正一郎、洋子拉致事件
桃太郎の育ての親、正一郎と洋子は、もう七十歳を超えていたが、まだまだ元気で農作業を続けていた。そして桃太郎が日に日に大きく立派になっていく姿を見て、とても喜んでいた。
また、農繁期には一緒に農作業を手伝うなど心優しい面もあり、とても満足していた。
桃太郎もまた、誠実で働き者の正一郎と洋子を、お爺さん、お婆さんと親しみを込めて呼んでいた。
そんなある日の事、正一郎と洋子が一日の農作業を終えて帰り支度をしている時に、パトカーのサイレンの音が響いてきた。何処に行くのだろうと作業の手を休めて見ていると、自分たちの前で停まったのには驚いた。
パトカーから一人の大柄な警察官が降りてきた。
「桃太郎さんのお爺さんと、お婆さんですか?」
「はいそうですが、それで桃太郎に何かあったんでしょうか?」、二人は少し困惑した様子で答えた。
「驚かないで下さいよ。実は桃太郎さんが大怪我をしたんです。今病院で治療中なんです」
「何ですって、いったいどうして」
「桃太郎さんは、車に跳ねられそうになった老人を助けようとしたんです。しかし、その老人は助かったものの桃太郎さんが代わりに跳ねられてしまったようです」
「な、なんてことに。桃太郎は助かるんでしょうね」、二人はとてもかわいがっていた桃太郎の事を思い気が動転した。
「まあ、落ち着いてください。私が病院まで連れて行きましょう」
正一郎と洋子は、桃太郎の事を考えると、心配と不安で頭がいっぱいになっていた。そんな状態で二人は警察官の勧めるままにパトカーに乗り込んだ。
パトカーは病院に向かって進んでいるかのように見えた。しかし、実際は全く別の場所に向かっていたが、二人は桃太郎の事が心配で何処に向かっているかまでは分からなかったのである。
パトカーはある広大な庭を持つ大邸宅へ入っていった。
その様子を見てお爺さんが、「おや、ここは病院では無いようだが?」
「いやいや大丈夫です。ここで良いんです」。
三人はパトカーを降りて、玄関の呼び鈴を鳴らした。やがてドアが開くと、
「やあ、いらっしゃい。お待ちしておりました。どうぞ中でおくつろぎ下さい」と言って丁重に迎えてくれたのはカーマン隊長であった。
「ここは病院とは思えないが、桃太郎は何処にいるんだ」とお爺さんが心配そうに尋ねた。
「心配要りません。ここで待っていれば桃太郎は必ずやって来るでしょう」、と言って含み笑いをした。
正一郎と洋子は漸く騙された事に気がついた。だが、どうすることもできなかった。
この家の主人は地球人であるが、ネビロン人に脅されて、しぶしぶ自分の家を提供させられていたのだ。
一方、桃太郎は学校から戻ってきたが、お爺さんとお婆さんがいない事を不信に思っていた。まだ農作業をしているのかと思って捜してみたが、そこにもいない。
そんな事をしていたら、桃太郎に向かって、三人の大男が歩いてくるのが見えた。桃太郎はその三人からネビロン人の気配を強く感じとっていた。
桃太郎は『ひょっとして、お爺さんとお婆さんの身に何かあったのでは?』という不安がよぎった。
近づいてきた三人の男の内、真ん中の男がしゃべってきた。
「桃太郎、お前のお爺さんとお婆さんは、こちらで預かっている」
「くそ、やはりそうだったか。なぜそんな卑怯な手を使うんだ」
「二人は丁重に扱っている。快適な部屋を用意してあるので安心して欲しい。ただ、お爺さんとお婆さんを解放したいのなら、お前と引き換えだ。何か小細工をしたら命の保障は無い」
「なんて事をするんだ」、桃太郎は激しく相手を睨みつけた。
「ここに地図がある。地図上の赤印の所まで来い。分かったな」。
それだけ言い残すと三人は立ち去って行った。