桃太郎拉致事件
桃太郎は更に自己鍛錬に励んでいた。この日もまた多くの猿とともに鬼ごっこなどをしながら、木から木へと飛び移り、その俊敏性を磨いていた。
だが、桃太郎が、そうやって猿を追いかけている最中、猿とは違う不気味な気配を感じたのだ。それも一つではない、複数である。桃太郎は他の猿たちに注意を促した。
そんな状態が数十秒続いていたが、突然一匹の猿の悲鳴が響き渡り地面に落下した。
「大丈夫か!」と、桃太郎は叫び、その猿のもとに飛び降りた。『気絶しているだけで、命に別状は無い』と思った瞬間、謎の影二つが桃太郎に襲い掛かってきた。
桃太郎は咄嗟にジャンプしたが、頭上の木の中にも、もう一つの影が待ち受けていた。
桃太郎はその事も承知していて、宙返りをしつつ、その影に一撃を加え、気絶させた。
桃太郎は木の上から、下にいる謎の二人に向かって、「おい、お前ら、ひょっとしてネビロン人じゃないのか?」と叫んだ。
「ち、分かっていたのか。それにしても俺たち精鋭部隊には勝てないから早く降参するんだ」
「なに、精鋭部隊だって!そりゃあ面白い。捕まえられるものなら捕まえてみな」。
桃太郎は、ネビロン人を恐れるというよりも、ワクワクしてきた。強敵が出現すればするほど燃える性質であった。
そんな風にしていたら、別のネビロン人二人が桃太郎を襲ってきた。桃太郎は相手の一撃を紙一重でかわし、木から木へと飛び移った。
下にいたネビロン人も一緒になって追ってきた。桃太郎は四人の攻撃をかわしながら逃げた。
そうやって逃げつつ、一つの枝を握ると無常にも折れてしまった。桃太郎はバランスを崩しながら、下の草むらの中へ落ちた。
その場所目がけて、四人のネビロン人が降り立った。しかし、何の気配も感じない。
ネビロン人は、そのあたりを暫く探し回った。しかし、何処にもいない。彼らは桃太郎を取り逃がしたかと思い呆然とした。
だが、暫くすると近くにあった木の幹から手や足が、ニョキっと出てきたのである。桃太郎は木の幹に変身していたのだった。
そっと彼らの背後に回り、正拳突きや、膝蹴り、回し蹴りなどの連続技で、彼ら四人をあっという間に気絶させた。
そして桃太郎は、鬼ヶ島進攻の時に役に立つのではないかと、彼らの持ち物を調べた。
だが、そんな事をしていると気配を殺した五人がいつの間にか桃太郎を囲んでいた。
「桃太郎、もう逃げられんぞ」
「さすが、精鋭部隊だけあって、囲まれている事に気がつかなかったなあ」桃太郎は、他人事のようにのんきな表情で言った。
「ところで、お前は地球人なのか?ネビロン人でも選りすぐりの精鋭部隊を、これだけ手こずらせた地球人は未だかつていなかった」
「そうなのか?まあ地球人を甘く見るなってことさ」
「地球人なんて造作も無いことさ。地球人の中でも鬼ヶ島が怪しいといって軍隊を引き連れて攻めてきたものがあった。だが、ディアボロスによる邪心増幅電波をその部隊に集中して浴びせると、奴らは仲間割れをして自滅していった。何も出来ないまま彼らの部隊は消滅した」
「そうか、そんな事があったのか」
「だから地球人はもろい。矛盾した憐れな存在だ」
「しかし、そんな地球人ばかりじゃあない。良心基準の高い人間も多くいるぞ。歴史の背後に、そのような人間がいたから、今まで滅びずにやってこれたんだ」
「ふん、どうかな。そんな歴史もここで終止符が打たれるはずだ。とにかく議論はそこまでだ。お前を鬼ヶ島まで連行するぞ」
「それはどうかな」と言いながら桃太郎はポケットから火薬玉を取り出し、それを地面に叩きつけた。
すると、大きな爆発音と煙が立ちこめ、その瞬間、桃太郎は五人のネビロン人の視界から消えていた。
「どこへ行った、桃太郎」
「はっはっは、俺はここだ、追いつけるかな?」と言いながら木から木へ高速で飛び移っていった。
五人のネビロン人もそれに続いた。ネビロン人も精鋭部隊の面子にかけて何としても桃太郎を捕らえたかった。
漸く桃太郎に追いついたネビロン人二人が左右から襲い掛かった。三人は三つ巴になって地面に落ちた。
だが、捕らえたかと思って桃太郎の顔を覗き込むと、いきなりかじられた。桃太郎とばかり思っていたが実は猿であった。
「ち、しくじったか」と言いながら顔を見合わせていると、彼らの背後から「俺なら、こっちにいるぞ」という声がした。
驚いて振り向くと、桃太郎の正拳突きがうなった。
他の三人のネビロン人も、それに気付いて襲い掛かってきたので、その中の一人を桃太郎は真空投げで投げ飛ばし、もう一人のネビロン人にぶつけた。
間髪をいれず、他のネビロン人が襲ってきたので、後ろに二回バク転をして、かわした。
そして、再び木に飛び移り高速で移動した。ネビロン人も直ぐに追ったが、桃太郎が相手ではとても適わないと思ったので、エアバイク隊の応援を無線で要請した。
エアバイクとは、形はバイクに似ているが車輪は無い。地面から三十センチメートルから一メートルほど浮き上がり高速で移動する事ができる。また瞬間的には十メートルほどもジャンプすることが出来る優れものである。
桃太郎が木から木へ、高速移動していると、「桃太郎、俺の背中に乗るんだ」と言う声がした。ふと見るとそれは熊のダイモンであった。ダイモンは走ると早いし持久力もあった。
「おう、ダイモンじゃあないか。どうしてここにいるんだ?」
「サスケから聞いた。とにかく早く乗れ」
「そうか、悪いな」と言って、ひらりと熊にまたがった。ダイモンは走ると早い。ネビロン人との距離はどんどん開いていった。
そこへ、エアバイク隊が不気味な音を上げて近づいてきたのである。
「おい、桃太郎。なんだか騒々しくなってきたぞ」
桃太郎はエアバイク隊を見ながら「あれじゃあ、直ぐに追いつかれてしまう」
「そうか、ここは俺が何とかくい止めるから、お前は逃げるんだ」
「何を言っている。一緒に戦うんだ」
「狙いは桃太郎だ。お前が捕まれば捕らえられた地球人やペルシカ人を解放する事は出来ないぞ」
「うむ・・・・」
「考えている暇は無い。俺は大丈夫だから、とにかくこの場は逃げるんだ」
「そうか、分かった。しかし無理はするな」と言うと、桃太郎は森の中へ消えていった。
ダイモンは迫りくるエアーバイク隊を迎え撃つために身構えた。
エアーバイク隊がいよいよ近づいてくると、それに向かってダイモンも走り出し、猛烈な勢いで飛び掛った。
ネビロン人の一人がダイモンの強烈な張り手の餌食となった。更に続けてジャンプし、もう一人のネビロン人を倒した。
エアーバイク隊は混乱したかに見えたが、特殊部隊隊長のカーマンの的確な指示により見事に冷静さを取り戻した。
彼らはダイモンに向かって電子銃を放った。それはダイモンの背中に命中し気絶させた。
彼らの持つ電子銃はもともと桃太郎を捕らえるためのもので、殺傷能力は無い。少しの間だけ気絶させる程度のものである。
エアーバイク隊は、逃げた桃太郎を捜索するために再び森の中へ入った。そして、桃太郎が何か痕跡を残していないか、色々捜し回った。
「隊長、何も分かりません。何の痕跡も残していません」
「見事だな、大した男だ。だが我々もそう簡単には諦めないぞ。もっと丹念に調べるんだ」
それから一時間が経過したとき、ある隊員が、「隊長、何かものすごい強い気を感じます」
「うむ、私もそれが気になっている。恐らく桃太郎の気だろう」
彼らネビロン人は、その強い気を発している場所へ静かに移動して行った。そして漸くその場所に到着すると、彼らはハッと息を呑んだ。
「おお、これはいったいどういう事だ。桃太郎が宙に浮いているぞ」
桃太郎は座禅をしたままの状態で目を瞑り、精神を集中し地表から一メートル程離れた空中に静止していた。すごい気が桃太郎から発散し、その気の力によって宙に浮いているようであった。まさにその姿は荘厳でさえあった。
「恐れるな、我々特殊部隊は無敵なんだ」とカーマン隊長が怒鳴った。それを聞いたネビロン人は我に返り、電子銃を桃太郎に向けた。
いくつもの電子銃が桃太郎に照準を合わせている。
桃太郎は、その気配を感じ、カッと目を見開いた。おもむろに両腕を水平の位置まで上げ、手のひらを彼らの方向へ向けた。そして、気の力を両手のひらに集中していった。
ネビロン人が電子銃を発射したのと同時に、桃太郎も、手のひらから、すさまじい勢いで気を放出した。その気は電子銃を跳ね返し、ネビロン人をエアバイクもろともに吹き飛ばしたのである。一瞬にして、その辺りは気絶したネビロン人でいっぱいになってしまった。恐ろしい気の威力である。
桃太郎は、隊長らしき姿の男を見つけ歩いていった。隊長は気を失っていたため彼に気合を入れた。漸く彼は気を取り戻し、目の前にいる桃太郎の姿を確認した。そして桃太郎の顔をまじまじと見つめた。
「桃太郎、お前のような地球人がいるとは思わなかった。我々特殊部隊は無敵であったが、お前に完敗した。俺をひとおもいに殺せ」と、なんとも口惜しそうに言った。
それに対し桃太郎は「いいか、お前のボスに伝えるんだ。地球侵略は諦めろと」と言った。
「ああ、伝えておこう。だが、そう簡単に方針を変えることは出来ないぞ。しかし、桃太郎がいるから地球侵略は簡単ではない事だけは伝えておこう」。
桃太郎とカーマンはお互いに、にやっと笑った。おたがいに敵どうしでなかったら良い友だちになれただろうと思った。
桃太郎は傷ついた兵士たちを薬草を使って、手厚く治療してやった。兵士たちの間には桃太郎に対して、畏敬の念さえ持つものも現れた。
翌日、桃太郎はダイモンを見舞った。
「おーい、ダイモン。体の方は何ともないか?」
「桃太郎か、あんなもんは何でも無い。普通の人間なら気を取り戻すまでに一時間はかかるが、俺の場合は五分もかからなかった」
「はっはっは、さすがだな。それにしてもネビロン人も悪い奴らばかりじゃないようだ。彼らにも良識がある事が分かっただけでも良かったよ」