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全ては安住のため  作者:
復讐猛炎ゲームスタート
25/32

剣に込めた想い

 丸太のような八本の脚を器用に使って、獅子と牛を合わせたような顔を持つその騎獣は岩石地帯を疾走していた。凹凸の道をものともせずに、ほぼ一直線に目的地へと駆けていく。

 その獣の背に乗せられた荷車……背に乗せられている時点で荷“車”ではない気がするが、ともかくその中では、ソラと『四剣』のパーティメンバーが各々迷宮探索の準備をしていた。

 『四剣』のメンバーは、どことなく遠慮がちにソラをチラチラと見ているが、直接話しかけたりはしない。

 酒の勢いだったとはいえ、同世代で最強クラスのパーティ『龍狩』のメンバーに喧嘩を売ってしまった、罵倒してしまったことに、今更ながら、自分たちは何を口走ってしまったのだろうと後悔しているのだ。

 グンジョー個人に関しては、ソラに発破をかけたかったという魂胆があったことがどうやら伝わっているようだが、ほかのメンバーは、ただ『龍狩』をとぼす時に後ろから援護口撃しただけだ。それもどちらかと言えば、ただただ、弱者が強者に一方的に抱く劣等感によって、である。グンジョーだってその感情はあっただろうが今のソラの印象は大分違うだろう。

 そんなわけで、現在荷車の中には微妙な空気が漂っているのである。

 『四剣』は名の通り、四人のメンバー全員が剣を使うため、皆抜刀し、刃こぼれが無いか、また他の部品に破損が無いかなどを確かめている。

 金属音が無言の空間に響く。

 ソラも使用する剣の点検を終え、刃を鞘に戻す。キンっと冷めた音がした。

「……君たちは何で、冒険者になったのかな?」

 ソラの突然の問いに、『四剣』のグンジョー以外の三人が肩をびくりと震わせる。

 しかし、ソラの言の葉に怒気が含まれていないことに、若干安心しながら答える。

「な、何故そんな質問を?」

「僕たちは、まだお互いのことを何も知らない……信頼関係は、築いておかなくちゃと思ってね」

 ソラの優しげな笑みを浮かべる。多少意識的ではあるのだろうが、しかし人に安心感を与える笑みを作れるのは、ソラの才能だろうか。

「あ、そうだ。改めて自己紹介させてもらうよ。僕は『龍狩』で主に攻撃役――アタッカーを務めていた、ソラ=オルキュラスだ、主戦武器はこのロングソード、前衛に出て戦うことが多いかな」

 よろしく、と付け加えた。

 グンジョーが少し面倒くさそうに息を吐くが、とくに反抗もせずにソラに続く。

「グンジョー=レイバンだ。一応『四剣』のリーダーを務めている。役職と武器はソラと同じだな。はい次、カーキ」

 グンジョーが大柄な男――カーキを指さして言う。

 がっしりとした見事な肉体をしているのにも関わらず、突然の指名に慌てる姿から、肉体とメンタルとに幾分かの差があるらしい。

「うえ!? い、いきなり俺かよ! え、えと、俺はカーキ! 武器は、このバスターソード。役職は、基本盾役――タンクだ。が、頑張るよ。じゃあ次はえーヴェスタ」

 おどおどとした大男が次に指名したのは、少し雰囲気が軽い女。

 ヴェスタはそっぽを向き、髪を指先でくるくると弄りながら、さもめんどくさそうにだらだらと自己紹介をする。

「私はヴェスタ=クロックス。私の剣はスピアーで、支援役に回ることが多いかな。えーと、終わり! じゃあ最後、ミント!」

「……ミント=ペッパー。武器件魔法補助具はこのククリ。主に回復役、と支援……以上」

 ミントと名乗った小柄の少女は、最低限の言葉でまとめた。感情の起伏が小さいらしく、ソラに対する怯えや警戒も、他の二人よりも見えにくい。

「盾役がカーキ、支援役がヴェスタ、回復役がミントか……オーケイ、覚えたよ」

「……で、冒険者をやっている理由だったっけか?」

 グンジョーが話を進行する。

「あんたはどうなんだよ、ソラは結構良い家の出で、道楽で冒険者をやってるって噂も聞いたことがあるが……実際はどうなんだ、まあどうせ真実じゃないんだろ?」

「ハハッ、そうだね、そういう噂もある。それに、別にそれも間違ってはいないんだよ……あのまま家に居て、軍に勤める道もあったけど、僕はそれを蹴ったからね。今は家族とは絶縁状態なんだよ」

「そりゃ、なんでまた」

「……何でなのかなあ、今思えば不思議でもあるんだよね……不必要な軍の規律や、賄賂やコネとか、そう言ったものに対して、上手く対応するだけの器用さが無かっただけなんだろうな」

 ソラは目を細める。

「だから、逃げ、だったんだよ」

 苦々しく呟く。口に出してようやく「ああそうか、自分がしていたのは逃げだったのだ」と理解した様子だ。

「つまらない世界が嫌だった、縛られた世界が嫌だった。若さゆえの、ってやつかもね……父に冒険者になると伝えた夜にもそう言われたよ……『貴様の考えは幼く甘い』って……」

 けれど、とソラは続ける。その瞳は真っすぐだ。

「後悔はしていない」

 『四剣』の四人は、静かにソラの話に耳を傾ける。

「僕は今、自分の意思で、自分の考えでこの道を歩いていると断言できる。だから、たとえこの道が畦道でも、いばらの道でも、ここを歩いているのは自分で選んだからだと、胸を張って言える。それが僕は誇らしい。だから僕は冒険者として生きている」

 ソラの話が終わった後、しばらくは誰も何も言わなかった。

 どこか渋顔をしていたグンジョーが口を開いた。

「……俺が冒険者をしているのは、それ以外に道が無かったからだ」

 ソラがグンジョーの顔を見やる。いつも、微かに眉間にしわを寄せ、短く切られた暗い青髪。自分と対局にいるような、それでいてどこか自分に似ているような青年。

 ソラの目線に気付いたグンジョーは、目を反らしながら話を続ける。

「俺は汚い女の股から生まれた子だ。親父は知らん。ガキの頃は、酒とヤニの匂いがする建物の屋根裏に押し込められて育った。だみ声と喘ぎ声しか口に出さない奴らだがに食わせてもらってた……安納と暮らせる日なんて一日だってなかった」

 『四剣』の残りの三人も、興味深そうにグンジョーの話を聞く。反応を見るに、今まで仲間にも詳しい話をしたことはなかったのかもしれない。

「七つの頃に町を脱出した。理由は一つ、人間らしく生きるためだ……冒険者は実力が全て。力があれば、金も地位も名声も手に入る。馬鹿な俺にも分かるシンプルな世界だ、だから俺は冒険者として生きている」

 底辺で生まれた人間も、恵まれて生まれた人間も、冒険者になれば同じ舞台に立つ。理由に違いはあれ、ソラとグンジョーは互いの選択の結果この世界に居た。

「そこに居るカーキは、俺が生まれた町を離れる時に、偶然同じ荷車に乗っていた奴だったんだ。貧困街じゃ珍しくもないが、その縁でここまでついて来てくれている」

 グンジョーが隣に座るカーキを親指で指す。カーキは巨体を縮めて恥ずかしそうに微笑んだ。背丈がそれほど大きいとは言えないグンジョーが、体の大きいカーキの兄貴分であるのは、端から見れば少しアンバランスではある。

「む、昔から図体はデカいって言われてたけど、気が弱くって……物心ついた時から、どこか分からないところで労働していたよ。それが嫌で逃げ出して、グンジョーに会ったんだ。グンジョーは俺が泣いてたら、いつも励ましてくれて……グンジョーが冒険者になるって聞いたとき、恩返しがしたくて、今までついて来たんだよ」

 カーキの話を聞いて、グンジョーも恥ずかしそうに顔を背ける。どうも真面目な空気と言うのが苦手らしい。

「……三人ともカッコいい理由上げてるけど、私はそんな理由ないよ。ただ、学も金もないから、日銭稼いで楽しく生きたかっただけ。ただそれだけ……」

 淡い桃色の髪を靡かせ、ヴェスタはさらりとそれだけを答えた。

 そんな彼女を、ミントが訝しそうな目で見つめる。

「ヴェスタ、嘘良くない……ヴェスタに夢があるの知ってる」

「んなっ……!?」

 仏頂面を貫いていたヴェスタの表情が崩れる。グンジョーとカーキが珍しいものを見たという顔をする。

「ミ、ミント!? どゆこと!? え、なんで? どして知ってるの!?」

「ヴェスタが友達と話しているのが聞こえた……お金を貯めて、庶民向けの小さいアクセサリー屋さんを開きたいって……」

「い、いつ……周りには気を付けて話してたのに……」

「私、地獄耳」

「…………」

 顔を赤くするヴェスタに対し、ソラとグンジョーとカーキがニマニマとイジらしい笑みを送る。その視線に気づき、さらに顔を赤くするヴェスタ。

「い、良いじゃんか、別に! 私そういうの好きだし! け、けど、結構どこも値段が高いから、私と同じように思ってる子らにもニーズがあるかなぁって、安くて可愛いアクセとか、作りたいなぁって……だから、その……ダァーッ! その顔止めろぉっ!」

 ヴェスタが恥ずかしくてたまらないといった様子で膝に顔をうずめる。

「うー……そういうミントは何かないの? ここまで来て、あんただけ何もなしとか、ナシよ」

「私?」

 ミントが困ったように口を尖らせ、少し考えたあとこう言った。

「私は皆が大好きだから……一緒に居たい、から」

 荷車が静寂に包まれる。バツが悪そうに体を縮こませる。他のパーティメンバー三人が呆けたように口をポカンと空けていた、が。意識が戻った瞬間、皆ミントに飛びついた。

「ミントォオオオオオ!」

「困らせてゴメンねえ! 私も大好きだよぉ!」

 ミントはその盛り上がりに戸惑いながらも、僅かに口元を緩ませていた。

 あの四人には確かな結束があるらしかった。その『四剣』の姿に、いつかの『龍狩』の日常を重ねてしまう。ソラはそんな『四剣』の様子を見てほほ笑む。パーティの絆と言うのはどこでも強く深いものなのだろう、と。

 そんな風に、ある意味慈悲深い笑みで『四剣』をみていたソラの視線に気づいたグンジョーが何かを思いだしたような顔をし、一瞬惑った後、覚悟を決めた表情に変わる。

「……ソラ、俺は気が変わりやすいから、思い出したこの場で詫びさしてもらう」

 グンジョーは崩していた足を直し、ソラに前かがみの正座で向き合う。両こぶしを床に着け、深々と頭を下げた。

「酔った勢いとはいえ、同じギルドの仲間であるアンタらパーティを侮辱することを言った、噂や憶測であんたらを乏しめて悪かった……」

「グンジョー……」

 あの荒くれ気質のグンジョーが、こうも素直に頭を垂れると思ってなかったソラは少し呆けてしまった。良くも悪くも素直な奴なのだろう。

「あ、でもアンタら『龍狩』を目の上のタンコブと思ってたことや、うじうじしてるソラがウザったかったのはマジだ」

「お、おう」

「けど、それでも言い過ぎだった、スマン」

 グンジョーが頭を下げていると、いつの間にか、隣でミントも頭を下げていた。

「…………ごめんなさい……でした」

 慌てて、カーキとヴェスタも頭を下げる。

「ご、ごめん! 俺も調子に乗って言い過ぎだった!」

「私も、酔って変なこと言いすぎちゃったかも……ごめんなさい!」

 ソラは若干混乱しながらも、一つ深呼吸をして言葉を吐く。

「僕に対する暴言は、もう全部許してる。けど『龍狩』に対する暴言は、まだちょっと許せない」

「っ……ああ」

「だから、後の三人には、直接謝って許してもらってくれ。今度エイロを紹介するし、ぜひ墓参りにも来てくれ……ダンジョンで生きててくれていたら、直接謝ってやってくれ。多分笑顔で許してくれるさ」

「ありがとう、そうさせてもらう」

 グンジョーが面を上げた、その瞳はどこか憑き物が落ちたようだった。

 その後、五人はしばらく談笑を続けた。そして、じょじょに『不明の遺跡』が近づくにつれ、皆の顔に緊張で強張っていく。

「しっかし、今でも分からねえぜ、どうしてあのダンジョンであんたらのパーティが崩壊したのか」

「前に少し言ったけど、難易度が変動するんだよ……グンジョーたちは、マーブル柄の魔物の群れを見たかい?」

「? いや、見てないが」

「ならダンジョン側が本気を出してない可能性が高いな」

「あんたらは、そいつにやられたってのか」

「まあ、そうだな……いや、なんというか。一手一手を分解してみれば、潜り抜けられるように思うが、それが厭らしく組み合わさって襲ってくる。それが厄介だった」

「俺らは嘗められてたってことかよ、いけすかねぇな」

「あのダンジョン。僕の見立てでは、レベルが高いほど難易度も比例して高くなると思うんだよ、だから『不明の遺跡』ダンジョンに対しての情報に不自然なばらつきが出るんじゃないかな」

「ってことは……やっぱり俺ら『四剣』は嘗められてたってことじゃねえか。クソ」

 グンジョーが唇を噛む。

「……僕の知ってる範囲で『不明の遺跡』で壊滅した有名どころのパーティは、僕ら『龍狩』、隠密機動組の『影這』、とにかく物理で殴る『虎潰』、炎舞の天才所属の『火走』……」

「何っ!?」

 ソラの言葉の途中で、グンジョーとカーキの表情が急変した。カーキが慌てて口を開く。

「ちょっと待ってくれ! 今『火走』って言ったか! それ嘘じゃないのか!?」

「ど、どうしたんだよカーキ、急に」

 カーキがソラに縋るように飛びつく。

「……気持ちは分かるが落ち着けカーキ」

 カーキがソラに食って掛かるのを見て、逆に少し冷静になったらしいグンジョーは優れない顔色のままでカーキを諭す。

「どういうことかな、グンジョー」

「……俺とカーキは同じ貧民街出身って言ったろ? 同じ貧民街で、物心ついた時から今まで世話になってる恩人が『火走』ってパーティのリーダーなんだよ」

「…………!」

「腹すかせた俺らに盗んだパンを分けてくれたり、街を脱出するとき助けてくれたり、冒険者の先輩として色んなこと教えてくれた人なんだ……」

 ソラはまさかと思いつつも、二人の悲痛そうな表情を見て冗談ではないと思い知る。そして怒りが湧いてきた。あのダンジョンは、自分以外にも様々なところに不幸をばら撒いているのだと。

「だけど『火走』はまだ別件から帰って来てないはずだ。『火走』がダンジョンに行って行方不明ってんなら、俺の耳にも入ってるはずだろ」

「僕はこの情報を、『不明の遺跡』の情報を集めているうちに偶然手に入ったものだから、多分、『迷宮探索届』を出していないんじゃないかな。『火走』は依頼で遠出していたから、タイミング的にギルドに寄らず直接ダンジョンに潜ったのかもね」

「……あの人ならやりかねないな」

 グンジョーとカーキが肩を落とす。ヴェスタはオロオロと手を胸に置き。ミントは静かに見守っていた。

 カーキが口を開く、震えた声だった。

「なんだよそれ……じゃあ、あの人はもう死んじゃったのかよ!」

 ソラは静かに答える。

「かもしれない」

「ッ、そんなことって――」

「だがまだ分からないっ」

 ソラの瞳の奥に激しい炎が灯る。ソラはまだ何もかも諦めていない。

「アカネの目撃証言だってあったんだ、重傷を負って脱出できていないのかもしれない、記憶に欠損が出来ているのかもしれない、僕らの助けがいるようなら、救ってあげないと……だからまだ、希望を捨てるな……!」

 カーキが泣き出しそうな顔を無理やり引き締め、目じりを拭う。

 ヴェスタの軽薄そうな空気も今は無く。

 ミントはいつもの寡黙な冷静沈着さを貫き通し。

 グンジョーは黙って最終調整を終えた刀身を。ゆっくりと鞘に納める。

 その時、騎獣の足が止めた。皆、目的地『不明の遺跡』のダンジョンへ到着したことを覚る。

「ここから反撃開始だ……今助けに行くからな、アカネ……」

 こうして彼らはそれぞれの想いを剣に込める――その剣を、誰に向けて振ることになるかも知らぬまま、荷車を降りた。

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