9 疑問は残るが
魔力の流れを理解した事で今まで単純に感じていた人の息遣いや僅かな気配に追加され、微量だが魔力の流れまで感じることが出来ていた。
俺が感じれるなら、魔力の流れがわかる者には当たり前に感覚なのだろう。この世界では極自然な事が俺にも出来るようになった。これ一つでリスクが軽減されたと喜ぶには早いけど、全くのぬか喜びにはならないだろうな。
おっと、物思いに耽ってる場合じゃない。目を開き、マイトイレと認定した物陰にさっと移動する。やることささっと済ませて部屋に帰らなきゃね。やはり悲しくなるスティックの現状に涙しつつもミッションを完了させた。
「……………」
扉までの短い距離の中、誰かの話し声が聞こえてきた。何があってもいいように扉の前に移動し、扉を開け部屋に飛び込める状況を作り、聞き耳を立てる。
ぼそぼそと聞こえる。どーでもいい内容だったとしてもどこに有用な情報が転がっているか、俺にとっては大事な内容になるかもしれない。
ヒモとは、女の金でダラダラ過ごし、好き勝手遊んでいると世間一般では認識されがちだ。あながち間違っちゃいない。だけどそれだけではない。言いなりになっている女もいるが、感情が当たり前にあり嫌な思いが続けば当然ヒモな男は切り捨てられる。
多かれ少なかれ当然そのリスクを回避する為に男達は女達の機嫌を取る。女が主導権を握っている場合、奴隷同然でヒモをする男達もいる。男が主導権を握っている場合、暴力で縛る可能性もあるが当然のように何かしらの見返りを男も与えている。
優しさ、見た目の良さ、将来性。この辺りは王道といいっていいほどのオプションである。そこに恋愛感情やその先にある結婚等が絡み合い、ヒモというものは成り立っている。
優しさという居心地の良さ、見た目という優越感、将来性という夢や希望、女は多少の不満はあろうと自身の何かを満たしてくれる男に依存する。単なる恋愛でも普通にあることだが、そこに金を渡していることからの独占欲までも満たされる。
私がいないとこの人はダメなんだってやつも大事だったりする。金という武器を渡す罪悪感を誤魔化す為に必要な事だ。
金で主導権を握る。だけど握っているつもりがうまく操られている事にはほぼ気付かない。
俺は管理型のヒモで、その子の一日のスケジュールをこちらで決めてあげ、考えることから開放する。ここは男女問わずにあてはまるが、流されるというのは楽であり、自分で物事を判断し決めるのが苦手な人は結構多い。
親の敷いたレールがどうたら言う奴だっているが、自分の決断後のリスクを恐れて結局何も出来ない奴が多い。みんな人のせいにしたくてしょうがないんだろう。責任は他人にあるって言い訳が欲しいんだな。
そこを俺が誘導してあげることで決断をしなくていい楽な生き方をさせてあげる。自身の判断で進んでいるように感じさせる為、答えが一つしかない物事に、さも選択肢があるように錯覚させ、うまく答えに導いてやる。
自分で決めているようで実は全て俺が用意した道の上を歩いてもらう。そりゃイレギュラーもあるし、知人や友人なんかの助言で失敗することもある。
まー、正直友人の言動でひっくり返ったとしても責めるなんて出来ないし、逆にその友人の事を褒めてやんなきゃならない。
あ、また考えこんじまった。そんな俺が結局大事にしてんのは情報であり、街中でなにげに聞こえてくる会話も情報の一つであり、今後の参考として活用してきた経緯がある。
美味しい甘味の店であったり、流行りの番組、音楽、服飾、雑誌やネットとはまた別の生の声を収集し、使えるものは使う。
それと同じくスラムの中でも最下層なこの場所だとて、聞ける会話は聞きたいわけだ。ちょっと不安があるから入り口で聞こえるなら入り口で聞き耳を立てる。
最初の声が聞こえた位置は変わっており、内容は同じまま順次他のスラム住人の話しかけているようだ。
「おい、ここを抜け出したくないか? 今なら働き口が数件ある」
「な、なんだよおめーは。俺みたいな奴が雇ってもらえるわけねーだろ」
「そんな事聞きたいわけじゃない、お前が働きたいかどうかだよ」
月明かりだけの不安になる夜の世界。静かなこのスラムでは小声だとてよく聞こえる。この状況であれば元々怪しい話は余計に怪しく感じるのだろう。
誘われた男はもうどうなってもいいんだと、その誘いを断っていた。
誘った方はさっさと諦め、また近くの別の住人に声を掛けだしていた。
「聞こえていたかもしれないが、ここを抜け出したくないか? 誰でも出来る簡単な仕事だ」
「………、こんな貧相な体の俺でも出来るってーのかい? 自慢じゃないが数日で餓死しちまうぞ」
「食事は日に2回、寝る場所もある。やる気があるかないかそれだけだ」
「あからさまに怪しいんだが、どうせ野垂れ死ぬ身だ。連れて行ってくれ」
ガサゴソと物音が聞こえるなか、これを食えと誘っていたものの声が聞こえた。ありがてぇと続く声。
「後数人誘うからついて来い」
低めだが男か女か悩む声質。移動を開始したようで扉の前の俺から見える範囲に、フードを目深に被った者が現れそのうしろに二人の貧相な男が続いている。
汚い路上に寝転がる男に先ほどと同じ内容で声をかけ、断られればすぐさま次へ、付いて来るようなら何からしらの食料を渡しまた声を掛け続けている。
さっきからチラチラ俺を見ていたようだが、とうとう俺の前にそいつはやってきた。少し訝しげに俺を眺め、そしてそいつは口を開いた。
「ブホォッ」
吹き出しやがった! すぐに口元を抑え、必死に何かを堪えるその姿を眺め、どこか冷静になる自分がいる。俺のことを笑ったんだろうが、なんだか実感がわかないんだよなー。俺じゃない別の何かを見て笑ってるように感じてしまう。
「お、おい。お前はスラムの住人か?」
「ああ」
そっけなく返す俺にフードの向こうで何か思案している感じのそいつ。
「第五地区に落ちたのは最近か? ちょっとここではありえない体型をしているんだが…」
そう言って後ろを振り返って小刻みに震えだした。小さな声で髪型がとか言っている。
「落ちてきて間もないようだな、まだ向上心は残っているだろう。仕事を斡旋してやるが来るか?」
なんとか取り繕い、小声ではあるが一気に要件を伝えてきた。
「どんな内容か聞いても?」
「ああ、いいだろう。誰でも出来る簡単な仕事だ。ただし、敷地内から出られなくなる」
「簡単なのはいいんだが、具体的に教えてくれないだろうか? それと一生出られないとかか? 死ぬまでとかなら聞く意味もない」
曖昧な内容に軽く釘を刺してやる。そいつの後ろに着いて来ていた住人達も出られないとかどうゆうことだと心配しだしている。
「あー、不安させたようだな。家畜の世話をするだけだ。家畜については現地で確認してくれ。危険はないと聞いているが、詳しくは聞かされていない。それと一生出られないわけじゃない。秘匿性の高い事らしくてね、最低一月は出れないが口外出来ないように契約魔法で縛らせてもらい、外出の許可が出るそうだ」
うーむ、完全に信じられるような内容ではないが、資金稼ぎにはいいかもしれない。しかし、契約魔法は非合法であった場合なにが組み込まれるかわからないから安請け合いはできないな。
「一日20エピス、朝夕の食事付き、雑居部屋だがしっかりとした屋根がある。ここの暮らしに比べれば天国じゃないかな? ただ先に言っておくが、無闇な脱走と口外した場合…」
命の保証はないらしい。ここで不安を煽ってどうすんだと思うところだが、第四区での一般的な日当は50エピス。スラムだとまず稼げない。20エピスでもここじゃ破格の稼ぎと言っていい。
スラムじゃ10エピス稼ぐのさえ困難な状況だからな。
「真面目に働く限りは優遇されているようだな」
「お前のような容姿でも雇ってやる。 ところでお前は本当に人間か? それとも病気か? 病気ならこの話は無かった事にするんだが」
「人間だ。病気でもない」
少し、イラッとするが仕事は欲しい。予定じゃ一週間は部屋にこもるつもりだったが、働いていれば痩せるだろう。しかしまだ聞きたいことは幾つかある。
「ところで…」
「おっと、質問はここまでにしてもらう。来るのか来ないのか、お前が来るならここで締め切りだ」
最後の枠ってことか。慎重に進めたいんだがそうも言ってらんないようだ。こいつが言うことが本当ならばここにいるよりずっといいだろう。
なんだか急展開な気もするが、最悪死に戻る事が出来る俺にはチャンスと言えるかもしれない。
「頼む」
「よし、ならばお前達は私物があるな持って来い。5分で準備しろ。最悪今着ている服だけあれば困らない生活は送れると保証してやる。………ところでお前、名前は?」
なんで俺にだけ名前を聞くんだ?
「ユージという」
「ユージか、その髪型はなんだ? 敢えてそんな風にしているとしても剃らせるからな」
願ったり叶ったりだ。俺自身で処理できない事案だったから丁度いい。取り敢えずナタとナイフ、小銭の入った袋だけは持って行こう。
俺は部屋に入り、手早く準備を済ませると外に出る。
「ゆ、ユージ。今お前どこに消えた? 何もないところに消えて現れたんだが」
何? 消えて現れただと? まさか、ボロ屋自体こいつには見えていないのか。何と言うかボロ屋にはまだまだ秘密があって、本当に俺にしか利用できないらしいな。
しかし、なんて誤魔化せばいいんだ。
「その暗がりの先に私物を置いていたのを取ってきただけだが?」
フードから除く暗い視線は俺を見据え、あきらかに怪しんでいる事が伺える。
「腑に落ちない。例え薄暗くともお前のように目立つものをそう簡単に見失うわけないんだがな」
「そうは言ってもどうしろってんだ。俺にはどうにも出来ないから調べたければ勝手に調べてくれ」
俺の発言にそいつの持つ空気が変わったように感じた。背は俺よりも当たり前に高く、見下すような視線で俺を睨みつけてきた。
「いいか、お前はこれから雇われる立場になる。こちらは雇う側の立場となる。口の聞き方には気をつけて発言しろ。じじいだからと甘くすることはない。これから気をつけろ」
「まだ雇われたって決まったわけじゃないけどな」
俺の返しにあからさまにゴミを見るような視線を向け、今はいいと他に集まりだしたメンバーに意識を向けだした。
消えたどうのから話がそれたし、多少の怒りは気にせずいこう。そうは言ってもさっきの視線にかなりドン引きしてしまった。こいつ結構人殺してんのかもしれないって思わせる迫力はあった。
やはり今後気をつけよう。
「よし、集まったな。お前達については到着後多少の質問をさせて貰うが、概ね雇うことになるだろう。それでは、静かに後をついて来い」
そう言うと返事の確認もせずにそいつは歩き出した。俺を含め住人達は静かに後を付いて行く。どれくらい歩くか知らないが、スラム住人は決まって体力がないものばかりである。それを分かっているのかフードの人物は早くないペースで黙々と歩いている。そして僅か数分後、フードの人物が口を開いた。
「はぁはぁうるさい!」
息切れした俺は呼吸が荒くフードの怒りを買うこととなった。
二時間ほど歩いただろうか。ちょっと死にそうなんだが、目的の場所に近づいたようで、フードの歩みは少し遅くなり程なくして立ち止まった。
歩き出して暫くは、入り組んだスラム街を月明かりでしか見えないとしてもキョロキョロと、少し楽しみながらも歩いていた。だが、10分もしないうちに周りなど見る余裕もなく必死に歩くこととなっていた。冗談抜きで呼吸困難で死ぬ。
汗でビチャビチャの豚に今後需要があればいいのに! とか考える余裕もなかった。
「お前達、ここで静かに待機してろ。そこの豚は呼吸を整えておけ」
ぼんやりとだが外壁が見える。数百メートルも離れていないくらいの距離まで来ているようだ。この辺は少し殺風景な気もするが、代わりに3メートル程の壁に囲まれた広めの敷地が所々にあるようだ。
第五区でも比較的金のある住人のいる地区なのかもしれない。
この暗さにかなり目はなれたようで、壁の一部に門のある箇所があり、そこにフードの野郎が佇んでいる。門に備えついた窓のような箇所で何か話しているようだ。
門が開くのかと思ったが開くことはなく、フードの野郎が手になにか持った状態でこちらに戻ってきた。
「これを被れ」
そう言って俺達に顔を覆うことが出来るくらいの布袋を渡してきた。みな受け取りつつも不安がり、なかなか被ろうとしない。俺も様子見と言わんばかりに袋を片手に待機している。
「いいから従え。いや、まず縦一列に並べ。そして袋を被ったら前の者の衣服を掴め。従わなければここで去ってもらおう」
俺は適当に近くのスラム住人の後ろにまわり、すぐに袋を被って従うことにした。ここで帰れって言われても道わかんないしな。
俺が動き出すと皆それに習って俺の後ろに列をなし袋を被った。合計で6人。皆がかぶり終わったのを確認したフードの声が聞こえる。
「よし、お前はここを持ち後に続け。下手な詮索はするなよ」
多分先頭のやつに何か掴ませたのだろう。俺も前のやつの服を掴み、俺の衣服が掴まれたのを確認したところで、ぎこちなく歩き出した。
ここまで来たんだ。不安になっていても仕方ない。行ってやるさ!
気合を入れたところで背後からつぶやきが、いや、不満が聞こえた。
「うわー、こいつビチャビチャじゃねーか。気持ち悪い」
クソっ!お前に言われたくねーよ!




