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全ては安住のため  作者:
復讐猛炎ゲームスタート
23/32

ギルド協奏曲解……新たなる一歩

 ソラ=オルキュラスという冒険者の青年は、あの日までは、おおよそ自分の人生に満足していた。

 小さいが名のある家の三男として生まれ、それなりに裕福な環境の下で知識と剣術を身に着け、王立陸軍士官学校と呼ばれる軍学校で魔法剣士としての実力を磨き、優良な成績で卒業。

 しかし、自分よりも弱く、成績も劣っていたはずの長男が、軍隊で自分よりも良い役職についたこと。そして、どうやら父は長男びいきであり、どうやらこの先どうやっても、兄を超える機会が与えられないことを悟り、財産にも興味がなかったソラは特に後ろ髪を引かれることなく家を出て、冒険者になる決意をした。

 彼はそこで、当時は一人で動いていたアカネと、キーロ、エイロ兄妹に出会い、パーティを組み、害なす魔物の討伐とダンジョン探索を主として活動した。

 全員が尖る才能を持っており、バランスも良かった四人はパーティとしてぐんぐん力を付けていき、そしてついに、龍退治を成功させた頃からは冒険者の間で彼らを知らない者の方が少なくなった。

 冒険者と言う気楽な身分。強敵と戦い、そして依頼主に感謝され報酬を得る充実感。気の置けない仲間たちとの宴会。青年期の彼にとってこれほど楽しい日々はなかっただろう。

 ……そして、いつも隣に居てくれた赤髪の少女に、いつか想いを伝えたいという目標もあったのだ。

 しかし、いつまでも続くと思っていた日々は、一瞬で崩れ去った。音もなく死神は忍び寄り、死神の鎌は、想い人と、最高の友人の命を奪っていった。

 全ては、件のダンジョンが現れた日から狂いだしたのだ。

「…………」

 ソラは、ギルドに並べられた座席の一角に腰かけ、ボンヤリと、ギルド内を歩き回る他の冒険者たちの姿を眺めていた。

 ダンジョンの同時出現の熱気は、未だ収まってはいない。どのダンジョンも今までこの世界に存在していたダンジョンとは一味違うものであり、まだまだダンジョンについての新情報は尽きることなく、冒険者や情報屋たちが駆け引きを行っている。黒猫と呼ばれる伝説的な冒険者が出した『ダンジョンの情報収集』の依頼も功をそうしているようで、皆が受け付けのところに『迷宮探査願』の書類を持って行っている。またギルドは酒場を兼営しているので、ダンジョンから宝をせしめた冒険者たちが昼間から祝杯をあげている姿をちらほらと見かける。

 ソラは、眠たげというか、どこか上の空な様子で彼らを見つめていた。

 ――どうして、そんなに楽しそうに騒げる。

 ――たった数か月経っただけで、人の記憶から、あの『龍狩』が……消え去っていくことは普通のことなのか?

 もちろんソラも、だからと言って『お前ら全員喪に服せ』と言いたいわけではない。冒険者は死と隣り合わせな職業ということは分かっているし、仲間の死もそれほど珍しいことではないと知っているつもりだった。しかし、自らに近い人の死、自分が当事者になったとき、こうもクるものだとは思っていなかった。

 理性では理解しているつもりでも、感情の整理が追いついてこない。わがままで子供っぽいことは分かってはいるが、どうしてもソラは、あの日の出来事を割り切れないでいた。

「……不明の遺跡、か」

 ソラは手元にある数枚の紙を見やる。それはソラが自分なりにまとめた『不明の遺跡』のダンジョン――つまりは、ソラたち『龍狩』が半壊させられたダンジョン――にまつわる情報たちだった。

 曰く、デビューしたての新人冒険者が宝を背負って帰ってきた。

 曰く、宝も魔物も出なかった。

 曰く、扉を開けた瞬間にパーティが全滅しかけた。

 曰く……名の通った冒険者が帰ってこないことが多い。

 情報、証言にほとんど統一性がない。

 ソラは、黒猫の推理を思い出す。どうやらダンジョン側の作戦としては、それはダンジョンの本来の実力を隠し、冒険者をかく乱させるためなのだと。そして強い冒険者を効率よく招き入れるための罠なのだそうだ。

 傷つかずに帰ってきた運のいい冒険者たちからすれば、どうしてあの程度のダンジョンに手こずるのか理解できないと調子に乗るものが多いため、最近『不明の遺跡』がらみで冒険者同士の仲が悪くなることも少なくなかった。

 ソラは自分の青髪をクシャクシャと掻き毟り、大きなため息を吐く。どうやら今日も仕事を受ける気にはなれないらしい。

 仲間の死という事実がソラの心に絡みつき、未だ彼の内に秘められた復讐の火は燻ったままだ。

「……帰るか」

あの日以来、ソラにとって毎日が灰色だった。抜け殻にでもなってしまったようだ。重い足取りで、ギルドの出口へと向かう。

「あれ……あーやっぱそうだわ! 『龍狩』のソラだよなあ! あーもう『龍狩』は潰れたんだっけ?」

 途中までソラは自分に話しかけられていると思わなかった。ソラに話しかけているのは、昼間から酒盛りをしていたパーティの一つであり、嘲りと挑発を含んだ物言いをしているのはパーティのリーダーらしい。ソラと同年代らしい青年だ。酒が最早回っているようで、赤らみにやけた表情でソラの前に立ち塞がった。

「君らは誰かな?」

「俺たちのこと知らない? 俺たちは『四剣』ってパーティでよ、俺はリーダーのグンジョーだ、最近は名前も売れて来たと思ってたんだけどなー……それとも、天下の『龍狩』様は下々のことなんてご存じないってか」

「……何の用かな、僕はもう帰るから、酒が飲みたいなら勝手にやっててくれ」

「まあまあ、そう言うなよ! 俺たちが奢ってやるからさー、な?」

 後ろのパーティメンバーが酒を樽ジョッキに注ぎ、ソラに無理やり持たせる。

「いやー、この宴会だけど、今話題になってる同時出現のダンジョンでぼろ儲けしたんだよなあ……なんだっけ? あーそうだ、『不明の遺跡』だったかな? チョロ過ぎて名前を忘れるところだったよ!」

 グンジョーの言葉で後ろのパーティメンバーたちが爆笑する。品のない笑い声を聞いて、ソラは顔をしかめ、樽ジョッキをテーブルに置いた。

「……もう良いかな? 今日は酒を飲むような気分じゃないんだ、それに……」

 ――そんな酒が、飲めるかよ。

 ソラはその言葉を喉の奥に引っ込めた。

「あっれー? 動揺しちゃってます? あの天下の『龍狩』が!」

 けらけらと笑う冒険者達。確実にソラに喧嘩を売っている。

 彼らとて普段からこんな態度なわけではない。しかし、同世代でありながら冒険者として名を馳せていた『龍狩』を壊滅に追い込んだダンジョンに、自分たちは悠々と攻め入ることが出来たという事実が『龍狩』に対する優越感に繋がり、酔いも回っていることもあって黒い感情が出てしまっているのだ。

「いい加減にしてくれないか? 僕は機嫌が悪い。さっさとそこをどいてくれればありがたいんだけど……」

「――調子のってんじゃねえ。こっちは酒を奢ってやるって言ってんだぜ? いいから飲めよ、この負け犬が」

 両者がにらみ合う。

 回りの冒険者たちも、二人のやり取りに気付き始め、遠巻きに様子を伺っている。冒険者の中に喧嘩を止めてやろうという奴はいるわけもなく、争いの種を見つければ面白いものが見られるとニヤついているばかりだ。面白がっているのを抜きにしても、冒険者が他者のいざこざに首を突っ込まないのは、ギルドでの喧嘩など日常茶飯事であり、冒険者ならば当事者同士で決着をつけるべきだという認識が皆の根底にあるからであろう。

 しかし、二人を見やる眼もいくつか種類があるようで、ただただ喧嘩が見られると面白がるものと、ソラの心の傷を案じて見守るものと、『龍狩』の悪評を信じていてソラに対し敵対する目を向けるものと様々であった。

「何が『龍狩』だよ! 大層な名前付けやがってよお! あんなダンジョンに苦戦して死ぬような奴がそんな名前を名乗ってんじゃねえよ! スライムがちょこちょこ、ゴーレムは棒立ち、バレバレの罠に、無造作に置かれた宝箱! あんな砂糖にカラメルかけたのより甘いダンジョンでどうすれば苦戦するのか、逆に教えてほしいね!」

 ソラに対する暴言に、だんだん熱がこもってくる。思ったよりも食いついてこないソラに業を煮やしているのだろうか。そして、ソラの様子に後ろのパーティメンバーたちもイラついてきたらしく、援護射撃を開始する。

「ホンットー、『龍狩』とか言ってさー、まるで同世代の中では自分たちが一番強いですみたいな顔しちゃってさー、ウザかったんだよねー」

「……まともに考えれば、龍を倒した、というのが嘘……と考えた方が筋が通るレベル……」

「デカい蜥蜴でも倒して、龍を狩ったぞー! とでも言ってたんじゃないか? あんなダンジョンで壊滅するなんてガッカリだぜ、それともようやく化けの皮が剥がれたのか?」

 後ろのパーティメンバー三人がクスクスと笑う。

「またこのあと『不明の遺跡』にいってもうひと稼ぎ行こうってことになってんだけど、ソラさんも誘ってやるよ? 行くよな? それともビビってんですかぁ?」

 グンジョーはソラを挑発するように言った。しかし、彼らは『不明の遺跡』の本当の恐ろしさを知らない、それに、未だあのダンジョンの底が見えない状況で、ソラがその提案に乗るわけはなかった。

「悪いけど遠慮するよ」

「うっわ、やっぱビビってんのかよ、かっこ悪ぃ!」

 四人の嘲笑がソラに向けられる、しかしソラは眉間にしわを寄せるだけで言い返しもしない。周りの冒険者からも、あれだけ馬鹿にされて黙っているなんて、それでも男か、といった風な視線が向けられる。

 しかし、ソラはそれに耐えていた。

 耐えていた、というよりかは、さっさと解放してほしいという感情の方が強かった。

 もはや疲れ切っているのだ、あの日以来『龍狩』に対する悪評がソラの耳に届くことは多々あったが、全てに対応することは不可能だと半ば諦めていたからである。ソラはただただ目の前で喚き散らしているグンジョーが罵倒に飽きるのを待った。

「……っち、つまんねえな、こんなに言われて悔しくねえのかよ……おい!?」

 グンジョーがソラの胸倉をつかみ大声を上げる。

「毎日毎日、ギルドの隅で腐りやがってよお! あんた、もうあのダンジョンには行かねえつもりかよ! ビビりやがって、それでもあの『龍狩』か! 俺ら世代のトップが情けねえ!」

「何だよ……君は僕のことが嫌いなんじゃないのか?」

「ああ嫌いだよ! あんたらが上にいたせいで、俺らはまるで目立ちゃしねえ! 同じ世代で上に行かれる悔しさが分かるかよ! それなのにあんたらは『あんなダンジョン』で壊滅しやがって! ガッカリだよ、あんたらそんなに弱かったのかよ!」

「……お前は何も知らないからそんなことが言えるんだよ……あのダンジョンの難易度は変動する、あのダンジョンの真の実力を分かりかねたまま突っ込む馬鹿がいるかよ……!」

「そんなのはあんたの都合だろうが! ソラ、あんたがあの日以来、なんの仕事もせずに腐ってんの見たら、馬鹿にされんもしょうがねえだろうが! あんたがそんなんじゃ……今まであんたらを越そうと躍起になってた俺らが馬鹿みてじゃねえか! 結局あんたビビってるだけなんだよ!」

「…………ッ」

 ――ビビっている……怯えているだけなのか?

 復讐だとか、敵討ちだとか息巻いていながら、ただ時間が過ぎるのを待っているだけなのか?

「いいかソラ! 時間が解決してくれるとか思ってんじゃねえぞ! てめえも冒険者だろう、危ない橋渡って何ぼだろうが! デカい傷を治すときは劇薬を使わねえといけないときもあるだろうが!」

「君は……グンジョーは、僕に発破をかけてくれているのか?」

「――ッ! んなわけねえだろ!」

 グンジョーはソラに注いだはずの酒を引っ掴み、一気に煽った。

「グンジョー、確かに、僕はビビっていたのかもしれない……何かと理由をつけて、問題を先送りにしていただけなのかもな……今すぐにってわけにはいかなくても、絶対にこの問題はうやむやにしないって誓うよ」

「……勝手に誓ってろ」

 ソラは少し心が軽くなったような気がして、今日は何か、軽い仕事だけでも受けていこうかと思い、掲示板に向かおうとした――その時だ。

「……んだよ、喧嘩しやがらねえのか、面白くねえなあ!」

 物陰からヌッと出現する、大きな黒い影。

 二メートルを超える巨体、長い四肢、爪や牙は尖っており凶暴性を知らしめている。

 不健康そうな白い肌をしている割に、筋肉は隆々としており、羽織っている黒いコートの対比で、モノクロの怪物に見える。

 この街一番の害悪といっても過言ではない、凶悪、凶暴、災厄の冒険者、アクバールだ……。

「肝っ玉小せえガキと、情報弱者のガキの低レベルな喧嘩が見れると思って楽しみにしてたのによぉ……温い展開見せやがって、下らねえ下らねえ!」

アクバールの登場に、あたりもザワつく。丸く収まってしまったことを残念に思っていた冒険者は少なからずいたが、アクバールの登場を望むものは一人としていない。現に、グンジョーのパーティメンバー達はアクバールの出現にすっかり萎縮してしまって、さっきまでの勢いはどこへやらだ。グンジョーはさっきソラに啖呵を切った手前、何とかアクバールのプレッシャーに耐えている。

「何か用かアクバール……」

 ソラが警戒しつつも、心底面倒そうに問いかける。

「そうあからさまに嫌な顔をするなよソラさんヨぉ、まるで俺が、いつも何か悪いことをしいてるみたいじゃねえかヒドいなあ、傷ついちゃうぜ、カッカッカッカ」

「お前が誰かの迷惑になっていなかった時があったか?」

「カッカッカ! 辛辣だなあソラさん、そこのガキ――グンジョーくんの叱咤激励を受けて調子のっちゃってるのか? アァん? 俺はアンタに良~い知らせを持ってきてあげたのにナぁ」

「何言って……」

 アクバールがかがんで、ソラとグンジョーの肩をグイと引き寄せる。ソラとグンジョーは肩にかかる力に有無を言わせぬものを感じた。顔を突き合わせる形になった三名。

 アクバールが意地悪そうな笑みを浮かべ、ロートーンで呟く。

「――『不明の遺跡』のダンジョンに、赤髪の女の冒険者が出るという噂を聞いた……」

「何っ!」

 ソラが驚きの声を上げて、身を翻しそうになるが、アクバールが手に力を籠め押さえつける。

「カッカッカ、まあ落ち着けよ……おそらくだが……その赤髪は、あの戦闘狂女だぜ?」

「そんな、馬鹿な……アカネは確かにあの時……」

「ちゃんと確認したかぁ? 脈はとったか? 息をしていたか? 瞳孔の開き具合、出血量の想定、意識確認……テメエはどれか一つでもまとも出来たのかよ」

 ソラはあの時のことを思い返す、確かに自分はスライムの中に沈んでいったあとのアカネを知らない。自分も既に錯乱していたし、助からないと諦めきっていたのだ。

「その顔は図星だナ……カカっ、仲間だ何だと言っておいて、死亡確認もしないとは不義理な奴だなあオイ!」

 アクバールの嫌味も、今のソラの耳には入らない。どんどんと連想していく。

 ――もし、あの時。なんらかの方法でアカネが助かっていたとしたら……。

 しかし、それではソラたちのもとに帰ってこない理由が付かない。

 ……記憶に障害が出ているとすれば? 瘴気が体内に過剰蓄積したか、脳に酸素が行かなかったことによる障害か、理由は何であれ、それならばダンジョンを出てこないわけとしては何とか筋が通る。

 アカネが生きている可能性がある。目撃証言がある。

 ソラ自身、自分の心臓が熱くなっているのが分かる。

「その噂は……ガセじゃあ、ないのか?」

「……そういう証言があったってのは本当だ、断じて俺の妄言ではないと誓ってやる」

 アクバールの言葉など、普段なら信用に値しない。しかし、今のソラは捨てていたはずの希望が、再び輝きだしたように見えていた。

 もし、本当ならば。

「会いたい……今すぐにでも……!」

 アクバールの口角が、ニィと上がった。

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