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Dense Fog  作者: 神代一樹
00:05 神崎木葉
3/10

18:50 天宮壮介

目を覚ますと暗闇に包まれ、横たわっていた。


・・・ここは?


僕は必死に思い出そうとする。最後の記憶は木葉と一緒に歩いていた。幼馴染であり腐れ縁で親友の神崎木葉。彼女は壮介たちの学校ではちょっとした有名人だった。陸上で全国大会優勝、成績も優秀で容姿端麗。人当たりもよく彼女は男女問わず人気だった。好意を抱くものも少なくない。まさに人間の良いところを集めた様な人間だった。壮介は神崎木葉が好きだった。幼少の頃から一緒に居る壮介にとって木葉は姉のような存在だった。そんなある日、学校の図書室で【黒百合の伝説】と言うタイトルの見つけた木葉は僕にとある話を持ちかけた。それは自分たちの住む町の近くにそびえ立つ黒百合山の伝説だった。


「一緒に【黒百合の伝説】っていうの調べてみようよ」と言われた。


当初、僕はそんな怖いことはしたくない、と拒否しようと思ったが、満面の笑みを浮かべている彼女の顔を見ると断ることができなかった。じきに夏休みを迎えるという事もあって渋々その提案に乗ることにした。


「じゃあ、8月15日朝の10時に私の家に来て」


木葉はそう答えた。


「わかった」


僕は返事を返した。待ち合わせをして、二人で山に登った。そして霧に包まれて遭難、気を失った。これが最後の記憶だ。


目が闇に慣れて、しだいに周りが鮮明に見えてくる。神社だ。かなり古ぼけた神社の参道に横たわっていたようだった。腕を動かすと関節が軋むような痛みを発する。なにがあったのだろうか。僕は痛む体に鞭を打ち立ち上がろうとするが、うまく力が入らない。


(こういう時冷静にならなければ・・・。木葉は何処だ?)


近くにあったほうきを杖代わりに立ち上がった僕は周りを見回した。神社の境内は朽ち果て、いつ倒れてもおかしくないような状態だった。空はどす黒い雲で覆われていて太陽の光が入ってこない。昼なのか夜なのか分からないぐらいだった。


視線をはるか上空から石段の方へ向ける。そのとき、背筋が凍りついた。下にある民家がとても小さかった。いや、民家が小さいわけではない。いま、自分の居る神社が高いところにあるのだ。ゆっくりと眼下の集落を見渡す。廃村なのだろう。壊れかけの民家や墓石、荒れた田畑が空の黒色と混ざり合い、とても異様な雰囲気を醸し出していた。背筋に冷たいものが走る。


「そうだ、木葉っ!!」


自分の隣にはもう一人いたはずだ。必死に呼びかける。が、返事は無い。声は無情にも闇に飲み込まれるだけだった。携帯電派の存在を思い出し、ポケットから取り出すものの、圏外で電波が入らない。


「木葉ァあ!」


もう一度大声で名を叫ぶ。風が吹いて、草木が揺れる。神社の右方の草むらに人影がある。木に向かって立っていた。


見つけた。


僕は人影に向かって走る。が、それは間違いだった。残り1メートル程になったところで人影がゆっくりと振り向いた。つんっと鼻腔を刺激する匂いがした。生臭い。足が止まる。早く木葉を連れてここから離れなければならない。しかし足が動かない。鼓動が早くなり、呼吸が荒くなる。


人影は人間ではなかった。人間の形をした‘ナニカ’。両目からは真っ赤な血を流し、右腕は肩から無かった。半袖のシャツは血で赤く染まり、滴り落ちている。一番目を引いたのはその頭だった。額の辺りがゴッソリと欠けていた。そこからは脳みそと思われる肉片がグチャグチャと不快な音を立てて落下する。


「う、ああ・・」


情けないことに、僕は動けなかった。恐怖で足が硬直してしまった。異形は足元に転がっていた一丁の拳銃を掴みあげると大きく吼えた。まるでオオカミが仲間を集まるかのように。


逃げなきゃ。


頭の中が警鐘が煩いほどに危険を告げる。


mm半自動拳銃セミオートマチックガン。引き金を引くごとに一発ずつ弾丸を発射、排莢、再装填を自動的に行われる銃。なぜ日本の山奥に落ちているのかは分からないが、それは人を打ち殺すために最適化された拳銃だった。


親指が撃鉄ハンマーを引き起こす。人差し指が引き金にかかる。人間の反射神経と言うものなのだろうか、無駄なのに思わず両腕で頭を庇い両目を強く瞑る。僕は死を覚悟した。あの意味の分からない化け物に何度も身体を撃ち抜かれて殺されるのだろう。まぶたの裏にその光景が鮮明に浮かび上がってくる。


恐怖が一気に噴き出した。


カチカチカチと、まるで火付けの悪いライターかのように、僕の奥歯が恐怖に鳴り始めた。その姿は完全に、完璧に負け犬の姿だろう。自分でもそう思う。


そして銃声が響いた。


僕は驚いて目を開けた。最初、自分が撃たれたのだと思った。なにせ、目の前の銃口が自分に向いていたのだから。だが、火薬の匂いも撃たれた痛みも無かった。


顔に赤黒い液体がかかる。銃口が逸れていく。重い音を立てながら目の前の化け物は停止する。化け物の首から上が無かった。頭部を丸ごと吹き飛ばされていた。銃声は木霊して空気を揺らす。


「・・・たす、かった?」


緊張の糸が切れ、全身から力が抜ける。もう何も考えられない。そんな気力は残っていなかった。


「オイ、オマエ。生きてっか」


後ろから声がかかる。髪も瞳もコートもパンツも靴も全て黒く、影みたいな男だった。肩には、いまだ硝煙を上げる狙撃銃が担がれている。つまりこの男が化け物を撃ったのだ。


「ちょっと、お兄ちゃん!そんな威圧的でどうすんの」


男の後ろからソプラノの声がした。一人の少女がひょっこりと顔を出す。真っ白い髪が揺れる。不自然なくらいに白い髪の少女は男の前に出ると手を差し伸べた。


「ごめんね、お兄ちゃんが脅かしちゃって。大丈夫、怪我ない?」


「へ?・・あ、ああ」


僕は間抜けた声を出しながらも差し延べられた手を取り、立ち上がる。不思議と足はもう震えていなかった。男は辺りを警戒するように見回すと、全てを飲み込むような漆黒の瞳が僕を捕らえる。


「オマエどうやってここに来た」


僕が何か言う前に男が質問した。少し頭に来たが、その言葉は妙に敵意を帯びているように感じる。現にいつでも最速で戦闘態勢に移行できるよう構えている。明確な敵意。


「どうしてお兄ちゃんはそう高圧的なのさ!」


「こんな化け物がうようよ徘徊しやがるとこに無傷の状態で居やがんだ。恋歌もちっとは警戒つーモンをしやがれ」


「怪しいのはあたしたちも一緒でしょ!」


突然始まった兄妹喧嘩は、僕を置いたままぎゃあぎゃあと続いた。理性と常識を主張する黒と、それを否定し己の勘と人間性を主張する白。兄弟と言うものに憧れていた僕は少しだけ羨ましいと思った。


「んで、なんでテメェは笑ってやがんだ」


男はギロリと睨む。背筋が凍る。僕は無意識に笑っているらしかった。慌てて弁明するがそれは無意味に男の警戒心を高めただけだった。どうしてこうなったのだろうと激しく後悔した。


*****************


日が落ちると共に火が熾された。パチパチと小気味の良い音を立て、薪が勢いよく燃え盛る。赤い炎が辺りの闇を少しだけ払う。小さな太陽は少しだけ僕の恐怖を焼き殺した。


「ふぅん」


白髪の少女はゆらゆらと揺れる炎を頬杖をついて見ている。


「じゃあ、君は消えた木葉って人を探してるんだ」


「確かに此処にいるはずなんだ。よく分からないけどそう思うんだ」


「それは確約できんのか?弾数だって限りがあんだ。闇雲に走り回ってたらジリ貧だぞ」


黒いコートの男が薄目を開け、僕の右手にある拳銃を指す。その目は先ほどと違って敵意は無かった。根気強く弁明したおかげでなんとかライフルで撃ち抜かれるのは回避できた(30分以上かかったが)。


「村の地図が欲しいので、取り敢えず役場に行こうと思います」


「地図、か。一理ある。役場ならあるだろうな、この村はだいぶ広そうだし地図は必須だろう」


黒いコートの男は空を見上げる。煙草の煙がモクモクと空へ登っていく。反対に僕は手元の拳銃に目を落とす。


鈍い銀色の光を放つ狂気。人を殺すためだけに最適化された凶器。普通の生活では絶対に関わる事のないモノ。手がわずかに震えている。こんなものを、今自分が持っていることがひどく怖かった。手の震えがばれない様に手をポケットの中に入れた。何故だか少しだけ落ち着いた。


「ねえ」


突然、白髪の少女の億劫そうな声が聞こえた。


「その私たちの目指す役場ってどこにあるのさ」


「・・・・」


残酷な沈黙が下りた。


「「「・・・・」」」


僕は知らない。だってさっきここに来たばかりだから。黒い男も気まずそうに視線を漂わせているし、質問を聞く限り彼女も知らないのだろう。それっきり沈黙が場を支配権を握り、朝であろう時間まで沈黙は続いた。



そして夜が明け、真っ暗な朝がやってきた。



依然として暗雲は空を覆いつくし、太陽の光は遮られる。精々、少し明るくなったくらいだろうか。懐中電灯を使わないとろくに移動できないのが現状。だが、役場に行くことは変わらない。地図は必要だ。


「それじゃ、早く行こうよ、お兄ちゃん・・・と・・・えっと」


言葉が詰まる。そこで僕はまだ自己紹介をしていなかったことに気づいた。


「言い忘れてた。天宮壮介です。あの、あなたたちは・・」


徐々に声が小さくなっていく。僕の人見知りな性格が憎らしいと激しく思った。しかし、二人の気分を害してはいないようだった。白髪の少女はコホン、とわざとらしく咳ばらいをした。


「私は如月恋歌、そっちの全身真っ黒は私の兄で如月裕樹。改めてよろしくね!」


白髪の少女、恋歌は口調とは裏腹に、丁寧にお辞儀した。それと同時に彼女の綺麗な白髪が懐中電灯の光を浴びて煌めく。奇術師じみた挨拶はもちろん、ここまで艶のある髪を見たのは木葉以外初めてかもしれない。


「如月裕樹だ。よろしく」


コートと同じ真っ黒な皮袋に包まれた右手が差し出された。握り返すと革の手袋は、ヒンヤリと冷たかった。そう思った瞬間、ガクンと引っ張られる。


「のわっ」


そのまま思いきり引き倒された。腕を掴まれたままだったから、背中から地面に叩き付けられた。なんなんだ、いきなり!


そう思った次の瞬間、一発の銃声と共に何かが勢いよく通り過ぎる音が聞こえた。


「なんなの!」


恋歌の憤怒の声が聞こえた。だが、返事したのは銃声だった。


それは一発で終わらなかった。続けて二発、三発、四発、五発と、銃声が木霊した。


「ちいッ!」


裕樹さんは僕の右手から拳銃を奪取すると、銃弾の飛んできた方向へ二発威嚇射撃をおこなう。それと同時に僕らを自身の後ろに隠す。


「伏せてろ!」


木の陰に一瞬だけ黒い影が見えた。鉄のようなにおいが漂う。あいつらだ。さっきの奴は頭を吹き飛ばされていたから別の個体なのか。話し声に釣られて来たのだろうか。裕樹さんは影の居た場所へさらに銃弾を一発撃つ。


ギチギチと、グチャグチャと、不可解な音が聞こえる。互いが互いの位置を把握できずに膠着状態が生まれる。


裕樹さんの顔は、一番最初に会ったときよりも険しく、恐ろしかった。その黒い瞳は敵意と殺意が満ちている。


「今から三秒数える。俺の言ってる意味が分かるのならばそれまでに銃を捨てて出てこい。さもなくば、鉛玉ばら撒くぞ」


明確な殺意。


裕樹さんの構える拳銃が不気味に光り輝く。銀色の光が煌めく。


「一、」


親指で撃鉄を引き起こす。


「二、」


右足を少し後ろに引き、両手で標準ポイントを合わせる。


「三!」


一瞬だけ見えた影に向かって宣言通り弾をばら撒いた。ドンドンと火薬が空気を揺らす。


それと共に、空薬莢が小気味の良い音を立てながら石段の上に落下する。しばらくすると弾倉マガジンに入っている弾丸が切れたのか、遊底スライドが後ろに引かれた状態で動かなくなった。


「チっ、クソが。こんな時に弾切れかよ」


小さく憎らしげに呟き、空になった拳銃を放り捨てる。そして後ろにいた僕と恋歌の手を掴む。


「逃げるぞ」


「「のわっ!」」


そうして僕ら三人は、暗闇の中へと駆けていく。一刻も早く、安全な所へ行くために。


僕は見逃さなかった。僕らの遥か後方で、裕樹さんが銃弾を放った方向に爛々と真っ赤に輝く紅い瞳が僕たちを見ていたという事に。


*****************


「随分と、不気味なとこですね・・・」


「言うな。ここしかなかったんだから仕方なかろう」


僕は目の前の学校らしき二階建ての廃墟を眺めていた。窓ガラスは全て粉々に砕け散り、壁には所々焦げ跡のような煤が残っていた。


「さあ、入るぞ」


裕樹さんは扉を開くと無言で歩いていく。その後を追って恋歌も校舎の中へ入って行った。僕は心の奥底から湧き出る恐怖心を押し殺し、ゆっくりと足を踏み入れた。



ジメジメとした空気に、歩くたびに舞い上がるほこり。床はいつ抜けてもおかしくないくらいに腐っているから走ることもできない。懐中電灯は木葉が持っていたために僕は持っていない。もう1メートル先すらも見えない。手探りで進んで行くしかなかった。


入って数分で僕の心はどん底まで沈む結果となった。


「ほら、早く。こっちだよ」


いきなり腕を引かれる。少しだけだが真っ白な髪が見えた。どうやら遅れていた僕の腕を恋歌が引っ張ってくれているらしい。その温かな手は少し頼もしかった。


しばらく腕を引かれながら歩いていると、とある引き戸に辿り着いた。その扉だけは妙に綺麗で、うまく言い表せないが何かを近づかせない威圧感みたいなものを放っていた。


「ここだよ」


扉を開ける。


「ここが私たちの拠点だよっ」


恋歌は僕に会い注伝統を渡すと後ろに回り込み、グイグイと僕の背中を押し始めた。懐中電灯を点灯し、辺りを照らす。


その部屋は思いのほか広かった。教室二個分くらいはあるだろう。部屋の中央にはほこりの被った机がぽつんと置かれていて、一番奥の壁には天井につくほど大きな本棚が立っていて、その全ての段に分厚い本がぎっしりと詰まっていた。


僕は本棚に向かい合うと、その中から一冊の本を抜き出した。白いほこりが舞い散る。真っ黒な本で背表紙はもう掠れてしまっていて読めない。ズシリとした重さが腕に伝わる。広辞苑くらいの厚さだった。表紙をめくる。白紙。一枚目をめくる。白紙。二枚目。白紙。三枚目。白紙。パラパラとページを捲って いくと全て白紙だった。驚くほど真っ白だった。


「なんの本?」


僕の隣に立って恋歌が言う。


「よく分かんないよ。だってほら」


恋歌の目の前で何枚かページを捲って見せる。


「全部真っ白なんだよ」


僕は本を本棚に戻した。突然、戸が開いた。


「「ひいっ」」


「なに情けねえ声出してんだ、お前ら」


懐中電灯を入り口の方へ向けると裕樹さんが立っていた。真っ黒なコートのせいで暗闇と同化していて幽霊のように見える。少し怖い。


「脅かさないでくださいよ」


「わりい」


声が無機質すぎる。謝ってないですよね、それ。


「ほれ」


裕樹さんはいきなり何かを僕の足元へ放り投げた。それは銀色に輝く一本の大きなナイフだった。刃渡りは80センチくらいあり、刀のようにも見える。拾い上げると拳銃よりもずっしりとした重さが伝わってくる。


「なんですか、これ」


「刃物」


「そりゃ見れば分かりますよ」


何言ってんだこいつ、みたいな目で僕を見つめる裕樹さん。僕はバツが悪くなって目を逸らしてしまった。


「お前の拳銃はさっき俺が使っちまったからな、代わりになるモン探してきた。銃器には劣るがそれ以外のやつ相手なら勝てるだろ」


この刀はどうやらさっきの拳銃の代わりらしい。とてもありがたかった。さすがに丸腰っていうのは避けたかったからこの武器は頼もしい。お礼を言わなければ。慌てて頭を下げる。


「えっと、ありがとうございます」


「気にすんな」


それだけ言うと裕樹さんは窓の淵に腰かけて空を見上げた。真っ黒なコートが風になびいていて少しカッコ良かった。


その時、スピーカーから大音量のサイレンが流れた。まるで地の底から響き渡るような、不気味で不快な音。文字にしてしまえば『音』の一文字で住んで済んでしまうが、実際はそんなものでは済まなかった。サイレンは空気を震わせ、僕たちの鼓膜を叩く。耳を塞いでも何も変わらない。脳味噌をかき回すようなサイレンは何かに歓喜しているかのように思えた。


「なんだ、ありゃ」


裕樹さんが苦しげに空を見上げ、指さす。


そこから覗いていたのは、血を浴びたかのように真っ赤に染まった月が爛々と輝いていた。

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