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全ては安住のため  作者:
絶望希望ニューゲーム
3/32

地の底で……邂逅

「何だ、夢だったのか!」

 盛大に夢落ちを期待し、上半身を勢いよく起こした望月だったが。どうやらそうは問屋が卸さぬようで。

 いや、そうはあの神様的な存在は許さなかったようで。目の前に広がるのは最後に見た、あのゲーム会社のこざっぱりしたテストルームでは無く。ヒンヤリとした岩肌に覆われた部屋だった。いや、部屋と名状する事すら少し微妙だ、なんせ岩肌むき出しである。ぐるりと見渡してみても、窓はおろか扉すらない。部屋の真ん中にぽつんと寂しげに置かれた木製のデスクと安っぽいチェアと、そしてどうにも暗いと思っていたら、それもそのはず、机の上に置かれたランタンしか光源が無いようだ。

 部屋と言うよりもただの空間と言った感じだ。

 望月はやはり夢落ちでなかったこと知り、力なく机に向かっていく。先程の神様的な存在の言っていたチュートリアルはハッキリ覚えている。説明はしない、と言っていたものの。しかし望月も十分に現状は理解している。

 俺はゲームの世界に飛ばされた。

 そして、『現実』と連呼していた。

 つまり、まず望月がすべき事、あの存在の言いたかったことは、このゲームの内容を解析し知る、ということ。しかし、今の望月には何もない、暗中模索で操作する他ないようである。

 机の上には、ランタンと大きな赤い宝石。

 ランタンを触ってみる、非常にレトロな感じがして、なかなか現代では見かけないようなものだ。そもそもランタン自体、望月は見るのがはじめてであるが――特に不思議な細工などはされていないようだ。

 そして、おそらく問題は宝石の方。正八面体でありそれは宙に浮いていた。優美であり艶美でもある。一見ルビーのような宝石は怪しげに、鳩の血を思わせるような赤色の光を反射している。思わず感嘆の溜息をついてしまうほどだ。両の手で包み込めない程度に大きい。実際、このサイズと美しさを兼ね備えた宝石があったとすれば国宝級ではすまないだろうと思えるほどである。

「机の上にあるのはランタンと宝石だけ。それにしてもゲームの世界ねぇ。はぁ、信用できるかよ」

 VRMMOは科学で裏づけされたものである。理論を説明しろといわれれば、もちろん出来る筈もないのだが、科学の最先端と聞けば、自ら説明は出来なくても納得はできる。

 しかし、今、自分の身に起きているものはベクトルが違う。

 異世界? パラレルワールド? それが本当なら次元移動である。そんなものは今の科学で出来るはずがないというのは誰だって分かる。そもそも、そんなことが出来る世であれば、夢を見せる機械に対しここまで騒がなかっただろう。今この現状を引き起こしている原因としては、夢を見せる機械の故障か、主催者側のサプライズと言ったほうが、まだ納得できるし現実的だ。

 ――と望月は推理してみたものの、実はなんとなくだが既に彼は理解していた。ここが紛れもなく現実である事を。

 あのふざけたチュートリアルを残していった存在が、人智を超越した何かだということを。

「とりあえず、ランタンがあるって事は火種と蝋燭があるだろう。そして水分と食料を探すべきか」

 望月はそう思い、空間を再度見渡すが、やはり物が収納されていそうな場所は見つからない。

 とりあえず、目の前に置かれた机の引き出しから見てみることにした。

 左右に一つずつ。まず右の引き出しを開ける。空。

 もう一つ、左の引き出しを空けようとする、しかしその前に違和感に気付く。

 何故かカタカタと引き出しが揺れている。その引き出しに耳を当てると、中で何か声らしき物も聞こえた。

 動物であろうか、罠であろうか……即死系の罠だけは勘弁してほしい――と望月は不気味に思いながらも、意を決し、その引き出しを勢いよく開けた。

「うなっ!?」

 そんな素っ頓狂な声が望月の耳に届く。おそらく、急に引き出しを開けたせいで慣性の法則が発動。引き出しの奥側に『彼女』はぶつかったのだろう。

 頭を擦りながら、目の淵に涙をため、引き出しから彼女は這い出してきた。

 非常に不恰好である。

 望月はとても反応に困った。

「いきなり動いた。でも、やっと出られる……あ」

 彼女と目が合った。

 全長三十センチほどだろうか、小さい体矩のおかげで、その身体の特徴は一目で分かる。初雪を思わせる混じりけの無い純粋な白色の髪は己の背丈ほど長く伸びている。その白髪から覗く瞳は燃えるように赤かった。アルビノの色彩そのものだが、彼女からは特に虚弱と言った印象は無く、どちらかと言えば活発そうに見える。

 そしてもっとも注目すべきは背中から生えたその美しい羽だった。直接生えている、というよりかは、背中部分から少し離れて出現している、といった感じだ。蝶のような形状をしているが、色はと言うと半透明で、透けて向こう側の景色は見える。だが、ある程度の光は反射し七色に輝いていた。

「妖精……」

「え? 巨人!?……あ! そうか、そう言う事……」

 その妖精は望月を見ると一瞬驚いた物の、すぐに冷静さを取り戻し、部屋を見渡し。今の状況を確認しているようだ。

 そして、納得したように頷き、望月の方を見る。

「貴方は……望月さん?」

「ああ、そうだけど?」

「私の名前はマイと言います。どうやら……あの神様的な存在の言っていた事は本当みたいですね」

「え? ってことはマイさんも?」

「はい、私もあのゲームの試作に参加していました……と言っても『会社側』ですけどね」

「……よく分からないけど、このゲームについて詳しそうな感じだから。少し話を聞きたい」

「分かりました」

「あと、この状況下で敬語は意味が無いと思うからはずして欲しい……」

 望月は敬語など使われてこなかったため、本当にむず痒そうな顔をして言った。

「分かった……じゃあまず、このゲームの説明からするわね。元から私達の仕事は『ゲームの説明をすること』だったから……」

 マイの情報をまとめるとこうだ。

 このゲームは前身となる『ダンジョン・クロス・オンライン』と同じ性質で、冒険者とダンジョンマスターとのバトルゲームだと言うもの。

 そしてマイ達はテスターをサポートするために配属された会社側からのスタッフだということ。

 もともと、このテストが開催された目的は、世間に向けた宣伝の要素がほとんどだが、バグの最終確認と、プレイヤーがプレイした時にどんな感想を抱くか。そういったものを記録するためのテストだったため。実際のゲームではプログラムにしゃべらせるサポートキャラを、テストの間はスタッフが自ら動かす事になっていたのだ。

 一人につき一体のサポートキャラ、今回この世界に飛ばされたのはテスター二十五名と、スタッフが二十五名の計五十名となる。

「なるほど、じゃあ俺らのほかにも同じようなことになっているのがあと四十八人もいるのか」

「サポートキャラとプレイヤーは二個一だからね」

「ふむ、なあマイ。念のために訊くけど。ここまで含めてゲームってことは無いよな?」

 もっとも可能性が大きく、できればそうであってほしいと願う展開である。もし正解ならば、大抵ならば話を濁すだろう、運が良ければ、こっそりと教えてくれるかもしれないと予想する。そして、もしマイが話を濁したり嘘をついても、望月は見抜く自信があった。

「それだったらどれだけ嬉しい事か……普通ならね、私達サポートキャラの『視覚画面』には常にログアウトだとか連絡機能だとかそういうものが見えているの、けれどまるっきりそんなのが無いし、もちろん私たちだってこんな予定は聞かされていない。それに今回の企画としては、これが全世界に放送される予定だった。ダンジョンチームと冒険者チームに分かれて、対戦デモをやるはずの予定が、こんな味気ない場面を写すはずがないじゃないでしょう」

 しかしマイの返答は真っ向からの否定であり、明確な理由まで添えられては、もう望月はドッキリ説を諦めざるを得なかった。

「なら、開発責任者の独断や、故障と言う線は?」

「天才マッドサイエンティストの奇行、はないと思うわ。ウチの技術者は優秀でしょうけど、色んな学術分野が入り交ざった複雑怪奇なこのシステムを一人で、しかも始まるまで誰にもバレずにジャックすることなんて不可能。機械の故障の件は、限りなくゼロに近い確率であるけど、ないとは言い切れない……けれど」

 マイは望月をまっすぐ見据える、強い瞳だ。

「このまま戻らないなら、それはもはや現実と変わらないでしょう? ログアウト不能のバグだとしても、わけの分からない存在に、あんなチュートリアル聞かされたんじゃあ、不気味すぎて、私はとても楽観視出来ないわ」

 望月もその通りだと感じた。おそらくマイも理解しているのだ、ここは仮想世界などではないと。

 二人は同時に大きな溜息をついた。

「……マイ、一つ大事な事を聞くぞ」

「何?」

「このゲームにとってゲームオーバーは何だ?」

 マイは目を伏せる、二人とも答えは分かっている、これはただの確認作業だ。

 この世界にはログアウトもリセットも無い、ならばゲームオーバーになれば……。

「死、でしょうね」

「だろうなぁ、死んだらゲームオーバーだろう、そして、ここでいう死の定義となると……」

「……このゲームのゲームオーバーは冒険者にこの『ダンジョンコア』を壊されることよ」

 マイはそう言ったあと、宝石、ダンジョンコアをコンと小突いた、小気味のいい音が空間に木霊する。

「『ダンクロ』と同じだな、そこは」

 『ダンクロ』とは『ダンジョン・クロス・オンライン』の日本における略称である。

「これが破壊されればダンジョンは消滅、そのダンジョンの主『ダンジョンマスター』は死亡するっていう設定よ」

「俺の命はこのダンジョンコアに掛かってるってか」

 望月もダンジョンコアを見つめる。立派で美しい宝石だが、これが己の命を具現化したものだと思うと、なんと不気味なことだろうか。

「逆にね、このダンジョンコアが破壊されない限り、ダンジョンマスターは不死身であるって設定があるの」

「設定ねえ……」

 それも『ダンジョン・クロス・オンライン』と変わらない。

 望月はフム、と手を顎に当て考える。彼の癖だ。

 あの神様的な存在がどこまでこの世界とゲームを似させているのかは分からない。設定というのも何処まで適応しているのか疑わしいものだ。しかし、今はとりあえず信じるしかない。

 あの存在は「楽しませろ」と言った、ならば、この世界で有効に生きていくためにはあの存在を楽しませる、つまり『ゲームを全力でプレイする』事なのだろうか。

 考えるべきことが多すぎる。

 本当に異世界に送られたのか?

 ならば元の体は今どうなっている?

 存在の目的の真偽はどうだろう?

 最強のダンジョンとは何だ?

 様々な考えが頭の中を引っ掻き回す。疑問も残る。納得できない苛つき、弄ばれている怒り、フラストレーションは限界に達し、今にも爆発しそうである。

 ――しかし。

「めんどくせえ」

「え?」

「マイ、ゲームの始め方を教えてくれ」

「……さっきまで怖い顔して考えていたのに、急に気だるい顔になったわね」

 普通、こういう場面では逆じゃない? とマイは若干悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。

「キャラじゃねーんだよ、先のこととか考えんの」

 脱力したように、安っぽいチェアに腰掛ける。同時に、今の今まで立ちっぱなしだったことに、どれだけ緊張していたんだと望月は自分自身を笑う。

 これは現実かもしれない。しかしゲームでもある。

 そして俺はこれからゲームをする。

 なんだ、いつも通りじゃないか。

 望月は勝手に口角が上がっていることに気づき、なんとか自重する。

「全身全霊全力、俺の全てを賭けて、この世界をプレイし尽してやる。このまま……意味不明のまま死んでたまるかよ」

 そう言って、望月は机の上に目を向ける。

 ランタン、はともかく。

 ダンジョンコアとマイ。これが今の彼の頼れる全てだ。

 特にマイ、小さな彼女は唯一の仲間だ。

 望月はすっと手を差し出す。

「これからよろしく、マイ」

 マイも差し出された大きな手に戸惑い、恥ずかしがりながらも、彼の人差し指を握った。

「こちらこそ、宜しくねアキラ」

 物語は、ようやく始まる。

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