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オロの勾玉  作者: 柳瀬 真人
2/10

第一幕

 落ちてゆく、どこまでも、どこまでも。


 手足を動かしてみる。


 動かせない……体に力が入らない。


 目を開けてみる。


 何も見えない。


 闇だ……漆黒の闇。  


 見渡す限り……どこまでも。


 落ちてゆく、どこまでも、どこまでも。


 ああ、そうか。


 夢だ。


 これは夢なんだ。


 闇の底から何かを感じる。  


 何かは分からない。


 でも、確かに何かを感じる。


 得体のしれない恐怖を感じる、とてつもない恐怖を。


 落ちてゆく、どこまでも、どこまでも。


 まだ、この悪夢から目を覚まさないのか?


 もう、たくさんだ!!  誰でもいい、助けて!!  お願いだ!!


 これは夢なんだろ?!


 早く覚めろ!!  覚めろ!!  覚めろ!!  覚めろ!!


 落ちてゆく、どこまでも、どこまでも。


 これは夢じゃないのか?!


 嫌だぁ!!  助けてぇ!!  誰かぁ!!  誰かぁ!!






 「…………い」


 声が聞こえる。


 「…………なさい」


 聞き慣れた声。


 「カ……ト…く…ん…おきなさい」 


 とても優しい声。


 「カイトくん!  おきて!  おきてちょうだい!」


 僕は、その声に導かれるように悪夢から抜け出すと、パチリと目を見開き慌てて上半身をおこした。


 あぶら汗でぐっしょりと身体が濡れている。


 「大丈夫?  また、うなされてたわよ」


 「……ヒビキさん」  カイトは心配そうにこちらを見つめている女性を見上げた。


 「だ、大丈夫です」 


 「本当に大丈夫?  顔色が真っ青よ」  ヒビキは割烹着から手ぬぐいを取り出すと、あぶら汗で濡れているカイトの顔を優しく拭ってあげた。


 「あっ、すみません。  ちょっと嫌な夢を見ちゃって、はは……」  はにかみながらカイトは答えた。


 「そう、それならいいんだけど……。  それじゃ、もうすぐ朝食の用意が出来るから顔を洗ってきなさい」 


 「はい」  カイトは頷き、部屋を後にすると境内の隅に建てられている家屋を出て井戸へと向かった。


 年季のはいった汲み取り式の井戸の取っ手を上下に動かす、するとゴポゴポと音をたてながらキンキンに冷えた地下水が流れ出した。


 蛇口の下に頭を持っていき、冷水をかぶりながら顔を洗う。


 悪夢を見たせいか、顔を洗い終えてもどこかさっぱりしきれずモヤモヤした気分が残る。


 生ぬるい潮風が肌を撫でた。


 海岸沿いに造られた町、斑鳩(いかるが)


 この綿津見わたつみ神社は高台に建てられているので、ここからは町と海の美しい景色が一望できる。  


 耳をつんざく蝉の鳴き声の中、ふと空を見上げた。


 青空に浮かぶ真っ白な入道雲の隙間からは、輝く朝日が昇り始めている。


 此処で世話になって何回目の朝日だろうか。


 それにしても、あの悪夢は一体何なのだろうか?


 同じ悪夢を何回と見ただろう。


 眠るのが怖くなるほどの恐怖を感じる。


 ただの夢なのに。


 ウジウジと悩んでいても仕方がないと思い直し、頭を振って濡れた髪から滴を飛ばした。


 飛んだ水滴は地面に触れると見る見るうちに乾いていった。


 「よう!  おはようさん!」


 うるさい蝉の鳴き声にも負けぬ明るい声に呼ばれ、後ろを振り返る。


 狩衣かりぎぬ姿の老人が、気だるそうに竹ぼうきを肩に担ぎ、白い顎髭を撫でながら歩いて来た。


 「おはようございます。  シグレさん」 


 「なんじゃい、そんな辛気臭い顔して」


 「いえ、ちょっと嫌な夢を見ちゃって。  はは……」


 「ゆめ?  ゆめって、あの夢か?  くだらん、そんなもんで落ち込んでんじゃねぇよ!」  シグレは、カイトの胸元を竹ぼうきの柄でつついた。


 「そんな事より、そろそろ朝飯ができる頃だろ。  そんなつまらん事は孫娘の美味い飯で腹いっぱいにして忘れちまえ。  ほれ、さっさと行くぞ。  飯だ、飯!!  かっかっかっ!!」  シグレは大きく口を開けて笑いながら家屋に向かって歩き出した。


 「はっ、はい!」  


 そうだよな、シグレさんの言うとおりだ。  しょせん夢、たかが夢だ、ウジウジ悩んでいてもしょうがない、忘れよう、忘れるんだ。


 カイトは紅い瞳で、また青空を見上げた。


 入道雲が形を変えながら浮かんでいる。  


 気のせいだろうか、朝日がより眩しく輝いているように見えた。


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