プロローグ……児戯の始まり
「えー、皆様始めまして。私は神様的な存在です。今回は突然の事で申し訳ありませんが、あなた方には違う世界に行っていただきます」
望月明はそんな声を聞いた。
聞いたような気がした。
おそらく正確に言えば声ではない、しかし情報とそこに含まれる感情とニュアンスは望月にしっかりと伝わってくる。
五感を介さない直接言語のようなものがあるとしたら、こんな感じだろうかと望月は明瞭にならない意識の中でボンヤリと思った。
誤解を絶対に与えず、相手の伝えたいことが完全に理解出来る。それはまるで、これから始まるゲームのチュートリアルを理解するために必要であるような気がした。
「皆さんがテストする予定だったゲームですが、私はとても、そのゲームが気に入りました。いや、人間も捨てた物ではありませんね、あそこまで楽しそうな世界を想像だけで作ってしまうとは……けれど勿体無い」
神様的な存在の演説は続く。この様な言葉を発している訳ではないのだろうが、脳内に神様的存在が伝えたいことが刻み込まれていく。どこか悪戯心が垣間見え、己の欲望を満たすための万能なる力を秘めているような、そんな意志が流れ込んでくる。
「人間には勿体無い、あの世界は虚構で再現してしまうのはあまりにも、なので、あのゲームは私だけの物にするとします」
神様的な存在の者に気に入られたゲーム?
この奇妙な感覚に身を委ねている、望月を含めた数十人が頭の中でその内容を反芻した。
こいつが伝えたいことは何なのか。一体、自分たちに何をさせたいのか。何に巻き込まれたのか。
「なので、私はあの世界をつくりました」
さきほどから望月の頭の中に疑問符は増えるばかり。
作った。造った。創った。なるほど、ふざけるな。
「噛み砕いて説明しましょう。あなた達がするはずだったゲームは、私の手によって現実となりました。『世界五分前仮説』みたいなニュアンスでしょうか。平行世界なんて言い方が分かりやすいですかね。いや、異世界の方がファンタジー的かな? まあ、それはともかく、あなた方はその世界でめいっぱい遊んでもらいます。データやプログラムじゃない、本当の現実で。夢なんて軟な仮想現実じゃない、本当の現実で、ね」
まるで赤子に説明するように、ゆっくりと丁寧に説明している。望月たちを馬鹿にしているのが分かる。おそらく、この存在は礼を失しているとすら思っていないのだろうが。
「脳の中にしかないような虚構じゃあない。リセットもセーブもリロードも、もちろんコンティニューも無い、けれどもゲームオーバーだけはある、リアルな世界へご案内してあげましょう。殺したら相手は死ぬし、殺されたら自分が死ぬ。現実が怖い引きこもりだろうが、現実で働くリーマンだろうが、ニートだろうが総理大臣だろうが、押しなべて生きながらえるべく、必死に必死にあがいてもらいます」
どこか人を嘲っているのが分かる、軽く望月は苛立ちを覚えた。
しかし、望月も理解している。この下らないチュートリアルが、己の人生のターニングポイントになりうる事を。
「勿論、ゲームみたいに説明なんてしないからね。自力で頑張ってください、それが現実です。じゃあ……」
その存在がくつりと笑った。
「私を楽しませてね」
語尾に「はぁと」でも付きそうな甘ったれた声を最後に計五十名が、つくられた世界へと飛ばされた。