「恋のライバルがハイスペックすぎて勝てる気がしない」
「何を言い出すかと思えば」
週末の居酒屋。二人席に座る二人の男。くせ毛に無精ひげの、居酒屋が似合ういかにもな中年男性と、金髪青目で筋肉質の居酒屋が場違いな白人青年。そんなちぐはぐな二人が、ビールジョッキ片手に話していたのだが、中年の方がかなりくだを巻いているようだった。白人青年は流暢な日本語で事情を聞く。
中年は、花神楽高校で養護教諭をしている深夜霧。白人青年は同高校の体育教師、アレックス・ラドフォード。
「花子のことで何かある度に飲みに誘われて話に付き合う私の身にもなってほしいものだね」
「話せるの先生くらいなんですよぉ…頼みますよ…」
「珍しいね、霧がそんなに酔うなんて」
「酒…飲まずにはいられない…」
「花子の受け売りだろうそのセリフ。元ネタ知ってるのかい?」
「漫画か何かだろ?」
「で?何があったんだい」
深夜はまた一口ビールを飲むと、神妙な顔をした。
「3年に西野隆弘ってのがいるだろ?」
「ああ、いるね」
「あいつがどうやら…花子にアプローチをかけてるらしいんだ」
「…あぁ、『恋のライバル』っていうのは、そういうことか」
「だってそうだろうが!あいつ校内でいっつも女子に囲まれてるくらいモテるんだぞ?しかも超御曹司ときたもんだ。天が二物も三物も与えまくったやつがライバルだなんて…俺に勝ち目があるかよぉ…」
「大丈夫だ霧、彼に手を出したら花子が捕まる」
「そういう問題じゃねぇよ。あいつなら合法的になるまでアプローチし続けるに決まってる」
「知らなかったね。だが、彼が女子を撥ねつける理由が分かったよ」
「あと…これ最近今更分かったことなんだけどな…」
深夜がさらに暗く淀む。人生で最も最悪なことを思い出したような顔だ。
「俺…花子より身長低いんだよ…」
「え?あれは花子がヒールだからじゃないのかい?」
「花子175cm、俺172cm……」
「あぁ……」
「それに比べてあいつは195cm…花子がいつも履いてる10cmヒールがあったってまだ高い」
「私より背が高いからね。すごいよ彼は」
「俺だって小っちゃいわけじゃねぇんだぞ!?男なら170ありゃあ平均的じゃねぇか!」
「そうだね」
「でもよぉ…今度冬休み前にクリスマスダンスパーティなんてもんがあるだろ…?」
「あぁあるね。私も今体育の授業でダンスの授業を…」
「俺だって花子と一曲くらいって思って練習してるってのに、いざ花子と並んで、俺の方が小さいことを堂々と晒すことになったら、これ以上の屈辱は無ぇ…!」
「礼装なら花子は確実にヒールを履いてくるだろうからね、その差は歴然なものになる」
「事実で傷を抉らないでくれ…」
深夜は力なく呻き声を上げながら、ジョッキを持ったままテーブルに突っ伏した。
「こないだ女子が話してるの聞いたんだけどよ、西野の奴ダンス超うまいらしいじゃねぇか。ペアになったらしい女子がめっちゃ自慢してたぞ」
「確かにうまいね。両親や周囲の環境だろう」
「ほんともうあいつハイスペックすぎて困る…俺どうしたらいいんだ…先生、せめてダンスのいい先生教えてくださいよ…」
「私じゃ不足かい?」
「男相手にやったって意味ねぇだろ。あ、でも花子喜びそうだな…」
「霧、いくら酔った勢いとはいえ、なりふり構わな過ぎるのもどうかと思うよ」
これは一晩中話に付き合うことを覚悟しなければならないだろう。アレックスはそう思った。