彦一復活
彦一は、生死の境をさ迷っていた。
彼は暗闇の中にいる自分に気が付いた。
すると、やがて前方のある一点が、ボヤっと明るくなった。
目を凝らしてよく見ると、10年程前に亡くなった祖父が笑っている。
『ああ、俺はやっぱり死んだのか?』
祖父がこちらを向いて手を振っている。
お爺さんとの楽しい思い出が思い出されて来た。
懐かしい気持ちが湧き出て、今にも近くへ寄って行こうと思った。
だが、その時背後から妻と娘の声がしてきた。
「お父さん、目を開けて」
「お父さん、声が聞こえる? 返事をして!」
その声を聞いて、彦一は、愕然した。妻や子供にもう会えないのか、という憐憫の情が沸き上がって来た。
彼は、心の中で泣いた。
俺の一生は何だったのか?
価値ある人生を歩んだのか?
妻や子を幸せに出来たのか?
そうやって、心の奥底で嘆いていると、前方で手を振っていたお爺さんの声がしてきた。
「彦一、お前はよく頑張ったぞ」
そう言っているお爺さんが、次第に輝き始めたのである。やがて、体全体が黄金色になる。
彦一は、何が起きたのか目を凝らして見つめた。
どうやらそれは、自分が知っているお爺さんの顔ではなかった。
その姿形には威厳が漂っている。
「彦一、私は弥勒菩薩である」厳かな声が響いてきた。
「弥勒様ですか?」
「そうです。ここに来て随分戸惑っておるだろう。無理もない事です」
「はあ----?」、あまりの意外な展開にどの様に対応して良いか分からない。
「本来、お前には寿命が残っています。しかし、本当に人の為に自分の命を捨てる覚悟があるのかどうかを見てみたかったんです。人類の代表としてね。そして、あなたは人間の誠実さを見事に見せてくれました。これで人類は救われるでしょう。さあ、貴方にはまだここは早すぎます。こんなところに居ないで、妻と娘の所へ帰っておやりなさい」
その直後、彦一は、息を吹き返した。
妻は、その様子を見て歓喜のあまり、一声「あなた!」と叫ぶと、大粒の涙を流した。
娘も、「良かった、良かった」と何度も何度も言いながら泣きじゃくった。
また、周りで心配していた人々も歓声を挙げて喜びあった。
彦一は、歓喜の声を聞きながら起き上がった。
「おい、みんな氷の橋まで急ぐんだ」
彦一の声は、ついさっきまで死にかけていたとは思えないほど、大きな声であった。
実際、倒れる前よりも体は軽く、エネルギーに満ちているように感じた。