プロローグ……遊戯の終わり
自己満足で書いたものなので。
貴方の暇つぶしになればなお満足です。
結局自己満足です。
その日は最悪の日となった。
二X一一年、日本に世界を牛耳る力を持った企業があった。
企業名は『GOKURAKU社』
ゲームメーカーとして始まった企業である。
組織の長は、卓越した頭脳と恐るべきほどに長けた経営の才を持ち、たった一代で『GOKURAKU社』を市場の頂点へと押し上げた。世界中に支社を持ち、在籍している社員は六桁を超える勢いである。
ゲームの他にも様々な事業で成功を収め、破竹の勢いで成長する『GOKURAKU社』を他企業は恐れた。その会社を潰そうとし、利用しようとし、時には圧力をかけ、粗を探してみようと試みても、どれもこれも失敗に終わっていた。市場はその会社の独壇場と言ってもよかった。
そんなどこまでも衰える事を知らないその会社が、一世一代、全てをかけて取り組んだ事業。
その事業とは、脳科学関連のとある電子機器の開発。ありていに言えば『生物に夢を見せ、限りなく現実に近いと錯覚させる』機械だった。それを完成させ実用化レベルまで持っていくには、理論と技術のギャップを埋めるためにあと百数年は必要と謂われていた代物だ。しかし『GOKURAKU社』がその研究自体を買い取り、己の有する莫大な資金と世界中の頭脳を結集し、結果僅か二十数年という本来の予定より約五倍の速さでそれを完成させた。
この事業がどの分野でも活躍することは明白であった。何故ならば、夢と言う不確定要素の多い世界を完全に管理できるということは、仮想世界の創造を可能にするものと言っても差し支えないものだからだ。夢とは記憶の再構成によって形作られる。しかし、それに外部からのデジタルデータを構成部品として加えられたとしたら。そして、本来は精神状態などで左右される夢の組み立てが明確な意志によって自由自在に組み替えられるとしたら。
設定の仕様によっては同一の夢の共有も、夢の中での物理法則の完全再現も可能である。
現実では不可能なシミュレーション、莫大な資料を必要とするプレゼン――医療、建築、情報管理――どのような分野であれ、この機械の完成によって可能になる改革は数えきれないほどである。
完成されたその『ハード』はチョーカーのような形で、詳しい事は全て書ききれないので乱暴に説明すれば、脳に直接電気を流し夢を見せる仕組みだ。
もちろん人体の被害を考え、動物実験を繰り返し、利用可能だと判断された後も執拗に安全性を確認された。非合法ギリギリの人体実験まで秘密裏に行われ、絶対の安全を世間に確約し、ようやく発表された。
しかし、この技術がどのようにして世間に公開されたかといえば、意外にもゲームという娯楽の形としてであった。
なぜならば、この会社にとってゲームとは、原点にして最大事業。初志貫徹というか、どれだけ他の分野に手を出そうとも、ゲームという分野では他の追随を一切許さず、起業以来変わらず、この会社にとって最も実力を発揮できる分野であったからだ。
つまり、ゲーム界最大の会社が送る、最新鋭の科学が詰め込まれた、今まで誰も経験したことのない完全なるVRMMOの一作目。
世の中がこれに食いつかないわけがなかった。
一大センセーションを巻き起こし、最新情報が出回るたびに様々なメディアで取り上げられる。
そんな中、そのゲームのテスターが募集された。
募集定員はたったの二十五名。
それがどこから選ばれるかといえば、当時オンラインゲーム界で規模や人気の頂点に君臨していた『ダンジョン・クロス・オンライン』のプレイヤーから。
もちろんこのゲームも『GOKURAKU社』が提供しているゲームであるが、このゲーム内での特別ミッションをクリアした国内プレイヤーが選ばれるという異色な方法だった。
内容的には、広大な仮想世界のどこかにある二十五のチケットを探せといった宝探しのようなものだ。
と、いっても、このゲームの仮想空間は総ゲーム登録者、一億人を超えるプレイヤーが悠々と遊べるほどに広大な舞台であるのだが……。
それでも、どれだけ倍率が高かろうが二十五名のクリア者は存在するわけで、彼らは本社に呼ばれテストを受ける資格を得た。
テスト中の夢の映像――仮想現実空間内の様子が全国放送されるという試みもなされ、世界は人類が思い描く未来像に現実が近づくその瞬間を我が目に焼き付けるべく、そのテストゲームに注目した。
――結果、二十五名、全員が死んだ。
理由は、テストのその日に限って何故か異様に高い電圧が流れ、参加者の脊椎を焼き潰したから。
世間の注目を一堂に集めていたイベントだったので、隠蔽なんてことが出来るはずもない。
夢を見せる機械、夢のような機械の始まりは悪夢の惨劇に彩られた。
世間がVRMMOに抱いていた、希望、感動は、すべて反転し、憎悪と非難がその会社を飲み込んだ。
『GOKURAKU社』は今までの栄光が嘘のように虚弱化していった、これほど強大な企業ならば、これまでだって今回の事故ほどでないにしても、そうとうの危機に陥ったことや、不祥事の処理が必要なことはあっただろう、事故で人を殺したという事態であっても、被害は最小限で抑える能力は持っているはずなのだ。
しかし、何故か最大企業であったのが嘘のような穴だらけの対応を続けた。
結果は裏目と出て、自分の首を絞める事態を繰り返すこととなり、あっという間に会社は潰れ、他企業に吸収され、会社自体は姿を消した。
最終的に、事故が起こり、人が死に、会社が潰れた。というだけの話なのだがこの話には続きがある。
最大企業の瞬く間の崩壊と、夢を見せる機械の使用を予定していたすべてのプロジェクトの廃止。この二つは経済に大きな打撃を与えた。
という話ではない。
確かに世間にも、二次、三次被害は絶えず、世界中の多くの人間がその影響をくらったが、そちら側の話ではなく。
今回、亡くなった人間の続きの話。
今回の犠牲者は五十名、彼らの人生は事故の地点で終止符を打たれたはずなのだが、そんな事はなかった。むしろ、彼らの物語はここから始まる。
それを知るものは、こちらの世界には居なかったというだけで。