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優しい世界での1日 学園

 「ではお兄様。またお昼に」


 「…………」


 コクりと頷き、春は自分の教室である3-Bに向かう。

 

 大屋敷兄妹が通う、私立紋花(もんか)中学は、幼稚園から高校までのエスカレーター式の学校である。

 小学校まではいい所のお坊ちゃま、お嬢様ばかりだが、中学校からは一般家庭の子供も多く入学する。

 設備も非常に整っており、生徒は心地よい学園生活を送ることができる。


 


 「…………」


 春は教室に着くと、窓際の席に腰を落ち着ける。

 そして、習慣となっている朝の読書を始め、本の世界に没頭する。

 

 ……10分ほど経った頃だろうか、聞きなれた声が彼を現実に戻す。


 「よっ! (はる)! 今日も早いな~」


 「…………」

 

 春は静かに本を閉じる。

 そして、軽く微笑みながら、首を縦に振りいつものように挨拶を返す。

 一連の動作を終えた後、彼はチャットアプリ「ライフ」に書き込みを行う。


 『大地(だいち)が遅いだけ』


 「ええ! そうかぁ? 5分前登校が当たり前っしょ」


 「……」


 30人いるこのクラスで、5分前登校をするのは大地と残り数名程度だろうと思いながら、春は苦笑いをした。


 「そんな当たり前は大地だけでしょ! 毎回春が楽しそうに本を読んでるのを邪魔してー」


 「邪魔って挨拶は仕方ないだろ! 庵子(あんこ)はどうしてんだよ」


 「私は春が本を読む前に挨拶するか、誰かが話しかけた時に挨拶するもん」


 「せけえ! 春に嫌われたくないからってよ」


 「私の癒しだもん。そりゃ嫌われたくないよ~。ということで、おはよう! 春」


 「…………」 


 「はあ……春。こういう女とは付き合うなよ? いいように使われちまうぜ」


 『衝撃。庵子とはもう付き合っていた』


 「マジか!? 全然そういう素振りなかったじゃねーか! こういう時はおめでとうって言えばいいのか!?」


 『冗談……冗談』


 「マジか!? いや、どっちなんだよ!」


 「冗談に決まってるでしょー。大地は毎度騙されすぎ」


 「はあ~なんだ冗談か。これから2人とどう付き合っていけばいいか、考えちまった」


 『そーりー』


 「それと春も大地の事を騙しすぎ。本当に付き合った時面白くないでしょ……ね?」


 「………………!」


 最後の一言は春の耳元で囁くように言った。

 心臓の音が早くなるのを感じる。初心(うぶ)な春にとって、こういった冗談は否応なしに反応してしまう。

 実際にどういった気持ちなのか気になり、庵子をじっと見る。

 橙色のオーラを纏った彼女の姿が見え、見事に楽しんでいるなと春は思った。それと同時に大地の言ったことは間違っていないかも、と。


 春は頬を赤く染めながら一言

 『勘弁』


 「ごめん、ごめん! でも春の反応は相変わらず可愛いな~胸がキュンとしちゃうよ」


 「あ~それは俺もわかる。春の仕草はなんか可愛いよな」


 「うわ~前から怪しいと思ってたけど、やっぱり春のこと……」


 「ち、ちげえよ! そういう意味で言ったんじゃ――」


 「授業を始めるぞ。今立っているやつらは、早く座らないと欠席な」


 「げっ、先生が来ちまった。じゃあまた後でな」


 「あっ大地! 逃げたな~あとで話を聞かせてもらうんだから」


 騒々(そうぞう)しく2人は自分の席に戻っていった。

 春は、次の授業の準備をしながらふと先程の会話を思い出し――

 自然と笑顔になっていた。




 2限も半分が過ぎた頃、春はとても暇そうに教科書を眺める。

 2限の授業である歴史は、彼の好きなものであり、得意な科目であった。

 ならばなぜ暇そうなのか? それは教科書の内容を隅々まで勉強してしまったからだ。

 春にとって、その行いは勉強というよりも趣味に近いだろう。


 「……」

 

 春は暇に耐え切れず、クラスメイトを見る。特殊な能力でだ。

 

 桃色のオーラを纏った人が3人いる。その中には大地もいた。嬉しいこと……多分えっちなことを考えているのだろうと、春は判断した。

 赤色のオーラを纏った人は……5人いる。結構多い。授業中に怒るようなことはあまりないだろうし、授業前に何かあったのかなと春は考えた。

 橙色のオーラを纏った人が6人いる。何が楽しいのかまではわからないが、いい事だ。

 青色のオーラを纏った人が……4人いる。その中でも隣の席の子は色が濃い。


 春は気になり、ノートの切れ端に『何かあった?』と書き、隣の席の桜井(さくらい)君に渡す。


 彼は苦い顔をしながら紙に書き返し、春に渡した。


 『お腹がやられちまった……』


 なるほど。確かにそれは辛いと春は思った。


 『トイレに行けばなおる?』


 『多分……だけどちょっとな……』


 彼はこのクラスの中心的な人間だ。どちらかといえば大地に近い人間だ。しかし、春は知っていた。

 彼には恥ずかしがり屋な面があることを。


 『桜井君は保健委員だよね?』


 『ああ』


 『なら頭が痛いふりをして、保健室に行くから、桜井君は付き添いで来て』


 『! すまない。頼むよ』


 ならば早速、と春は手を上げる。


 「あら? 大屋敷(おおやしき)君どうしましたか?」


 春は立ち上がり、頭を指差しながら頭を回す。

 そして凄い痛いんですよ~と言わんばかりに、手で顔を隠しながら苦しそうな表情をする。

 多分間抜けな姿なんだろうなと、春は思わずにいられなかった。


 「えーっと頭が痛いってことでいいのかしら?」


 「そうなんですよ! 大屋敷さっきから辛そうな顔をしてて」


 「隣の席の子が言うなら間違ってなさそうね。なら大屋敷くん。保健室に行ってきていいわよ。誰か付き添いで行ってくれるかしら」


 「あっ俺が春を連れて行きますよ」


 春と席が離れているというのに、大地がすかさず手を挙げる。

 彼のいい所だが、今回は裏目に出ていた。

 

 「いやいや、俺が連れて行きますよ。隣の席ですし、大地は歴史が苦手なんだし大人しく受けとけよ? なっ!」


 「ぐっ確かに歴史は苦手だけどよ」


 「そうですね……では桜井君、大屋敷君を連れて行ってあげてください」


 「はい!!」


 「……桜井×大屋敷←太田(おおた)ありね」 


 彼は今日1番の返事をし、春と一緒に廊下へ出る。

 教室を出る間際、クラスメイトが何か呟いていたが、春には何を言っているのかわからなかった。


 「本当に助かったよ! 大屋敷! これで最悪の事態にならずに済んだ」

 

 春は常備しているメモ帳を取り出し、書き込む。

 

 『困ったときはお互い様』


 「勉強にしろ、助けられてばかりだな。今度しっかりお礼をさせてくれよな」


 『楽しみにしてる』


 「ああ! それにしてもよくわかったな。上手く表情を隠してたつもりなんだけど……」


 「……」


 春はどう返答したものかと迷いながら


 『桜井君は、自分で思ってるよりわかりやすい』


 「そうなのかぁ。自分じゃわからないものだな。あと2年も一緒のクラスなんだし、君はつけないでくれると嬉しいんだが。俺は大屋敷って呼び捨てにしてるしさ」


 「…………」


 『桜井』


 「そうそう。呼び捨てにしてくれた方が、俺は嬉しいよ」


 彼は笑顔でそう言う。

 春は実際にそうなのか気になり、彼をじっと見る。

 確かに先程の青色ではなく、桃色のオーラを纏っていた。

 そこで気付く。彼はトイレに行かなくて大丈夫なのか、と。


 『トイレに行かなくて大丈夫?』


 「あっ……つい教室から解放された喜びで忘れてたけど、意識したらお腹が……! またあとで!」


 「…………」


 コクりと頷き、走っていく彼を見送る。

 彼の色はまた青色に戻っていた。言わない方がよかったかなと春は考えながら、保健室に向かった。




 「春! 大丈夫だった?」


 「おっ戻ってきたんだな。安心した。これから飯を食う前に、保健室に行こうって話をしてたんだぜ」


 「…………」 


 春は首を縦に振り、心配ないよと微笑む。

 念のため「ライフ」のグループ「いつものメンバー」にも書き込む。

 向日葵にも知られてしまうが、構わないだろうと春は判断した。


 『大丈夫。心配してくれてありがとう』


 「よかった~。なら、向日葵も待ってるだろうし学食に行こう?」


 「今日は何食べっかなーガッツリとデラックス定食にでもするかな……あっ! 春君は今日もお弁当かい?」


 「…………」


 「よしよし、まだ頭が痛いだろう? 俺がその弁当を食べてやるよ」


 「……!」


 渡すものかと春は首を横に振るう。


 「えーケチ。菫さんお手製の弁当食べたかったのによ」


 「……」


 春はため息を吐きながら


 『少しだけね』


 「よっしゃ! サンキュー春。早く学食に行こうぜ。楽しみだな~」


 「もう大地は…………その、私もちょっといい?」


 「…………」 


 仕方ないなと苦笑いしながら、頷いた。

 今日はお弁当だけだと足りなさそうだから、パンでも買おうかなと春は思った。




 「お兄様、庵子、大地さん、お待ちしてました。席は取ってありますので、ご自身の昼食を買いに行ってきて大丈夫ですよ」

 

 「向日葵ちゃんは春と同じで気が利くね! じゃあ売り切れる前に行ってくるかな」

 

 「ありがとう~向日葵。じゃあお言葉に甘えて……春は何かいる?お弁当の件もあるし、ついでに買ってくるよ」


 庵子の気遣いに感謝しながら、「ライフ」に書き込む。


 『クリームパン』


 「りょうかいー。じゃあ行ってきます!」


 「ではお兄様。私達は先に席の方へ行きましょうか」


 「…………」


 コクりと頷き、同意を示す。


 「ふふっ、今日はお兄様の好物だそうですよ」

 

 「…………!……」


 春はやった。と思ったが、同時に今日はお弁当を食べられる予定があることを思い出し悲しなくる。

 そして思う。

 今の自分は何色なんだろうか? と。

 



 「デラックス定食って凄い量よね……見てるだけでお腹いっぱい」


 庵子はハムサンドを食べながらそう呟いた。


 「そうか? 男ならこれぐらい普通っしょ! なっ? 春」


 「……」


 春は首を横に振るう。

 ハンバーグにステーキ、目玉焼きとコロッケ2種、そして唐揚げ。極めつけに、大盛りのご飯とお味噌、そしてスパゲティとサラダ。

 春にとっては、量もだが、揚げ物で胃がもたないと思った。

 これを食べる人は、同じ人間なのだろうか? 同じ人間なのだろう。大地は人間だ。

 春は尊敬と恐怖の念を込めながら大地を見た。桃色のオーラを纏っており、実に幸せそうだ。


 「お兄様は食が細いですから、この量は厳しいでしょうね」

 

 「そうだよ。大地と比べたら可哀想――あっ思い出した! 大地が朝言ったこと、ちゃんと説明してよね」


 「朝言ったこと……? ってまだ覚えてたのかよ」 


 「どうしたんだですか?」


 「聞いてよ、向日葵~。朝大地が、春って可愛いよなって言ったんだよ。これってもう……」


 「“仕草”が可愛いって言ったんだよ! 深い意味はねえ!」


 「ふふっ確かにお兄様は可愛いですから。今年はまたバレンタインのチョコが増えるかもしれませんね」


 「ちょっと向日葵ちゃん!? それって俺が春にチョコを渡すって言いたいのか!」


 「春ってモテるもんね~男女から。ついに大地も仲間入りかぁ」


 「……」


 「渡さねえよ! 俺と春は貰ったチョコを競い合う中であって、渡し合う仲じゃねえ」


 「大地じゃ勝ち目ないんだから諦めなよ。向日葵、去年春ってチョコ何個貰ったっけ?」


 「私達と菫さんのを含めると……12個程でしょうか? 内訳を言うと、女性7個、男性が5個です」


 「……」


 おかしい、なぜこんなにも男子から貰うのか? とカカオ99%のチョコを食べたような顔を春はする。

 

 男といえば……去年は忙しく作ってなかったが、例年春の“父親”が手作りチョコを作り、春に渡してくる。

 何を思って作ってるんだろう? と考えてしまうが、美味しいしまあいいか、と春は考えるのをやめた。


 「もう~ふふっ本当に春ってばモテるよね。羨ましい~」

 

 「お兄様がモテると、妹の私としても誇らしいですよ。ええ、本当に……ふふ」

 

 「……」

 

 「ライフ」に書き込みを行う。


 『笑い事じゃない』


 バレンタインは春にとって、嬉しくもあり、頭を抱えたくなるイベントなのだ。

 

 「で、大地は何個だった?」


 「うっ……うっせえ! こういうのは男同士の秘密のバトルなんだよ! 女には教えられねえ」


 「…………」


 春は軽く手を挙げながら、5本、指を立てる。


 「春ぅ!?」


 「へえ~私達のを除いて2個も貰ってるんだ。思ったより……ってああ家族か」


 「その……大地さん、チョコの数が男性の価値を決めるわけではありませんよ?」


 「さっきの発言のせいで説得力ないよ! 向日葵ちゃん…………春ぅ!バラされた恨み、お前の弁当を食べることにより晴らしてくれよう」


 「……!」


 一瞬で春の弁当箱は、大地の手に収まっていた。

 そして躊躇なく食べる。

 大地は怒っているのだろうか? とじっ見る。橙色……この状況を楽しんでいるようだ。

 

 「…………」


 怒ってなくてよかったと春は安心した。

 それと同時にご飯どうしようと悩んだ。


 「今のはお兄様がいけませんよ? お弁当を食べられてしまっても仕方ありません」


 「……」


 「ですが、反省しているようなので……どうぞ私のを食べてください」


 「……」


 悪いよと春は手を横に振る。


 「私はお腹が空いていませんし、お兄様の悲しい顔を見るほうが辛いですから」


 『じゃあちょっとだけ』


 「ええ、どうぞ」


 「2人の関係って小学生の頃から変わらないよね。こら、大地食べ過ぎ」


 「す、すまねえ。美味くてつい全部食べちまった。変わりといっちゃなんだが、何か食べるか?」


 『クリームコロッケ』


 「ははっ、春も好きだな。ほいよっと。それにしてもなんで俺ってモテねえんだろう」


 『ありがとう。モテないのはえっちなこと考えてるから、あと1年の時の』


 「エッチなのは仕方ねえだろ! 1年のについては俺も反省してるよぉ」


 「ああ~1年のは致命的だよね。ただでさえ奥手な女子が多いのにあれは……」


 「大地さんには申し訳ありませんが、あれは擁護できません」


 「女子に言われると堪えるな……高校に行ったら気をつけねえと」


 「もう今年のバレンタインは諦めてるんだね。妥当な判断だと思うけど……あれを知らない女子なら可能性あるんじゃない?」


 「ええ、大地さんは人付き合いも良いですし、身長も高くて、サッカー部のエースだったんですから大丈夫ですよ」


 「へへっ、そう言われると行ける気がしてきたぜ」


 「…………」


 切り替えが早いのは大地のいい所だと春は思った。

 調子に乗りやすいのは悪いところだが。


 『調子に乗ったらだめだよ』


 「おっととそうだな。あの過ちも調子に乗ったのが原因だしな……あーやめやめ! そうだ、今日の放課後遊ばね?」


 「私はいいけど、何するの?」


 「春が好きそうなクリームたっぷりのクレープ屋を見つけたんだよ! まあ俺の目当ては、そこで働いてる女の子だけどな」


 「へえ、私も久々に食べたいかも。いい情報を教えてくれたから、突っ込まないであげるね」


 「…………!」


 「お兄様、ご夕飯を残してはいけませんよ?」


 「…………!!」


 もちろんだ! と激しく首を縦に振る。


 「ふふっ、では私達も一緒に行かせて頂きます」

 

 「よしっ放課後が楽しみになってきたな。時間もあんまねえし、早く飯食べちまおうぜ」


 「ご飯残ってるのは大地だけなんだけどね。じゃあ皆先に行こっか」


 「ちょ、庵子薄情だぞ! それにしても3人とも食べるの早いな」


 「……」


 「あっ春悪かったよ。だから、な! 待っててくれよ。1人じゃ寂しいぜー」


 「…………」


 春は仕方ないなと苦笑いしながら、頷いた――

 


 

読んで頂きありがとうございます。

もう1話で完結となりますので、お付き合い頂けたらと思います。

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