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全ては安住のため  作者:
絶望希望ニューゲーム
9/32

冒険者達と迷宮

 グル大陸ではある噂が飛び交っていた。

 科学が、魔術の微々たる補助として位置づけられる世界であっても、情報伝達手段というのは人類にとって無くてはならないものである。そのため、例え電子通信機器が無くても、魔力信号による伝達、また情報を売り買いすることを生業とする情報屋の存在、さらに、情報を生命線とする冒険者たちにより、その噂はあっという間に広がった。

 新たなダンジョンが発見された。それだけなら別に珍しいことでもない。しかし、今回はわけが違う、一晩にして同時に数十というダンジョンが出現したというのだ。

 今まで、この世界の歴史を振り返ってみても、そんな出来事は存在しない。ダンジョンという、魔物の巣窟の存在を好むものは、冒険者の中でも好戦的で、平凡な日常に唾吐くような物好きくらいだろう。一般人にとってダンジョンは、ダンジョンの中で命を落とす人間も多いことから、大切な者を奪う冥界の入り口のようなものなのである。

 しかし、ダンジョンは基本的に偶発的に出来るものであるとされている。それが今回は大量発生だ。

 一般人は、この世の終わりかと悲観した。

 冒険者たちは、新たに出現した身を焦がすようなスリルの予感と未知への好奇心、そして、まだ見ぬ宝に心ときめかせた。

 このグル大陸では、情報や物資、そして優秀な人材は、ほとんどが中心の街へと集まる。なぜならば、入り組んだ河川や、大陸中に散らばる複雑な形状をとる湖が優れた水路として存在し、さらに過去の開拓者たちによって切り開かれた効率的な陸路によって、出発点と到着点がどこであれ、容易に移動が出来るようになり、グル大陸に蜘蛛の巣のように展開されるルートによって、遠路を行く時に大抵は中心の街を通ることとなる。物流に最も効率が良いのも、自然、中心部となるのである。そのために、中心の街ではさまざまな地域の人が居て、亜人や人外も集まり、文化交流が盛んなのだ。中心の街は別名冒険者の街とも言われ、大手の冒険者ギルドが数箇所存在する。交通の便も良く、異文化理解のあるこの街で、多くの冒険者たちは依頼を受注し、生活している。

 しかし、冒険者というのはいわば己の肉体一つで行う仕事である。それだけに自己管理が求められるわけだが、いかんせんだらしのない者も多く、ギルドの酒場にはいつもへべれけに酔った冒険者たちが転がっているのが日常なのだが、今日は皆そんな場合ではないとせかせかと動き回っていた。

 それは情報交換だったり、ダンジョン探索の誘いであったりと目的はさまざまだ。

 ここにも一人冒険者が居る。

 アカネ=マーガロッドもダンジョンに挑む冒険者の一人。

 燃えるような朱色の髪を一つに束ね、瞳はにらんだものを射殺す猛禽類のように鋭く、金色に輝いている。焦茶色の地味なドレスアーマーを身に纏い、槍を傍らにギルドの机に腰掛けていた。

 そこは、彼女のメンバーがいつも集合する定位置で、今日は特に待ち合わせはあるわけでもないが、ダンジョン同時出現の噂を聞けば、彼女のメンバーがギルドに集まるのは当然であると考えているのだ。

「やあ、アカネ。やっぱりもう来ていたか」

 アカネは声の主を見る。アカネに話しかけた青年は、その青い髪をたなびかせた。中性的な整った顔立ちをしており、さわやかで人を安心させるような、そんな柔らかな笑顔を浮かべている。標準的なアーマーを装着し、腰のベルトにはロングソードが鞘に納まっていた。

「ソラか、当たり前だ。あの噂を聞いて血が騒がないものは冒険者ではない。貴様もあの噂を、もう聞いているだろう?」

 男勝りな固い口調でたずねるアカネ。これが彼女のデフォルトの口調であるらしく凛とした態度にとてもよく似合っている。

「うん、まあね……ダンジョンの同時出現、か。まったく、何が起こっているのやら……」

 ソラは額に手を当て、やれやれと言った風にため息を吐く。

 しかし、同時にスッと細められた目は、確かに冒険者としての強さを秘めており。纏っている空気は一瞬、張り詰めた糸のように緊張する。

 アカネも、ソラのそういった冒険者然とした様子を見て、うなずきながら話を続ける。

「ああ、こんな事は今まで起こったことがない。間違いなく異常事態だ。我等がダンジョンマスターも、急遽、様々な支部と連絡を取り合って、ギルド上層部は朝から騒然としているらしい。上層はかなりこの事態を危険視しているようで、近く特別対策組を発足するようだな」

「へえ、やっぱり、それだけ大変なことなんだろうな。ということは、もしかして冒険者に迷宮探索禁止令でも出てるのかな?」

「まさか、冒険者なんていつ死ぬとも分からない人種に、そんなお触れが出るわけなかろう、それに……そんなのが出たとして、冒険者たちが探索をやめるわけがないだろう?」

「その通りだな。でも、今回のダンジョンは本当に謎が多いな。偶然に、こんな同時期にダンジョンが出来ることなんてありえないだろうから、今回のダンジョンは十中八九、人造のダンジョン。しかし、ここまでの数とまでなると」

「ああ、何か、かなり大きな意思が働いているとしか思えんな……」

 二人は予想もつかない、大きな意思について考察する。

 ――まさか、人智を超越した存在が動いたわけではあるまい。

 二人がしばし沈黙し、原因を考えていると、一人の男がアカネの背後から近づき、彼女の背を勢いよく叩いた。

「ひぎゅっ! ……っ、貴様かキーロ!」

「はっはっは! 何やら唸っていたようだったのでな、もっと肩の力を抜くのだぞアカネ嬢!」

 キーロと呼ばれた男は快活に笑う。ニメートルを越すかという大男で、日に焼けた肌とくすみ痛んだ短い金髪、盛り上がった筋肉は、彼の頑強さを一目で分からせる。タンクトップのような着衣で、鋼のブーツとガントレットの他には、大した装甲はしていない。彼は自身の筋肉の鎧に信頼を置いているようで、過剰な装備は余計にスピードを奪うだけと判断した結果だ。さらに特徴的なのは、背負っている大きな戦斧。守りより攻めという意気が伝わる風貌だ。

「キーロぉ……私は前も言ったなぁ……挨拶代わりに背中を叩くなと! 私は貴様のような筋肉馬鹿とは違うのだ! 気を抜いていたら普通に痛いのだからな!」

「はっはっはー! アカネ嬢はいつも眉間に皺を寄せているからな。リラックスさせてやろうと、気を使ってやっているのだ」

「いらん気遣いだ!」

 怒り心頭のアカネをいなすキーロは、わがままな子犬をあやす青年に見えなくもない。

 こんないつものやり取りをしていると、キーロの巨体の影からひょっこりとフードが覗く。

「お、おはよう。アカネさん、ソラさん」

 オドオドとキーロの後ろに隠れて話しかける少女は、背丈と声色から、十と十五の間の齢と言ったところだろうと推測できる。体のほとんどがローブマントで隠れており、フードの隙間から覗く濡れたガラス玉のような瞳と、絹のように細く滑らかなプラチナブロンドの髪から、かなり愛らしい見た目であることが分かる。彼女が両手でひしと持っている己の背丈ほどありそうな魔法杖は、少女が持つにしてはかなり厳しい物に見える。

「やあ、おはよう。キーロにエイロちゃん」

「相変わらず兄にべったりだなエイロよ、貴様からもこの困った兄様にきつく言っておいてくれ」

 ソラは朗らかに、アカネはまだ悔しいのか頬を膨らませながら返事する。

 エイロは困ったような笑みを浮かべる。

 さて、と。アカネが日常の空気を少し引き締めるように、声を諌めて、他三人の注目を集める。

「さて、これで全員そろったな。チーム『龍狩』」

 不揃いに見える四人。ただの仲良しグループにも見える四人。

 しかし、その実態は、『龍狩』と呼ばれる高位冒険者チーム。

 チーム名は、名は体を示すと言うように、チームの実力に見合ったものでなければギルドや周囲に認可されない。

 その中で、『龍』を『狩』った。と名乗れるチームである点で、この四人の実力は、あらかた伺い知ることが出来るだろう。

「何も言わずとも集まったということは、やはり、ダンジョン探索に出かけるのは決定だな」

「ま、そりゃあ僕らは冒険者だからね。最近は簡単な依頼しかなかったし、冒険者として退屈していたところだ。こないだの大赤熊の討伐依頼も、そんなに骨の折れる仕事じゃなかったし」

「大赤熊、か……ああ、確かに、そうだったな……今の私にとって全く恐ろしくなかった」

「問題は、どこのダンジョンに行くかって事かな。今回同時出現したダンジョンは十を超えると訊いたしね」

 龍狩のメンバーの会話は、自然、仕事の話に流れが変わる。

「俺が聞いた話では、嘆きの森と最奥の毒土に、その類のダンジョンが数多く固まっているということだったが」

 キーロがそう提案するが。

「ならそこにするか? いや、しかし、少し遠いな……最短でも片道四日以上は掛かる。それに、その二箇所の噂は私も良く聞いた、ということは、最早そこに向かった冒険者も多いと言うことだ。容易に取れる財宝は先に取られているだろうし、森や毒土方面の優れた交通手段は、もう大分少なくなっているのではないか?」

 アカネがそう反論した。

 この世界には、電力や熱、蒸気を使うような乗り物が存在しない。乗り物の駆動力をまかなっているのは、生物の脚か魔力かのどちらかなのである。魔力を使った乗り物は、運転手が魔力を直接供給しなければいけないため、目的地に着くまでに疲弊してしまう。なので、大体の冒険者は生物の脚を利用した乗り物を使う。

しかし、生物には個体差がある。重いものを乗せるのが得意な個体、短時間なら高速で動ける個体、長時間で餌も少なく進む個体、それぞれである。

この中心の街では、多くの乗り物貸し業者が居るが、このような大規模で早い者勝ちになるような噂が出回った日には、早く強い乗り物引きの生物は大体が借り切られてしまう。

「そうなると、森や毒土とは違う方角に行くほうがいいな。……あまり知られておらず、尚且つ噂のダンジョンがあるところは……」アカネが顎を手にあて考える。

ここでソラが手を挙げて言う。

「ここに来る道すがら、昔馴染みの情報屋に譲ってもらった噂だと『不明の遺跡』ってところにもダンジョンが現れたらしいよ」

「遺跡? ああ、郊外にある、歴史的価値も微妙なあそこにか……あそこなら、そうだな、一日も掛からないな、夕方より前には着きそうだな」

「でも冒険者たちにはあまり出回ってない情報だから、今から行けば僕達が一番乗りかもね、その情報屋も僕にしかまだ話していないらしいし」

 未踏の迷宮に第一歩を刻めるかもしれない。また、そこにある宝をさっさと収集出来るかもしれない。四人の胸のうちに差はあれど、そんな感情が湧き上がっていた。

「なら、まあ決まりだな。よし、では遺跡に行く事にしよう。レベルが高すぎると判断した場合は即刻退却だ。無理はするな。さっそく、脚の調達と荷物の再確認、武器の最終調整をしておいてくれ、準備が整い次第向かうぞ」

 四人は互いの拳を重ねた。


***


「おはようございます! あら! 『龍狩』様御一行ではないですか! 今日はどういったご用件でしょうか?」

 花のような笑顔を咲かせて、ギルドの受注受付嬢はアカネ達を迎える。

「ああ。ダンジョンへと向かいたい、迷宮探索許可をもらいに来たのと、目的地までの交通手段の借りつけ、だな」

「了解しました! では『迷宮探索願』と『騎獣借用手続代行許可証』を必要項目に御記入の上、提出していただけますか?」

「これだ、しかし、貴様も大変だな。どこの受付も今日は埋まってしまっている」アカネが既に記入済みの書類を手渡しながら、辺りを見回す。実際、いつもならばすぐに受注が可能なのが、自分たちも少し待たなければならなかった。

「はい確かにお預かりしました。もう、そうなんですよお……私も早朝から働き詰めで、流石の私もちょっとグロッキーって感じですう……今日なんて私、本当は仕事、お昼からだったんですよぉ」

 受付嬢は額に手を当て、大きなため息をつく所作をしつつも、受け取った書類に目を通し、テキパキと仕事をこなしている。

「本当にお疲れ様、でも受付さんもすごいよね、このギルドで一番仕事が速いのは君なんじゃないのかな?」ソラも心底感心しつつ、受付嬢に労いの言葉を掛ける。

「ふわあ! もう、ソラさんからそう言っていただければ私もう感無量です!」

「どう、今度一緒に飯でもいかない? 奢るからさ」

 ソラは仲の良い者同士、一緒に食事に行くのは当たり前だと思っているし、彼女の頑張りを褒めてあげたいという純粋な気持ちで誘ったのだが、それに対して隣のアカネの眉がピクリと動く。

「おい、ソラよ。貴様の手の速さは受付嬢の仕事並だな。最近、ソラの恋人を自称する人間が増えているが、貴様一体何人毒牙に掛けた?」

 言葉の端に怒気が香っている。

「え! いや、ちょっと待ってくれ。なんだその不名誉な噂は! 僕はそんなことしていない、断じてしていないぞ、信じてくれ!」

「ふん、どうだか……」

 むくれ面になったアカネを、ソラが宥めている。

 キーロはそれを見てニヤニヤと笑い。エイロもフードの下でニマニマと笑っていた。

「うふふ、お誘いありがとうございます。ですけど、私は今勤務中ですので、申し訳ありません」

「そっか。残念だな」

「あ、もちろん。プライベートな時間に誘っていただければ、私、喜んでいきますので! 今度は私がお休みの時に誘ってくださいね!」

「分かった、そうするよ」

 と言っても、受付嬢が休みの時なんて見たことがないんだけどなぁと頭をひねるソラ。そして、とりあえず計画が破綻したことに、胸を撫で下ろすアカネだった。

「はい。完了しました。えーと、こちらが『迷宮探索許可証』で、こちらが『騎獣予約引換証』、それでは、一応『ギルド加入証明書』をご提示ください」

 四人はそれぞれギルドカードを出す。

「はい、大丈夫です。これらの書類をお渡ししますね。細かい規約は青いギルドボードに張ってあるのでよく読んでおいて下さいね」

「ああ、いつも丁寧にありがとう」アカネが言う。

「いえいえ! 私もいつも楽しみにしているんですよ! 『龍狩』パーティの活躍を! ご武運を祈っております!」

 受付嬢は大きく手を振って『龍狩』を見送り、そして次の冒険者の手続きに入った。やはりプロだなぁとパーティメンバー一同が思った。

 ギルドを出ようと出入り口に向かうと、その間に顔見知りの冒険者から声を掛けられる。

「おお、『龍狩』が集まってんじゃねーか! これは今からダンジョン行きかな?」

 お調子者の冒険者が声を上げれば、周りがチラとアカネ達の方を振り向く。ここらの界隈でもかなり有名なパーティなため、冒険者たちは「ああ、あの『竜狩』じゃないか」と言った感じで彼女たちを見る。

「これは、帰ってきたら、また晩餐会かなー?」

「今回はダンジョンに行く奴が多いからよ、デカイ晩餐会になりそうだな、龍殺しの話を、またしてもらうことになるぜ」

「ってことは、キーロの長い自分語りが始まるじゃねーか、耳栓買っておかないとな!」

 気の良い冒険者達がおちゃらけた事を言う、「何おう」とキーロやソラも言い返す。しかし、言葉の中にアカネ達の旅出を鼓舞するかのような気持ちが入っており。ふざけ返すキーロやソラも、それに対する礼を言っている意味合が多い。

「まあ、気をつけていけや」

「『龍狩』だし、『鮮血の舞姫』が居れば、なんとかなると思うけどよー」

 アカネ達は背中から聞こえてくる声に応え、振り返らずに小さく手を振ってギルドを出た。

 ギルドの騒音の中で、アカネ達を茶化していた冒険者たちはまだ会話を続けている。

「……なあ、さっきの『鮮血の舞姫』ってなんだよ、アカネさんの二つ名は『龍狩』だろう?」

「何、お前知らないのかよ? アカネさんにはもちろん『龍狩』の二つ名も持っているけど、それの他にも呼ばれてる名があるんだよ、まあ、マイナーだけどな」

「ちょっと、由来くらい教えろよなー」

「良いぜ。まあ、アレはあの人の戦闘見ないと分からないだろうけど、一度でもアカネさんの本気の戦闘を見れば分かるぜ」

 語る冒険者は、その時のことを思い出すかのように目をつぶる。

「自分の血と、相手の返り血を浴びながら、目は爛々と輝いて、いつもの男勝りなあの感じがなりを潜めて、色気ある乙女が踊っているかのように槍を振るうんだ。あの茜色の髪と鮮血が散る中、舞うように戦う彼女はまさに『鮮血の舞姫』だよ」

 語られた内容を参考に、頭の中で色気ある乙女のようなアカネ=マーガロッドを想像したが、出来なかったので諦めた。

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