鬼ヶ島
日本の近海に通称鬼ヶ島と呼ばれる島がある。平地が少なく、植物が群生し人が住みにくい場所である。昔は人が住んでいたのか、住居や井戸などの痕跡が見つかっている。
現在は対岸の漁師がカキの養殖場として利用している。
そしてここ数年来、漁師の間で鬼を見たという噂が流れていた。赤鬼を見たもの、青鬼を見たものなど色々であった。
ある日のこと漁師の一人、彦一は1日の作業を終え、帰り支度もほぼ終えた。それで近くの岩に腰を降ろし煙草に火をつけた。目の前に広がる海や優雅に空を飛ぶカモメを見ていると1日の疲れも忘れる。彦一にとってはこの時間がとても気に入っている。
こうしてゆったりしていると、後ろにある林の中で何かが動く気配がした。なんだろうと目を凝らすがよくわからない。
彼の性格として分からないものは納得のいくまで追求するというところがある。
それで、その方向へ歩いていった。林の中を探し回っていると、大きな足跡を見つけた。この大きさからすると、かなりの大男である。
『おっと、これはいったいなんだ。最近漁師仲間の一人が行方不明になっているが、それと関係しているかもしれないぞ』
彦一は大きな足跡を辿ってみた。恐らく、この足跡の先に鬼の棲家があるのだろうと予感した。
かなり険しいところであるため、時々足跡を見失う。するとその辺りを眼を皿のようにして探し回る。その繰り返しだ。
彦一の周辺で、時々ガサガサという音がするが、足跡を探すのに夢中になっていたため、大して気にも止めなかった。
やがて、彦一の周囲に薄闇が迫ってくる。
『しまった、少々夢中になり過ぎたぞ。これ以上暗くなると帰れなくなる』
漸く彦一は探索を諦め、帰る決意をした。
その時である。再びガサっという大きな音とともに、人影が動いたように感じた。
彦一は五感を研ぎ澄まして周囲の様子を伺った。
彦一は「誰だ」と叫んだ。すると大きな人影は、素早い動きで彦一の背後にまわり、羽交い絞めにした。彦一は漁師仲間でも体格が良く、村の相撲大会でも何度も優勝するような男であった。その彦一でさえ身動きが取れないくらい強い力で押さえ込まれてしまったのだ。その直後、頭に強い衝撃を受け気を失った。気を失う瞬間、朦朧とした意識の中で見たものは赤鬼の姿であった。
どれだけの時間が過ぎ去っただろうか、彦一が目を覚ますと六畳ぐらいの部屋のベッドの上に横たわっていた。彦一はなぜ自分がこんな所にいるのか全く思い出せなかった。ここは病院でも無さそうである。ベッドと椅子ひとつ以外には何も置いてない。窓さえも無く、ただ白い壁があるだけだ。上半身をおこそうとすると酷い頭痛がした。
『そうだ、おれは鬼にやられたんだ。くそ!』。そこまで思い出すと、悔しさが込み上げてきた。
すると、単なる白い壁だと思われていた所から奇妙なものが通り抜けてきた。
彦一にはどうみても壁を通り抜けたようにしか見えなかったが、良く見ると幅1mm ほどの細長い長方形の素材が左右に広がり、通過しようとする形状に合わせて隙間を作っていたのだ。
入ってきた物体は、胴体がほぼ円筒形、頭はドーム型、そしてそこにカメラのレンズのような目が付いている。
また、頭の上にはパラボラアンテナのようなものが、時々右に左に回転する。
胴体からは、象の鼻を少し華奢にしたようなものが2本伸びている。それが、腕なのだろう。その先端、人間でいえば手に相当する部分だが、微妙に変形出来るようだ。
彦一はさすがにこれは生物ではなく、ロボットだろうと思った。
足のような物は無い。円筒形の胴の下に車輪でも付いているのだろうと思ったが、良く見ると浮いているようだった。
そのロボットが喋った。
「気分はどうですか?」、何とも抑揚の無い声である。
「お前は誰だ? ここは何処なんだ?」、彦一は怒気を含んだ声で言った。
ロボットは、暫く考えているようだった。考えると、頭の部分が鈍く光る。それは一色ではなく、様々な色で、光のグラデーションとなり、見ているととても綺麗だ。
暫くしてから「元気そうで何よりです」と応えた。
「なんだ、俺の質問に答えていないじゃあないか!」
「それでは、脈拍を計らせて頂きます」
「くそっ、無視かよ!」
ロボットの腕がサッと動き、彦一の腕にベチョッと巻き付いた。
「うわっ、気持ち悪い。いい加減にしろ!」
「おや? 随分と脈拍も血圧も上がっているようですよ」
「当たり前だ。お前のせいだ!」
「失礼しました。あなたが興奮すると、どうなるか見てみたかっただけですよ」
「こいつ、俺をバカにしているのか」
ロボットは、ベッドの脇を覗きこんでいる。そこには何やら計測器があり、数値が示されていた。
「おい、また無視する気だな」
「あなたの安静時の脈拍及び血圧は正常値です」
「何だい、はじめっからそこを見ろよ!」
「色々と貴重なデータを得られました。感謝します」、ロボットは淡々と用事を済ませると部屋を出て行った。
彦一は、あの抑揚の無い喋り方と、噛み合わない会話に苛ついた。
彦一は、さっきよりも頭痛が酷くなったような気がした。