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全ては安住のため  作者:
復讐猛炎ゲームスタート
24/32

ギルド協奏曲解……悪意の道標

「おい、グンジョーくんとやら……アンタは確か、さっきソラを『不明の遺跡』に誘っていたな? そして、これからもうひと稼ぎ行くと」

「っ……あ、あぁ」

 グンジョーは、アクバールという、害悪な冒険者とはいえ、一応ビッグネームな者と喋っているということで、軽く緊張する。

「ならよぉ……ソラをこれから、もう連れて行ってやってくんねえか?」

「い、いや、俺も確かに動こうとしないソラに腹を立てちゃいたが、そんなすぐに動けと言いたいわけじゃ……」

 グンジョーが気圧されながらも答える。

「ふん……なるほどなるほど、確かに貴様の言うことも一理ある。貴様も難度の変動という情報を全く信じていないわけではないと言うことか、ソラというイレギュラーを入れてのパーティ編成に不安を抱き、時間が欲しいのは貴様も変わらんということだなぁ……」

 アクバールに図星を刺され、苦虫を噛み潰したような顔をするグンジョー。アクバールはその粗暴な物言いと凶悪な風貌から、頭がどこかイってるならず者と見られがちだが、別に愚かというわけではない。ただ、頭脳の使い道を他人の自尊心や罪悪感を煽ることに使う彼の人格そのものが害悪なのだが……。

「さっきカッコイイこと言ってたなぁ……冒険者なら危ない橋を渡れ? 傷を治すには劇薬も必要? カカッ、名言だぜ。俺も痺れちゃったナァ……で、だ。そんな冒険者の鑑のようなグンジョーくんが、言い出したそばから自分の言葉を反故にしたりはしないよな?」

「そ、それはそうだが……けどまだパーティメンバーとの連携もとれないし……そ、それに! 酔いが回って言ったこと――」

「……ア゛ァ? テメー何寝ぼけたこと言ってんだ? 俺は『反故にしないよな』って訊いたよな? なら答えは『反故にしない』以外になんかあんのかオイ……連携? 酔ってた? んなもん理由になると思ってんのか?」

 アクバールの、殺意の光線とも思えるような睨みを受けて、グンジョーの心は凍え上がった。体の芯が冷えて嫌な汗が滝のように溢れるのに、頭は現状を処理しきれないのか、焼き切れんばかりに熱を持っていた。

 グンジョーの酔いなど、彼に話しかけられた時点ですっかり冷めてしまっている。

 こんな不吉を具現化したような、不幸の運び屋のような奴に捕まってしまうとは夢にも思っていなかった。ただ単に自分は、酔いに任せて、今まで目標にしていたソラの失意っぷりにムカつき、気の向くままにちょっかいをかけ、ソラの中の闘志を垣間見て少し気分が良くなったいただけだというのに――!

「アクバール……よせ、そんなに困らせるものじゃない」

 ソラの一言で、グンジョーの頭に渦巻いていた恐怖がさっと引いた。アクバールの目線が逸れたのと、ソラは自分に味方してくれていると確認できたからだ。

「ソ、ソラ……」

「大丈夫だ、アクバールはただただ君の不安を煽っているだけだ……そんなに難しい話じゃないさ」

 ソラがグンジョーにニコリと微笑みかける。そしてその後、その真逆の表情をアクバールに向ける。

「おいアクバール」

「……何だ?」

「お前がどんな目論見をもって、僕にアカネの情報を流したのか分からない、もちろん、情報の真偽は僕に判断できないから、ガセに踊らされる僕の姿が見たいだけかもな。けど、それならそうで良いだろう……」

「カカッ、つ・ま・りぃ?」

「お前の狙い通り、踊ってやると言っているんだ……!」

 ソラが怒りと喜びの入り混じったような笑みを浮かべる。

「そんな! ソラ、本気かよ!?」

 グンジョーは驚きに体を仰け反らせ、三者で向かい合って話していた型を崩してしまう。

「本気だ……今まで動けなかった自分自身に失望していたのは僕も同じだし……今すぐにでも動かなきゃならない理由ができた。その理由は夢か幻くらいに不確かだけど……僕が縋り付くには十分すぎる」

 ソラがグンジョーに意気込みを述べる。その熱意にグンジョーも圧倒され、大丈夫かもしれないと感じた。

 しかし、二人は気づいていない。アクバールへの敵意と恐怖、そしてあまりにも美味しい餌に興奮してしまって、大事な所を見落としている。

 本能と興奮で動くことの危険性と、理性と冷静さをもって忍ぶことの重要性が、二人の頭からは欠落していた。

「カッカッカ! めでたき哉! ソラさんがついにダンジョン探索に復帰とは! おいおいどうした冒険者諸君! 黙りこくってねえで『龍狩』のソラ=オルキュラスの新たな出発を祝ってやろうじゃねえか!」

 アクバールはここぞとばかりに、周りに聞こえるよう大声で言った。

 その場の雰囲気に生きているところがある冒険者は、面白そうに手を叩く。しかし、アクバールをよく知るものは、顔をしかめていた。

 ――ソラに何を吹き込んだか知らないが、アクバールがただで善行をするわけがない。と。

 しかし、あくまで決定権はソラが握っている。冒険者は行動すべてが自己責任だ。やっと重い腰を上げて、彼が動くというのなら、余程のことがなければ止めることは難しいだろう。

 ギルド内で色んな思索が、手を叩く音とともに微かに飛び交った。

「さて……グンジョーくんよ、テメエはソラさんが居ようが居まいが、『不明の遺跡』に行くつもりだったんだろう? ソラさんに発破をかけてくれた、これは礼の代わりだ、使ってやってくれ」

「……なんだこれは」

「『騎獣予約引換証』だ、揺れも少なく荷車も最新式、そして何より速い、質の良い騎獣を用意してやった。今から騎獣を借りてたんじゃ時間が掛かるからな。これは俺からの、ソラさんへの復帰祝いってとこだ」

「……くれるっていうなら貰っといてやるけど……」

 グンジョーは怪しげにその書類を受け取る。とくに怪しい点もなさそうだ。

 グンジョーはアクバールに問う。

「あんた……何考えてんだ?」

「あ゛?」

「っ……お、俺の聞いてるような噂では、あんたはそんなことをする奴じゃない、一体何考えている?」

「……かっかっか、人の噂もあてにならねえという奴さ。なあに、一見悪そうなやつが、実は心根の良いやつでしたなんて、物語にでもよくある話さ」

 釈然とはしないが、ここでアクバールから書類を受け取らない理由がない。それにソラもやる気、アクバールが後押ししている状況で、アクバールと敵対する気などグンジョーにあるはずがなかった。

「……分かった、使わせてもらおう」

 グンジョーとソラはそれだけ言って、さっそく受付に向かった、『四剣』の他のメンバーはあまりの展開に唖然と二人の背中を見つめていた。

 アクバールは二人の様子に満足したのか、そのままギルドを去った。


***


 その翌日の夕刻、アクバールはギルドで酒を飲んでいた。周りにはアクバールの強さに魅せられたか、または畏怖した男女がまるで下僕のようにアクバールに酒を注ぎ、媚を売っていた。ギルドにいた多くの冒険者が、その一角を疎ましそうに眺めるものの、直接注意しに行く者はいない。

 アクバールがギルドに居る時のギルド内の空気は最悪だ。彼の恐ろしさは何をしでかすか分からないところが大きい。例えば「お前の鼻の形がムカつく」と通りすがりの町民の顔に拳を振るうことなどもある。

 この街に町の平和維持、警護にあたるものはいないのかという話だが、あいにく冒険者には無法者が多く、この街は文化的に栄えているのに明文化した法がほとんど効力をなさないという特殊な空間となっているのである。

 そんないつもとは違う嫌な雰囲気のギルド内に、静かに、しかしどこか乱暴な足取りで一人の女が入ってきた。そして、真っすぐにアクバールの席へと向かう。速足だったその歩調は一歩ごとに加速していき、最後には疾走の域に達していた。

 アクバールの後頭部に向かって、女が跳躍する。

「よお、アクバール」

 自身の名前を呼ばれ、振り向いたその瞬間、アクバールの目の前にあったのは鋭いダークブーツの底だった。

 防御姿勢も間に合わず、アクバールの顔面に女の蹴りがめり込む。

 衝撃は顔面から全身に渡り、アクバールの体は地面から浮いたかと思うとその巨体を二転三転させながら、目の前のテーブルやそこに並べられた酒や馳走をぶちまけ、ギルドの壁までぶっ飛ばされた。壁に大きな穴が開く。

「……いってえナ。ああ、なんだ貴様か黒猫、早い帰りだな」

「てめえ……ソラに何吹き込みやがった……」

 会話がかみ合っていない二人だが、早々に体が飛ぶほどの強烈な顔面蹴りを入れられたアクバールは飄々としており、それに引き換え黒猫は見る者に恐怖と死の覚悟を与えるような絶対零度の表情、しかし腹の底では怒りが煮えくりかえっていると察せられるほどの気迫を纏っている。

「さあ? なんのことだかサッパリ分からないなあ……くくカカカ!」

「しらばっくれてんじゃねえぞ、クズ野郎が……」

「オイオイ、マジで人を殺しそうな目ぇしてんぜアンタ。カカッ! 分かった分かった、教えてやるよ、俺はソラさんに、親切にも『赤髪の女』の目撃情報を教えてやっただけだぜ?」

「っ!? アクバール、てめえどこでその話を!」

「カカッ! 独自の情報網を持ってんのは貴様だけじゃないということだナ」

「……クソっ!」

「おっとぉ……今からいくつもりかい? あいつらは昨日のうちに出発したから今頃はもう到着してんぜぇ、なんせ良い騎獣提供してやったからナアア!」

「テメエ、どっから画策してやがった……」

「いやあ、そんな画策だなんて……俺はただ貴様が各地への情報交換や独自調査で三日間ほどこの街を離れるって時に、ソラさんに冒険者復活としての素晴らしい機会が訪れていたから。背中を押してやっただけだゼ――だから俺は、貴様が『不明の遺跡』ダンジョン攻略へのワイルドカードになるから、時が来るまでソラさんに過度に刺激を与えないようにしていたことや、密かにトラウマ克服に励ませていたなんてことはサッパリ知らなかった!」

 黒猫の蹴りが再びアクバールの顔面に向けて放たれる。

 アクバールはその脚を右手を薙ぎ払うことではじく。

「……さすがに二回はキッツイゼ、オイ」

「あいつは……今、不安定な時期なんだにゃ! それを、トラウマの塊みたいな場所にどうして行かせたらどうなるか!」

「カカカカカっ! オイオイ、焦ってんじゃねえよ黒猫ぉ。そもそも、てめえが何たらの委員長を任せられたからって、冒険者個人の活動を制限する権力はないはずだぜぇ、貴様にあるのは雑に言えば協力要請の権利だ。貴様の言葉より、俺の言葉の方にソラさんは惹かれたってだけだろうがよぉ、ア?」

「………………『赤髪の女冒険者』の目撃情報で、ソラが動くとは思えない……むしろ敬遠するはずだにゃ……だって、アカネは……」

 黒猫の訝しげな声に、アクバールは待っていたとでも言わんばかりに、口角を吊り上げ得意げに言葉を紡ぐ。

「ん? ああ、それか。くく、ああ、そういえば、言い忘れていたっけかなあ……『肌が青白い』なんて重要なことを言い忘れていたかもナぁ! いやあ、ウッカリしていた! カカカカカカカカカカ!」

 黒猫の瞳が驚愕に見開かれる。

 瞬間、先ほどとは比べ物にならないレベルの神速の蹴りが、未だ倒れ込んでいるアクバールの胸部に放たれた。ガードのモーションすら許さないその蹴りは、アクバールを一直線に滑空させ、もう一枚向こうの壁を突き抜けさせた。

「テメエ……この腐れ外道が!」

「ガフゥっ! がぁ……げふ、ふ、ゲヒュハハハハハハ! クカカカカカ! 想像してみろ黒猫! 一縷の望みをかけて向かった因縁の地、感動の再開の代わりに用意されているのは腐った死体もどき! ガハッ……お、女の尻追っかけて、そこには変わり果てたあの娘の姿が、って滑稽すぎんだろうがぁ! カカカカカカカカカ!」

 血を吐きながら、奇怪な笑いを叫び、笑い転げるアクバールの姿に冒険者たちは戦慄する。

 知識と感情ある生物として、あまりに異様なその姿は、他の者たちからすれば恐怖でしかなかった。

 黒猫はそんなアクバールを一瞥して小さく舌打ちをし、ギルドのカウンターへと向かった。

「おい、受付嬢! ソラの迷宮探索を取り下げて、なんとかここに戻す手段はねーのか!」

「……申し訳ございませんが、迷宮探索願は受理した後に、迷宮に行くかどうかは冒険者様に任せています。それに、ギルド自体に、基本的に冒険者様の行動を縛る権限はございません」

「なあ、アンタ、確かソラとも仲の良かった受付嬢だよにゃあ! 止めてやることは出来なかったのにゃ!」

「っ……受付嬢が、私情で仕事を放棄できるわけないじゃないですか……そりゃあ、冒険者なんだから危険なことはたくさんあります。でも、受付嬢がみんなそれを引き留めてちゃ、ギルドは成り立ちません……」

「……そう、だにゃ。無茶言って悪かったにゃ」

「私には、祈ることしか出来ません。いつも」

黒猫はスックと立ち上がると、奥の扉へと向かった。

「ギルマスと今後のことについて話し合ってくる」

 扉は力なさげにパタンと閉じられた。

 最悪の静寂の中、時々、アクバールのかすれるような笑い声がよく響いた。

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