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伊古元亜美のショートショート集

笑顔規制法

作者: 伊古元亜美

 ショートショートになります。(2,664字


 昔々あるところに一つの大きな王国と、その王様がいました。

 王様は大層聡明な方で、政治も軍事もこなせる立派な君主として、民からも厚く信頼されておりました。

 そんな完璧な王様ですが、一つだけ悩みがありました。

 王様の一人娘、王国の姫アンシェリーゼのことです。

「おお、愛しのアンシェリーゼよ。そのかわいらしい顔をこの父に見せておくれ」

「はい、お父様」

 アンシェリーゼは今年で14になります。王様に似たのでしょうか。知性と気品を併せ持つ美しい女性に育ちました。

 そんなアンシェリーゼにも、一つだけ大きな悩みがありました。

「ああ!」

 アンシェリーゼは顔を覆って、苦しそうに身を伏せました。王様が即座に振り返ると、控えていた召使の女性が青ざめた顔で立ち尽くしていました。

「貴様、『笑った』な!?」

「もっ、申し訳ありません! 姫様が国王様とお話ししている姿が微笑ましく、つい口元が……!」

 アンシェリーゼは『笑顔アレルギー』だったのです。姫の近くに笑っている人間がいると、痛痒が起こり、間もなく胸が苦しくなるという厄介なものでした。

「ええい! とにかく下がれ! その汚らしい笑みを、娘の前で二度と見せてくれるな!」

 泣きながら召使いの女性が立ち去ると、姫の症状はみるみるうちに治まっていきました。

「おお、アンシェリーゼ! わたしのかわいい愛娘よ。そなたが苦しまぬよう、わたしはあらゆる手を尽くすだろう」

 王様は姫のためならばどんなことでもやる決意でした。彼女の前で笑うこと以外なら……。



 しかし王様の決意とは裏腹に、アンジェリーゼの症状は度々起こるのでした。

 というのも、姫はいつもニコニコとしていて人当たりが良く、また人々とお話しすることを好んでおられました。そのため姫と話したものは例外なく、自然と笑顔になってしまうのです。その都度、姫は発作に見舞われました。

 これに大層お怒りになったのは王様です。王様は姫に発作を起こさせたものたちをすべて監獄へと送りました。結果、姫とお話しするものは誰もいなくなってしまいました。

「アンシェリーゼよ。なにか欲しいものはないか? お前のためならば、たとえどんな辺境の地のものであろうとも、取り寄せてみせるとも」

「では、お父様。一つお願いがございます。わたしはお父様以外の話し相手が欲しゅうございます。この離れでたった一人、誰とも会わずに過ごすのは、ひどく寂しいものでございます」

「アンシェリーゼよ。たとえお前の頼みでも、それだけは応えられない。お前と話したものはみな笑顔になってしまう。他人の笑顔はお前を苦しめる。お前の苦しみはこの父の苦しみでもある。人を笑顔にするのはお前の生まれついた才能だ。だがその才能が今やお前自身を苦しめている。わかっておくれ」

「才能などと、大層なものではございません。現にお父様は、わたしの前ではお笑いになってくださらないではありませんか」

「それは、お前を苦しめぬためだ。父にとっての最上の喜びは娘の笑顔だ。だから、わたしの代わりにお前には笑っていてほしいのだ」

「わかりました、お父様」

 しかしその日を最後に、王様が姫の笑顔を見ることはありませんでした。



 その後姫の発作は起きませんでした。しかし姫から笑顔は失われ、心身ともに弱っていくばかりでした。

 そんなあるとき、再び姫は発作に見舞われるようになりました。近くには誰もいないにもかかわらず。

 王様は原因を突き止めるため、王宮に賢者を召喚しました。

「賢者ウィストルガノスよ。お前を呼んだのはほかでもない。娘の症状が止まらない原因を教えて欲しいのだ」

「わたくしごときには身に余る光栄に存じます、国王様。恐れながら、姫君の病状は他に類を見ないものでございます。しかし、お話を拝聴しますと、症状の悪化こそがその一番の原因と存じます」

「症状の悪化だと? どういうことだ?」

「おそらく姫様が症状を催す対象範囲が広くなったのではないかと存じます。つまり、今までは姫様の視界内に笑顔の人間がいなければ、発作も起きませんでした。しかし、もし離れから距離のある王宮にいる人間の笑顔にさえ反応し、発作を催すようになればどうでしょうか」

「なんということか。王宮で誰かが笑うたびに、アンシェリーゼは苦しまねばならぬというのか」

 王様はすぐさま王宮内で笑うことを禁じました。すると姫の症状も治まりました。誰かの笑顔によって、姫が苦しむことはあってはならないのです。

 しかしそれも長くは続きませんでした。再び姫の症状が現れたのです。王様は再び賢者を呼び寄せました。

「もはや王宮だけでは不十分と存じます。この国に住まうすべての民から笑顔を取り除かぬ限り、姫様が苦しみから解放されることはないでしょう」

「致し方ない。それで娘が救われるのであれば」

 王様は笑顔規制法を作ると、国土全域にわたって人々の笑顔を禁じました。

 


 栄華を極めた王国はすっかり様変わりしました。かつては豊かな物資にあふれ、人々の笑顔が絶えなかった風景はもはや過去のもの。今や人々は笑顔を見られて弾圧されることを恐れるあまり、外に出ることもなくなってしまいました。

 王国から笑顔がなくなったことで、姫の症状は治まりました。しかし、人々を次々と弾圧する王様に対して、民の不満は高まっていきました。

 あるとき、ついに人々の怒りは頂点に達し、クーデターが起きました。王宮に対して、武器を持った民が襲いかかってきたのです。

 王様は軍隊を率いて戦いました。しかし軍内部にも王様の独裁に不満を持つものが多くおり、戦いは王様の劣勢となりました。

「アンシェリーゼ! アンシェリーゼよ!」

 王様は折りを見て離れにいる姫に会いに行きました。

「どうしてこんなことになってしまったのか。私はただ、娘の幸せを願っていただけだというのに」

 王様が語りかけると、寝台に横たわっていた姫が突如苦しみ始めました。それは久方ぶりの発作だったのです。

「……なんということだ。もはやこの国には笑顔の人間などいないはずなのに」

 王様は涙を流しながら姫の体を抱き寄せました。

「私は娘のために民から笑顔を奪った愚かな王よ。もはや戦うべき理由もない」

 その後、王様は降伏しました。

 かつてこの国に栄光をもたらした王の最後は、守るべき民によって討ち滅ぼされるという結末でした。

 こうして国を統べる王はいなくなり、人々は自らの手で国家を運営するようになりました。

 王の娘であるアンシェリーゼ、その行方を知る者は誰もいません。

 

 こうして王様は愚王としていつまでも語り継がれましたとさ。ほんとに愉快な話だね、あっはっは!


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