大いに利用した人でもありました。文革で孔子や中国の伝統が攻撃されたことと、曹操や始皇帝のように伝統的に悪評のある人々が再評価されたこととは、裏表の関係にあるものと思われます。


 清末民国初や文革の時期は、中国の悪しき伝統を捨てて、新しい中国を作ろうという気風があったように思います。それでそうした人々は、積極的に既存の価値観や思想体系の外に出てものを考えようとしていたので、三国志についても従来の構造の外から物語を見ており、物語の語り手によって劉備がひいきされ曹操が不当に貶められていると考え、またそのような従来の精神構造こそが中国の悪しき伝統の一部だったのではないか、またはそれを支えてきたのではないかと考えて、曹操を再評価して従来の価値観をひっくり返したのだろうと思います。

 日本でも、平清盛は伝統的に悪く言われてきたように思いますが、鎌倉時代の不安定な時期には清盛を再評価する声があったようです。また足利尊氏は後醍醐天皇に反旗を翻して武士の時代のもとになったというので、尊皇思想から始まり天皇中心の国ということが国是だった明治~太平洋戦争まではだいぶ評判が悪かったようですが、戦後は再評価されています。こうしたことも、思想の変遷とともに歴史上の人物についての評価が変わる一例だと思います。

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― 新着の感想 ―
[一言]  本で読んだ話で、実際どうなのかは知りませんが。  中国のかたは結構「血筋主義」らしく、劉備はなんだかんだいっても「中山靖王の子孫」という肩書きがあって人気なのだそうです。  日本でも、松…
[一言]  成る程です。  国の情勢や在り方によって、人物の捉え方が異なる言われてみればですね。  三國志では、劉備、曹操、孫権の中では、心情的に劉備になっちゃいますよね。  ま、主役ですし(笑)。…
[一言] 荀彧が好きだったなぁ〜 横山三国志も晴天航路もどっちも好き。 曹操は合理主義者のイメージだよな。 そして抜群の政治的センスの持ち主。 よく織田信長と対比されますよね。 かたや劉備は農民の出世…
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