特殊実験室にて
特殊実験室にて
実験室に閉じ込められた捕虜たちがざわめき始めた。
「何だ、ゴーっという音がするが?」
皆は不安のなかで、その音の正体を探した。
ある人が何かに気がついて叫んだ。
「大変、この部屋の空気が抜けているんだわ」、その顔は恐怖でひきつっていた。
「俺達を窒息死させるつもりか!」
「くそ、彦一、ここから出すんだ」
人々はパニックに陥った。
壁を叩く者、涙を流す者、祈る者---。
そして、彦一に向かって罵る者。
彦一も、更に動揺していた。『ゾーンは、皆を殺す事はないと言っていた筈なんだが。それにゾーンのいる指令室からしかここから出す事は出来ない』
彦一は、自分の罪深さに耐えられそうになかった。
皆の苦しむ姿を見るだけしかできない。
それこそ地獄の苦しみだ。
目をつむっても、皆の苦しむ顔が浮かんでくる。
気が狂いそうであった。
そこへしわがれた男の声が聞こえて来た。
「彦一、聞こえるか」
嘆き悲しむ彦一には、空耳のように聞こえた。
だが、再び声が聞こえる。
「彦一、目を開けてこっちを見るんだ」
漸く目を開けてみる。
目の前に、白い顎髭をはやし、杖を持った老人の姿がうっすらと現れてきた。
彦一は、頭がおかしくなったかと思い目をこすってみる。
やがて老人の姿がはっきりと現れ、優しく笑った。
「彦一、皆を助けたいか?」
彦一は、自分が狂ってしまったかと思ったが、恐る恐る問うてみた。
「あなたは誰ですか?」
「ワシは、天海という僧侶じゃ。お前に幻視を見せておる」
「それで、なぜ私の前に現れたのですか?」
「お前の嘆きが弥勒様に届き、ワシに救ってやれと申されたのじゃ」
「弥勒様が----」、彦一にはどうしても現実とは思えなかった。
「お前は皆を救いたいか?」
「ああ、勿論そうだ」
「お前の命が危うくなっても救いたいか」
彦一は、ごくりと唾を飲んでから言った。
「ああ、命を掛けてでも救いたい」
「お前の愛する妻や、娘に会えなくなるかもしれんぞ」
彦一は、うーんと唸った。そして、妻や娘の姿を思った。昔、家族で楽しく過ごしていたころの映像が頭をよぎった。
それでも彦一は決意して言った。
「天海様、それでも皆を救いたい」
「その言葉に嘘いつわりは無いな」
彦一は、それでも躊躇なく「はい」と答えた。
「それで良いのじゃな。ならばワシの言う通りにするんじゃ。まず、実験室にいる人達に、なるべく隅に寄るように言ってくれ」
彦一は、実験室内にいる人達に顔を向けた。
既にかなり空気が薄くなっているようで、苦しそうにしている。
「みんな、助けるからな。とにかく隅に寄ってくれ。もう少し頑張ってくれ」彦一は必死にお願いした。
「よし、それで良い。いいか、ワシの気をお前に送る。その気の力で実験室の壁を吹き飛ばす。ただし、お前の体はその強力なエネルギーに耐えられないかもしれない。死ぬかもしれないと言う事だ」
「その覚悟は出来ている。時間が無い。早くやろう」、彦一の決意は揺るがなかった。
「ならば、右手を水平になるまで上げて、手のひらを破壊する壁に向けるんだ」
彦一は、言われた通りに動いた。部屋の中で苦しむ人達の姿が映る。
「それで良い。ならば気を送るぞ。体が熱くなるが、我慢するんだぞ」
次第に彦一の体が熱くなり、汗が身体中から噴き出してくる。気が遠くなりそうになるのを必死で耐えた。
やがて、身体中に溜まった気が、右腕に集中してくる。
「さあ彦一、もうひと踏ん張りだ。行くぞ」
その瞬間、彦一の手のひらから、強烈な気が放出された。
凄まじい勢いで壁が破壊されていく。
捕虜たちは、息を吹き替えした。
そして、歓喜の声が沸き上がる。
だが、彦一は人々の歓喜の声を意識が薄くなる中で聞いていたが、ついに倒れてしまった。
人々は、その彦一に向かって駆け寄った。
「彦一、大丈夫か」
「死ぬんじゃないぞ」
命をかけた彦一に対して、既に恨みを持つものは居なかった。ただ、彦一が死なない事を祈った。
そこへ、レイリーに連れられて彦一の妻と娘がやって来た。
二人は、倒れている彦一を見つけた。
「あなた、大丈夫なの」
「お父さん、目を開けて」
周囲に妻と娘の悲痛な声が響いた。
「ああ大変、呼吸をしていないわ。誰か人工呼吸を出来る人はいない!」
すると、回りで見ている人の中から一人の男が出てきた。
「私は医者だ。任してくれ」