荒羅羅手山の攻防
翌日、ユリカと飛雄、天海それに田中が荒羅羅手山の頂を目指して登っていた。
「かなり険しい道のようだが、こんなところを通って機材を運べたのかなあ?」と、田中が疑問に思った。
「大丈夫よ、お父さんは重力調整装置を持っていたのよ。それを機材に取り付ければ、ほとんど重さは無くなるし、リモコンを使って、思いどおりの所へ運んで行くことができるのよ」
田中はしきりに感心をし「大したものだ」と何度も言っていた。
「そうそう天海さま、私の同級生に桃太郎っていう人がいるんだけれど、とっても頼りになるのよ。会えれば良いなあ」
「ああそうじゃのう。わしも桃太郎という名前はここに来るまでに何度も聞いたことがある。いずれ会わなければいかんだろう」
「ああ良かった。名前は聞いているんですね。それにしても霧が濃くなってきたわ」
3人は、険しい道を踏み外さないよう、またお互いが見失わないように慎重に歩いて行った。
その時、先頭を歩いていた天海が立ち止まった。
「待て、何か話し声がするぞ。そこの草むらへ隠れよう」
3人は声を潜めて前方を見つめた。
「どうもこの山が怪しいんだが、こう霧が深いとどうにもならんな」
「ここを探索し初めてから、転落事故が何件も発生したからな」
「ああ、注意しよう」
「さあ、休憩は終わりだ。出発しよう」
彼らが歩き去ったのを見計らってから、天海が落ち着いた声で話し始めた。
「どうやらネビロン人たちも、ここを探索しているようだな」
「そうらしいわね。どうしても彼らより早く見つけたいものね」
「ああそうだ、わしの後についてくるんだ。決してわしを見失うなよ」
そうして、天海はいつもの杖を持ち、周囲の気配を読みながら慎重に歩いていった。
暫くは何事もなく過ぎ去った。
しかし風が少し出てきた時、最後尾にいた田中が大きな叫び声を発した。それと同時に石がゴロゴロと落ちていくような音がした。
「田中さーん、大丈夫!」
すると、下の方から「ここにいるぞ、助けてくれ」
ユリカは、ネックレスの先に仕込んであるライトのスイッチを入れた。
霧が濃いため、はっきりは見えないが確かに下の方に誰かがいるようである。彼は山肌から出ている小さな木を掴んで落下するのを防いでいた。
「田中さーん、もうちょっと辛抱してね。ロープを準備するわ」
ユリカは、背負っていたリュックサックをおろし、中からロープをとり出した。
ロープの一方の端を近くにあった木の幹に縛り、もう一方の端を田中の方へ降ろしていった。
田中がロープをつかんだのを確認してからユリカと天海が一緒になって引き上げた。
ようやく引き上げられた田中は、照れくさそうに頭を掻きながら
「ああ、すみません。油断していました」と言った。
「田中さん、それはいいんだけれどあっちこっちアザだらけになっているわよ。額からは血が出ているわ。ちょっとまってね、薬を塗ってあげるわ」
「いや、こんなの大丈夫だ。先を急ぎましょう」
「本当に良いの!」
どうも田中は、ユリカに肌を触られるのを極端に嫌っているように見えた。
田中はユリカの言葉を無視して、どんどん歩き出した。
「田中、あまり急ぐとまた怪我をするぞ。落ち着くんだ」
「ああ天海さま、少し焦りすぎているようですね」
田中は、何とかして気を落ち着かせようと深呼吸した。
「さあいいか、行くぞ。くれぐれもわしを見失うな」
暫く歩いていくと、やや開けた場所があり道が二股に別れていた。
「天海さま、どちらに行きましょうか?」
天海は、暫く考えた後、「うむ、右に行こう」と、慎重に答えた。
暫く進むと巨大な木が3本立っている場所があり、それ以上は進めなかった。
「天海さま、ここじゃあないようですね」
天海は、暫く周囲を眺めたり、木を見つめていたが、「分かった、戻って左の道へ行ってみよう」と言った。
3人は、道が二股になった場所まで戻った。
更に暫く進むと、天海が何かを見つけ立ち止まった。
「どうやら先客がいるようだ。ここを見てみろ」
天海が指さした所を見ると、車輪の跡が残っていた。
「きっとネビロン人だわ。急がなくてわ」
3人は駆け足になった。
それから10分ほど経つと、なにやら話し声が聞こえてきた。
「止まれ、奴等に感ずかれるぞ」
3人は木の影に隠れ、様子を伺った。
そこには巨大な電波搭がそびえ立っていた。
ネビロン人は8名ほどいて、その内の3名が巨大なレーザー砲を電波搭に向けて設置していた。残りの5名は周囲に怪しいものがいないか電子銃を持って警戒していた。
「あのレーザー砲で破壊するつもりだわ」
「くそ、あいつらめ!」と言って、田中はすぐに飛び出そうとした。
それを見て天海は、「待て、ここはわしに任せろ」と自信ありげに言った。
天海はその場に座り、右手に杖を掲げ、左手で数珠を持ちながら、何やら呪文を唱え始めた。
さてネビロン人たちである。
レーザー砲を設置していたネビロン人が言った。
「さあ、これで準備はできたぞ。早いとこ片付けてしまおう」
「よし、最大出力まであげるぞ」
そう言って、スイッチをひねった時である「ネビロン人たちよ、お前たちの思い通りにはさせぬぞ」という大きな声が地響きのように聞こえてきた。
ネビロン人たちは、前後左右を見たり、空を見上げたりしたが、その声の主を探し出す事は出来なかった。
そのうちに地面がゆらゆらと揺れはじめ、何処からともなく幾つもの大きな岩が転げ落ちてきた。
彼らは、バランスを崩して山肌を転げて行ったり、恐怖のあまり逃げ出す者もいた。
彼らのリーダー格の者が「これは幻覚だ、惑わされるんじゃない」と叫んだ。
だが結局、そこに踏みとどまれたのは半数の4名だけだった。
「はっはっは、よく見破ったのう。ならばこれはどうじゃ」
そう言うと、天海の姿がようやくネビロン人の前に現れ、その電波搭の前に立ちはだかったのである。
再び天海が呪文を唱えると突然、突風がネビロン人目がけて吹き始めたのだ。
残ったネビロン人たちも一人、二人、三人と吹き飛ばされてしまった。
最後に残ったネビロン人は、レーザー砲にしがみつきながら、必死の形相でスイッチを入れたのである。
巨大なレーザー光線がついに、天海と電波搭に向かって放たれてしまった。
その光線が標的に当たり、凄まじいばかりの光が溢れた。
あまりにも眩しい光のために、どうなったのかなかなか確認できなかったが、ようやく辺りが静寂を取り戻し、うっすらと確認できるようになった。
なんと天海が、不適な笑みを浮かべながら仁王立ちしていたのである。
もちろん、その背後にある電波搭は無傷であった。
ネビロン人は目を丸くして、とてもその光景が信じられなかった。
「まさか、最大出力のレーザー砲を跳ね返したのか?」
「そうじゃ、ここはワシが守りきる。何度来ても同じことじゃ」
こうして天海が、勝利を確認したときである、突然ユリカの悲鳴が聞こえてきた。
田中がユリカを後ろ手に縛り、合い口を彼女の首に当てながら、こちらに歩いてきたのである。
ユリカは必死で「飛雄!」と叫んだ。だが、いつものようには助けに来ない。
天を仰ぐと、飛雄とおなじような鳥型ロボットファルコンが空中で死闘を繰り広げていたのである。
「ユリカ、残念だったな」
彼女は悔しくて歯をくいしばった。
「天海、お前の杖と数珠を投げ捨てるんだ」
さすがの天海も、これには驚いた。
「何を血迷った。田中よ、何をしてるか分かっているのか」
「ああ、俺は冷静だ。ユリカの命を助けたけりゃ言う通りにするんだ」
天海は、仕方なく杖と数珠を放り投げた。
田中は一人残ったネビロン人に向かって「さあ、もう大丈夫だ。もう一度レーザー砲のスイッチを入れるんだ。もう天海は、普通のジジイだ。恐れる事はない」
それを聞いたネビロン人は、再びレーザー砲のスイッチを入れた。
そしてついに巨大なレーザー光線が放たれた。
天海は、覚悟を決めて目を閉じた。凄まじい轟音が耳をつんざいた。
天海が目を開けると、レーザー光線はあらぬ方向へ発射されていたのである。
しかも、レーザー砲は破壊され、そばにはネビロン人が倒れていた。そしてそこには桃太郎が笑って立っていたのである。
ユリカの方を見ると、田中は誰かに背後から羽交い締めにされていた。
その背後の人物が「天海さま、私が本当の田中です」と叫んだ。なんと、もう一人の田中がいた。
「はっはっは、どうも騙されたようじゃのう」
「来る途中、山で落下したのはネビロン人に襲われたからなんです。そこで両手両足を縛られていたんですが、桃太郎さんに救われたんですよ」
天海は、桃太郎の方を見て「お主が桃太郎というのか? なぜ、ここに来たんだ」
「猿のボス、サスケから聞いた。彼らは森の中で何が起きているかは全て知っているからな」
「お主は、猿と話ができるというのか?」
「猿だけじゃあない。大抵の動物と意思の疎通は出来ますよ」
そう言いながらも、桃太郎の肩に小鳥がとまっている。
「ほほう、それだけ自然から愛されているということじゃな」
天海は、不思議な桃太郎の才能に感じいっていた。
『うむ、やはりこの人物が探し求めていた人かもしれぬのう。しかも武道もずば抜けて優れている』
天海は、桃太郎の本質を読み取ろうとしていた。
一方の桃太郎は「田中さん、もうそのネビロン人を放してやってください。戦意を喪失しているようですから」と言った。
田中は、羽交い締めにしていた手を緩め、解放してやった。
また、桃太郎はレーザー砲の近くで気を失っていたネビロン人にカツを入れると、息を吹き替えした。
その怯えたネビロン人に対して「もう終わった。基地へ戻れ」と、穏やかな目をして言った。
その一部始終を見ていた天海は、益々桃太郎が気に入った。
そんな桃太郎が「天海さま、どうしてあのレーザー砲を浴びても平気だったんですか?」と尋ねた。
「気功じゃよ。お主、気功を学んで見るか?」
「えっ、本当ですか。是非お願いします」
桃太郎の純粋な目が輝いていた。
暫くすると、空から飛雄が舞い降りて、ユリカの肩にとまった。
空を見ると、ファルコンが高速で飛びさって行くのが見える。
「ああ、飛雄大丈夫! 少し翼が怪我をしているようだけど」
「これくらいは平気だ。しかしあのファルコンは要注意だ」
「あなたと同じような能力を持っているようね。翼の方は研究所で直してあげるわ」