天海と桃太郎
桃太郎は荒羅羅手山へ向かって走っていた。天海に気功術を教えてもらうためである。
荒羅羅手山の中腹まで来たとき、何者かの強い気配を感じた。
桃太郎は立ち止まり警戒しながら「天海さまですか?」と大きな声で尋ねた。
すると目の前に天海の姿が徐々に現れてきた。天海は笑いながら「よく分かったな」と言った。
「天海さまは、いつも不思議な現れかたをしますね」
天海は、それにはこたえず「それでは気功の前に、お主の実力を試してみよう。よし、それでは私を捕まえてみよ!」と言った。
「そんなことで良いんですか?直ぐに捕まえますよ」
「さて、それはどうかな」と言った途端、目の前から天海の姿が森の中にかき消えた。
続いて桃太郎が、その後を追った。
天海も桃太郎も猿のように、高速で木から木へと飛びうつっていくのだった。
風を切る音、枝や葉が揺れる音、時々驚いた小鳥が飛び立つ音などが聞こえるが、普通の人の目で二人をとらえる事は出来ない。
天海は、正確に追いかけてくる桃太郎に満足していた。
しかし暫くすると、桃太郎の周辺の木々が次々と倒れてきたのだ。
桃太郎はたまらず、バランスを崩し地面にたたきおとされた。ところが改めて周辺を見ると、木々は倒れてはいない。ふと前方を見ると、天海が笑いながら木の枝の上に立ちこちらを見ていた。
桃太郎はこれは天海の幻術だと悟り、気を取り直して再び天海を追い始めた。
天海も、それを見て移動しつつ呪文を唱え始める。
すると今度は何処からともなく大きな岩が桃太郎目掛けて襲ってきたのである。
桃太郎はそれを見ると、幻覚に惑わされないように目を閉じ周囲の気配だけを感じながら天海を追い始めたのだ。大きな岩は、桃太郎を素通りしながら消えた。
さらに桃太郎は、追いかけながら天海の動きを分析し、先回りしようとしていた。
天海は、急に後方の桃太郎の気配が消えたのを不審に思い、木の枝の上に立ち様子を窺った。
すると、天海の左前方から数羽の鳥が飛び立ったため、そちらに一瞬気を取られた。
その瞬間、桃太郎が天海目掛けて、飛び掛かって来たのである。
しかし、桃太郎が天海に触れようとした時、体に強い衝撃が走り吹き飛ばされた。
桃太郎は、後方に2度宙返りをしながら近くにある枝を掴み、両手でぶら下がった。
「天海さま、今のが気功ですか?」と、やや息を乱しながら尋ねた。
「そうじゃ、気功じゃよ。それにしてもお主も見事じゃった」
天海もまた、満足そうな顔をしながら「それでは、早速気功法の鍛練を始めよう。まずはあそこにある滝に打たれて見よう」と言った。
二人は滝のそばまで、歩いて行った。
桃太郎は覚悟を決めて、流量も多く冷たい滝壺の中へ入っていった。
「桃太郎、最初はかなり冷たいはずだ。体が震え、呼吸するのも精一杯かもしれない。だが意識を集中し、流れる水と一体化するんだ。水のしぶき、水の分子を体全体で感じてみろ。そして、自分が水そのものになったように感ずれば良い。さあ、頑張れ」
桃太郎は天海の声を聞きながら、激しく水が当たってくる中で必死に意識を集中していった。やがて少しずつ呼吸が整ってくると、丹田呼吸を始めた。
深く長く息を吸い、長く息をはく、それを繰り返す。すると、冷たい滝の中にいるにも関わらず、次第に体がポカポカとしてくる。
やがて、自分の体に当たって飛び散る水滴が、スローモーションのようにはっきりと見えてきた。
そして、ついに流れる水と一体化し自分の体が半透明になり、そのなかを水が流れていくような感覚に陥っていった。とても良い気分である。
暫くすると、天海の声が響いてきた。
「よし良いだろう。滝での訓練はこのくらいにしよう」
桃太郎は滝壺から出てきたが、入る前よりも出てきたが時の方が元気でエネルギーに満ちていた。
「それでは、次に太陽に向かって座禅をくみ、太陽エネルギーを自分の体に取り入れよう」
桃太郎は、言われた通りに太陽に向かって座禅し、そこで丹田呼吸をした。
太陽光線の暖かさを感じながら大自然の息吹を感じた。風の動きや周辺の植物、小動物の呼吸さえ感じ取れるようだ。
その様子を見ながら天海が言った。
「ようし、その調子だ。太陽や周囲に漂う気を体内に取り込むんだ」
桃太郎は深い呼吸をしながら、体内に気をためていく。体が気が満たされるにつれて暖かくなる。
天海が桃太郎を見ていると、その体の周囲がオーラに包まれていくのがはっきりと確認できるまでになる。
「よし桃太郎、そのまま立つんだ。そして溜めた気を右手に集中させろ」
桃太郎は、ゆっくりと立ち右手に意識を集中した。
すると、全身に散らばっていた気が右手に集中し始めた。
「ようし、それで良い。次に右手を伸ばしたまま腕を地面に水平になるまで上げてみよ。そしてそこから一気に気を放出してみるんだ」
桃太郎は言われた通り右手を上げた。目の前にある巨大な木に向かって気を放出しようとうるが、うまくコントロールできない。
「気合いを入れるんだ。そして気合いもろとも気を放出してみよ!」
桃太郎は腹に力を入れ、大きく息を吸い込み、その息を強く吐くと同時に気を放出した。
すると、目の前にある巨木の枝、葉がさらさらと動いたように感じた。
「ようし、最初にしては上出来じゃ。よいか、普段の生活の中でも丹田呼吸を訓練し、気を自由にコントロール出来るように訓練するんじゃな」
その後も、桃太郎は一週間ほど天海の元に通い続け気功の腕をメキメキと上げていったのである。