表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オロの勾玉  作者: 柳瀬 真人
7/10

第六幕

 「どうする?  このまま乗っていくかい?」  ヒサシゲは、油で汚れた手を手ぬぐいで拭いながら尋ねた。


 「えっ、いいんですか?」  馬移駆(バイク)に跨り、乗り心地を確認しながらカイトが答える。 


 「ああ、かまわないよ」


 「じゃ、そうします」


 ヒサシゲが腕時計をチラリと見る。  短い針は一二時をさそうとしていた。


 「そろそろお昼だね。  どうする?  ご飯、食べていくかい?」


 「あ、いえ、せっかくなんですけれど、これで失礼します。  (うち)で用意してくれていると思うんで」


 「そうかい。  それじゃ、運転には十分、気を付けて帰るんだよ」


 「はい、わかりました。  今日は、ありがとうございました」  


 カイトは、ヒサシゲにペコリと頭を下げながら礼を言うと、馬移駆(バイク)を押しながら工房の外へと出た。


 馬移駆(バイク)に跨り起動素位置(スイッチ)を押す、蒸気炎振(じょうきエンジン)が駆動音を立てながら起動すると、排気口から勢いよく蒸気が噴き出しはじめた。  把取(ハンドル)を握り、握競(アクセル)を徐々に回していく。  すると馬移駆(バイク)は、ゆっくりと発進しだした。


 去り際にもう一度ヒサシゲにペコリと頭を下げる。  


 そして、笑顔で見送ってくれているヒサシゲの元を後にした。


 馬移駆(バイク)の調子は、すこぶる順調のようだ。  蒸気炎振(じょうきエンジン)は心地よい一定の律動を刻みながら稼働し、車輪に動力を伝えている。


 町の山側に沿って舗装された石畳の車道を、蒸気機関の三輪車や四輪車に交じって軽快に走行する。


 夏の太陽に照らされた山々の緑葉は、活き活きと輝いていた。


 町中に入ると、ちょうど昼時のせいもあって、あちこちの飲食店が人々で賑わっていた。


 斑鳩(いかるが)は、港町とあって新鮮な魚介類を味わうことができる。  


 そして、貿易の中継地点でもあるので様々な商品が蒸気船で運ばれてくる。


 そのせいもあって一年中、町中は人々で賑わっていた。 


 さらに一年の中でもっとも斑鳩(いかるが)の町が人々で賑わうのが毎年夏に行われる綿津見祭(わたつみさい)だ。


 斑鳩(いかるが)には、綿津見祭(わたつみさい)の起源になったと言われる伝承がある。


 その昔、この海域一帯で不気味な現象が起きた。


 ある夜、水平線にポツリと不気味な炎が出現した。


 その炎が日に日に増えていき水平線が炎で覆われた。


 そんな不気味な現象が起きた日から突然魚が全く取れない日々が続いた。


 まるで海から魚が消えてしまったかのように。


 漁師達は、海の神様がお怒りになったせいだと思った。


 人々は、水平線に浮かぶ多数の炎を海の神様、綿津見(わたつみ)様の使いなのだと考えた。


 そこで人々は綿津見(わたつみ)様の怒りを鎮める為、供物を捧げる事にした。


 (いにしえ)から神に通ずると云われている巫女を供物として。


 供物として捧げられた巫女は、一人小さな小舟に乗せられると炎が灯る水平線へと消えて行った。


 すると不気味な現象は起こらなくなり、魚も海に帰って来たという。


 この不気味な現象は度々起こり、その度に巫女は供物として捧げられた。


 そして、長い長い年月が経った今では綿津見祭(わたつみさい)と言う祭事に変化した。


 この祭事の最大行事といえば、毎年斑鳩(いかるが)の町人達から投票で選ばれた巫女役の女性が、数十人が担ぐ豪勢な神輿に乗せられ町中を練り歩くというものだ。  この行事は、海の神である綿津見(わたつみ)様に巫女を供物として捧げる様を模したものらしく、大漁祈願を願う行事らしい。  


 この祭事は綿津見(わたつみ)神社が中心となって毎年おこなわれている。


 馬移駆(バイク)に乗ったカイトは、歩いてカラクリ屋に向かった時の三分の一ほどの時間で綿津見(わたつみ)神社へと帰る事が出来た。


 鳥居の近くに馬移駆(バイク)を止めると、石段を上がって井戸へと向かった。


 眼鏡を取り、手や顔についた油汚れを井戸水で洗い落とそうとした。


 「やっぱり冷水じゃ油汚れは中々おちないな」


 母家の離れにある風呂場のお湯で油汚れを洗い落とそうと思い立ち、風呂場へと向かう。


 引き戸を開いて風呂場の脱衣所へ入ろうとした、その時だった。


 「へ?」  カイトは、間が抜けたような声と同時に体が硬直し思考が止まってしまった。


 視界に映るのは、濡れた長い黒髪に蒸気する艶のある白い肌、ほのかに火照った顔からは滴がしたたり落ちている。


 そこには一糸まとわぬ女の人が立っていた。


 綺麗な(ひと)だと思った。

 

 二人の視線が合う。

  

 そして、境内に悲鳴が響き渡った。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ