地の底で……魔物研究
部屋は大分住めるようになった。
光源もランタンではなく、このゲーム世界オリジナルの発光する鉱石を天井に設置し、昼のような明るさに。食事用の机や椅子。寝床も用意した。
マイも自分のセンスが問われるインテリアに相当張り切ったが、自分達の置かれている状況を考え、Dをあまり減らさないようにやりくりをしていた。将来は良いお嫁さんになるタイプだ。
こちらの世界に来てから五日目。
二人は大分この穴倉生活にも慣れてきていた。
トレードによって、かなりの量の、この世界の書籍を取り寄せ、この世界の文字と文化の勉強をしていた (マイは元からある程度の設定は知っていたが、オリジナルの言語がちゃんとあったのは意外なようだった)。
概ね順調のように見えたが、しかし、マイはどうしても払拭できない不安が募っていた。
残り二十五日で、このダンジョンは地上に強制的に開放されることになる。グラフィックマップを見れば、そこには二十四個の赤い点が記されている、それが何を示すかといえば、つまり自分達以外のダンジョンは場所を決めているということだ。もうすでに、ダンジョンの内装の設定や、魔物、罠の配置などを行っているのだろう。
しかし。肝心の、このダンジョンマスターはといえば。
最近ウィークの研究しかしていなかった。
「何やってんのよ、アキラー!」
「うおっ!?」
望月の後頭部にマイがドロップキックを放つ。ピクシーなので普通の人間のように助走、跳躍、蹴りではなく。加速飛行、蹴り、のため、その威力は弾丸のように絶大だ。
「もう嫌! なんでこの大変な時期にずっとウミウシモドキのことばっかり見てるのよ。しかも今、ダンジョンと呼べる空間が、この部屋しか無いから! あなたの呼び出した魔物が部屋の隅っこにドンドン溜まっていってるの理解してんのかぁ!」
怒りが頂点に達していたらしいマイは。部屋の隅にいる魔物を指差して言った。
そこにはゴーレム一体、レッドバグ一体、マッドリーフ一体。ウィーク三匹が命令によって動かずにそこに居た。
威圧感たっぷりの土塊人形に、巨大な昆虫に、病気にかかっているかのような樹、巨大ウミウシ。マイのがんばったインテリアを、まとめてぶち壊すオブジェであった。
「落ち着けよ、マイ。これは必要な事なんだって」
「何が必要よ! 何をするかと思ったら『魔物同士を戦わせる』なんて趣味の悪い事をしだして!」
そう、この五日間。彼は様々な対戦カードで魔物たちを戦わせていた。
現在行われているのはウィーク七匹対スライム一匹だ。
傍からは、七匹の巨大ウミウシが、粘り気の強い水溜りに群がっているようなシュールな図にしか見えないが。
「良い!? 私達が今しなきゃいけないことは、ダンジョンを作ること! 二十五日後までダンジョンを地上に繋げなきゃ……」
「お、ウィーク七匹だとスライムに勝つのか、これは新発見だ」
「話を訊けぇ!」
マイが憤慨しながら望月の周りを飛び回る。憤りを全身で表現するマイと対照的に、望月の表情は非常に落ち着いた物だった。
「分かった分かった。一通り実験も終わったから、お前の話を訊くよ」
「……じゃあちゃんと訊いててね、マッドサイエンティストさん」
未だ少し苛立ちが残っているのか、軽く毒を吐いた後。コホンと一つ咳払いをして説明を始める。
「あなたの言う事もなんとなく分かる。確かに、私達は他のプレイヤー二十四名を出し抜かなきゃいけない。ダンジョンの敵はダンジョン探索者だけじゃあない。他のダンジョンマスターも強大な敵だからね。もちろん、この世界に元から居るダンジョンマスターもね……」
そう、この世界においてダンジョンと言う存在は遥か昔から不定期で出現すると言う設定なのだ。
その中でも、空気の流れや地形、土質の関係などで偶然にも瘴気が堪り、自然に出来たダンジョンと。自ら瘴気の吹き溜まりを作り故意に作られる人造のダンジョンの二種類がある。
人々の中で恐れられるのは例外を除いて、圧倒的に後者の方で、冒険者や軍人など、腕に覚えのある人間しか近づこうとしない。
もっとも、そういう人間、特に冒険者はダンジョンで得る収益、経験や名声を不過給なく当てにしているので、ここで奇怪にも需要と供給の関係が生まれるわけだが。
そもそも、ダンジョンマスターを目指す人間と言うのは基本的に日陰者なのだ。
公の場で活躍できる舞台の無かった非才な者。
犯罪者となってしまい、逃げていかなければならない者。
逆に、普通の世界に飽きてしまい、自らダークサイドに堕ちる変わり者や破滅願望の持ち主などが偶然にしろ計画的にしろ『ダンジョンコア』を手に入れ、人造のダンジョンは作られる。
しかし、やはり落ちこぼれの人間が甘い考えで始めても。簡単に攻略され、コアもあえて壊されず、定期的に収穫するが如く、まるで畑のように扱われるダンジョンも数多くあるのに対し。自ら進んでダンジョンマスターになった者は周辺のダンジョンを吸収し、その土地で大型のダンジョンを形成することが多い。
マイの言うダンジョンマスターはそう言う輩だ。
「軟なダンジョンを作れば冒険者に潰されたり、他のダンジョンに吸収される。だから私達はあえてダンジョンを作るのを遅らせて、この世界の法則とゲームの設定との差異を見つけたり、裏の抜道を探そうとしてるわけでしょう?」
「うん」
望月はキョトンとした様子で首肯する。
「それは分かった、でも……だからって、五日間ずっ…………と! 魔物同士で戦わせて何がしたいのよアンタ! もう傍から見たら子供が延々と紙相撲で『ノコッタノコッタ』してるようにしか見えないんだけど!?」
マイが頭をガシガシと掻きながら望月を怒鳴りつける。望月はその体躯のどこからそんな大声が出るのだと別のところが気になった。
馬鹿である。
「そりゃあ心外だけど、お前の言いたいことは分かった、確かに黙ってやっていても不安だよな。スマン」
少し罰が悪そうに言う望月。
「ホントよ!」
「じゃあ、今からちゃんと説明するから」
「そう、分かったわ。納・得の行く説明をね」
マイがその小さな体矩ながら大きな態度で椅子に座った。本人的には『ドカッ』と言う効果音が付いて欲しいところだが、実際のところ『ポスン』が限界である。
そもそも、彼女が何故ここまで怒っているかといえば、ここ五日間、彼があまりにも魔物合戦に夢中になりすぎて彼女が話しかけても素気無い返事しかせず、放って置かれて寂しかったと言う理由があるのだが……望月はいまいち理解していない。
しかし、それを差し引いてもこの機嫌の悪さは異様だが。
「……まあ、魔物合戦をしてた理由は、見て分かるとおり、強さ比べってのが第一だ。強さで言えばゴーレムがこの中じゃ一強なんだが、経済面と機動力から言えば、強いのは多分レッドバグってことになった」
必要D通貨と戦力とのバランスが最も良かったのがレッドバグだったのだ。
「ふうん、で? それだけじゃないでしょうね」
マイは、そんなことで五日間も私をほったらかしにしていたのなら許さない、といったような訴えを目線にこめる。
「もちろん。後、これはもしかしたらマイに訊いたらすぐに分かった事かもしれないけど……コレを見てくれ」
そう言って望月はダンジョンコアをいじり、ホログラム画面を黒板大まで拡大した。
「このD通貨。マイが教えてくれたのは俺達がトレードを利用すれば消費し、冒険者を倒し経験値を得た時に、その相手の強さによって差はあれど、まとまった額のD通貨が増える、ってことだったな? D通貨を増やす方法は少なくて、冒険者を倒すか、他のダンジョンコアを吸収するかぐらいしか選択肢がない。まあ、装備を剥ぎ取ってD通貨に変換も出来るけど、それは微々たる額なんだっけ……」
マイは首肯する。
「オーケイ。その中で発見したのは魔物合戦でウィークがスライムに殺されたとき、このDが増えた」
「ああ、それって……」
「なんだ、やっぱり知ってたのか……?」
少しがっかりしたように望月は肩を竦める。豆知識を悠々と披露して、全員それを知っていた時のような。
マイはその姿を見て、少し意地悪な優越感を抱きつつ、質問に答える。
「まあね! それは『自軍の魔物が自軍の魔物によって殺されたとき、保障ポイントとしてその魔物のショップで表記される値段の半分が得られる』ってコアの設定よ」
「ドヤ顔止めろ……くそ、裏技だと思ったのに」
「残念でした~。それは必要の無い魔物を間違って選択したときとかの、ただ救済ルールだからね~。それでD通貨は増やせないでしょう」
望月は得意げな顔を浮かべるマイとは対照的にローなテンションになりながらも言葉を続ける。
「あと気付いた事は一つ、ウィークはそんなに弱く無いってことだ」
「……ハイ?」
ここで明らかにマイの顔が疑いに歪む。どちらかと言うと「何言ってんのお前」と言いたい風だ。
「何言ってんのお前」
「言っちゃうのかよ……」
「当たり前でしょ! スライム一匹にウィーク七匹いないと勝てないのよ?」
「力比べの上ではな。けれど、それは一対七の場合だ、これが十対七十になれば、多分ウィークが圧勝するぜ、ウィークって意外と素早いし、食欲が半端無いからな。まあ、死にやすいんだけどさ」
「へえ……」
「多分、体力も魔力も『数値化されない』って所がポイントになってるんだと思う」
マイは望月のステータスを思い出した。ゲームならば数値化されるところがそうなっていなかったのだ。二人の間で、現実では数値に表すことが出来ないからという結論になったのだが
「それがどう関係あるの?」
「例えば、ダメージを与えるにしても現実にはダメージの種類がある。簡単に言うと創と傷の違いとかな」
「創と傷?」
マイは何を言ってるのか分からないといった風に聞き返す。
「創って言うのは、刃物とかで切ったときとかに出来るぱっくり開くキズの事だ、ほら。切創とか言うだろ? んで、打撲とかで出来るのが傷」
「へえ、そうなんだ。でもそれがどうかしたの?」
「ゲームなら確かに、剣で与える十のダメージと魔法で与える十のダメージは同じかもしれないけど、ここが差異でさ。例えばスライムは打撲には滅相強い……」
そう言って望月はウィークにたかられている瀕死のスライムを拾い上げると、ゴムマリのようにポムポムバウンドさせた。
ボロボロのスライムだが、それによってダメージを与えられているようには見えない。
「けれど……」
望月は何時の間に手に取ったか、料理用の包丁をくるくると手の中で弄び。スライムに向かって刃先を振り下ろした。
マイが小さな悲鳴を上げる。スライムの体がまるで水風船の様に、中の体液が飛び散りしぼんだ。
「創のダメージなら包丁でだって殺せる、まあボロボロだったからってのが前提だけどな。今までのネットオンラインでも、武器属性によるダメージ補正は合っただろうが、今はそれがさらに顕著だ」
「……エゲつないわね」
「これが異世界で生きるという事さ」
「かっこつけんな」
望月はカラカラと笑い包丁を拭き、スライムの体液で濡れた上着を脱ぐ。
「なかなか、筋肉質ね」
「見んなよ変態」
替えのシャツを着る、トレードで購入していたのだ。
「っと、まあ発見はこんなもんかな」
一つ、自軍の魔物が自軍の魔物によって殺されたとき、保障ポイントとしてその魔物のショップで表記される値段の半分が得られる。
一つ、ウィークは戦力になる(今のところ最弱に変わりないが)
一つ、ダメージは与え方、キズの種類によって致命傷になるかどうかほどの差異がある。
「ふうん。収穫は中々。だけど使いこなせるかは微妙ね」
「まあな、あ。ちなみにウィークは両方に弱いぞ、どちらでも相当のダメージは負うが、活動停止までかなり時間が掛かることが利点かな」
「知らない……スライムが死んだの見て、なんか気分悪くなってきた」
「そういや、最初から機嫌悪かったな」
「当たり前でしょ! 五日間も隣りで魔物殺してるのチラッと見えるんだから」
「……いや、それだけじゃないかも」
「はいぃ?」
「今気付いたけど、魔物って殺しても。こう……光になって消えたりしないんだな」
「……そう言えば」
望月は、べったりと色の付いたシャツを見て言った。
マイの持っている知識からすれば、確かに魔物は死んだ後消えるはずなのだ。
ゲーム的に考えればそれが普通だ、殺せばそこにうず高く積み重なっていく死体の画像など、誰も見たくは無い。
「なんで?」
「現実だから……つっても魔法もダンジョンコアもあるのに……あともう一つ、お前がそこまで苛ついてんのってもしかして……」
ふたりは顎に手を置き考える。
同時に応えは出た。
「……瘴気?」
二人の声がハモった。
「そうか! 瘴気ってのは生き物が死んだときに流れ出る負のエネルギー、だからマイナスの感情が発生しやすくなるってわけね、こういう感情にまで作用してくる辺り、やっぱり今までのゲームと同じには考えられない」
「ああ……となると……」
望月は再び考え出す。
彼の頭の中で、確実に計画が組み立てられていった。